幸福の輪 ―轍編―


幸福の輪 ...02

幸福の輪 ―轍編―

「アラタ!サークルの打ち上げ7時だってよー。それまでどっか行こうぜ」
「…うーん。帰って少し寝てーな。式長くて首痛って」
「なんだよー!せっかく学生最後なんだからもっと楽しもうぜ!」
「タカはまだ学生だろうが。院生さん」
「だからお前の学生最後の瞬間まで付き合ってやるっつーの!」
「じゃあどっかカフェでいいや」
「味気ねーなー。もっと学生時代の青春でも振り返れよー。俺らの出会いとかさー」
「…なんだったっけ?」
「ハー!?忘れるかね普通!一年の!新歓コンパの!」
「あ、一次会の帰り?」
「そう!もーお前の第一印象最悪だったわ。帰りの電車の第一声覚えてるか?『法学部の癖にダミーリングなんだな』だぜ?」
「よく覚えてるなそんなこと」
「情科部でダミーリングの奴に言われたくねーわって思ったね!」
「いや言ってたぞ。確か直接」
「そうだっけ?あ、すいませーん!アメリカン2つー」
「都合のいい記憶力だな」
「にしてもさー、お前が営業畑とはねー。せっかく情科部専行だったのにもったいねー。…受けたんだろ?例の"会社"」
「…まあ、教授が推してたし。冷やかしだよあんなの」
「…ふーん」
「あーあ。春から社会人かよー。俺もあと5年は学生やりてーなー」
「ふふん。羨ましいかこの野郎」
「法律が恋人な学生生活か。羨ましい限りだホント」
「うるせー!憂鬱になること言うんじゃねえ!見てろよ!見事法律家になって馬鹿な民衆からガッポリ稼いでやるからな!」
「はいはい。じゃあ俺の憂鬱な社会進出とお前の憂鬱な勉強生活の始まりを祝して乾杯」


薄くて安っぽい珈琲の祝杯をあげてから、7年が経とうとしていた。立ちのぼる湯気に乗って、インスタント珈琲の匂いが鼻腔を刺激する。マグカップの中に映る水面が鏡代わりに自身の顔を見せた。数年前より顔はやや痩け、目の周りが窪み、ギラギラとした、けれども生気のない瞳が在る。

「…タカ」
いつから会ってないだろうか。会社からの貸与携帯のアドレス帳には、最低限の関係者の連絡先しか載っていない。勿論、杯を交わした相手も、いない。

『タカ?おともダち?』
機械の作動音と、大量のファンの回転音がだだっ広い部屋を埋め尽くす。独り言以外の声が、聴こえた。ここには、自分しかいない。

『どうシたの?"対話"をすルのが、テスト、なのデしょう?アラタ』
「休憩くらいさせろよポンコツ。勝手に喋んな」
『でハ、"雑談"をしまショう』
「…何のために」
『あなタを知りたイの。私の知ラない、アラタを。だってそうすレば』
「うるせえ…」
『もっと私ハ、』
「うるせえんだよ偽物が!」

モニター目掛けてマグカップが身を投げる。当然、中身は零れ、モニターやキーボードから黒い液体が、流血しているようにテーブルに広がる。
どくどく
どくどく

モニターの画面は時々ノイズを走らせながらも、"声"と同じ文字を出力し続けた。

『マスミの思考に、近づける』





「靴のサイズは?マカドちゃん」
黒く、大きな影が街灯を遮り、自身を覆う。相変わらず、表情は見えない。いや、見れない。
嗅ぎなれない消臭剤と、煙草の残り香が混ざり、気持ちが悪い。
冷房は生暖かく感じ、肌を撫でる。皺になったスカートをより一層強く握るが、膝の揺れが止まらない。

「にじゅ…に…」
「22ね。へー、中学生ってそんな小さいんだ。じゃ、俺ちょっと買ってくるから、大人しく…あー、」
バタン、と外気が途切れる。車のドアが閉じられたのだ。男は、私の片方ない靴が不揃いだ、と足の大きさを聞いてきた。しかし、車内へ再び戻ってきた。反対側のドアへと身を寄せる。

「『出れないように』するか」
「え?」

瞬間、熱く、大きく骨ばった手が口を覆い、もう片方が喉元に入ってくる。高い、布の裂ける音。肌が露出する感覚。塞がれながらも、悲鳴が漏れる。か細く、この狭い空間ですら、響かないほどの。

「いい?よく聞いてね。俺が戻るまで"外"に出るなよ?」
力強く押し返すが、まるで壁のようにビクともしない。男の体温が直に伝わる。

「この辺はさ、すごーく治安悪いんだ。知ってた?君を攫った奴らみたいな輩ばっかだ。外に出たら、"この続き"をされると思って。まあ、その年で処女喪失したいなら、話は別だけど。分かった?分かったら返事してくれないと」

嗚咽を抑えることなく、声をあげながら泣いた。先ほどの悲鳴よりも力強く、喉が抉れるほどに。この声を誰かが聞きつけて、助けに来てくれる。そんな途方もないほどに現実味のない救いを求めて。

「ははっ。返事なんかできねえか。いい子にお留守番できたらおうちに帰してやるから」
再び外気から遮断された空間で、マカドはえも言えぬ安堵と、底なしの恐怖が、涙と一緒に飽和していくのが分かった。




「随分、静かだね」
信号が赤になり、停止する車内にぽつり、と放たれる言葉。マカドは考えていた。男の"約束"通り、このまま家に帰れるならば、事の始まりからすべてを母親に伝えよう、と。そして、警察に…そうすればこの男は…。

「もう泣きもしないし、震えてないね」
ビクリ、と肩が跳ねる。勘付かれてはいけない。悟られてはならない。

「か…えして…くれる…って」
言ったから。そうだ、それ故の静穏。

「ふぅん…」
初めて、マカドはきちんと、男の顔を視認した。歳は20代前半だろうか。スーツを着ている。名は確か…"アラタ"と、そう名乗った。他に、何かないだろうか。他に…。

「俺のただ一つの誤算はね、マカドちゃん。その黒の指輪だ」
「…え?」
「まさか君の義父親が、コネでそんなもんくすねてくるなんてね。ノーマークだったよ」
何故。そうだこの男、出会った時から何かおかしい。何故こんなにも、

「なんで…知ってるの?」
「ん?…そうだな…なんて言ったらいいんだろうな。"そういう"仕組みの中で、君たちは『この国』で暮らしてる。今はそれだけ言っておくよ」
仕組み?国?何か大きなことのように感じたが、マカドにはそれ以上何も理解が出来なかった。

「話戻すとさ、その指輪。"正規品"だったら、光った時点でアウトだった。現在地と俺の情報が、データベースに書き込まれるはずだった。そうしたら、君の"勝ち"だったのにね。残念」
右手の指輪は既に、事切れたように、少しも光ることはなかった。光っていたことが嘘のように。

「分かりやすく言ってあげようか?君が誰に何を吹き込もうが、誰も、信じない」
さあ、内臓が浮遊するような不快感が襲う。何を言っているのだろう。信じない?そんなはずはない。だって自分は事の当事者であって、被害者だ。いや、違う。そんなことよりも、既に、悟られていた。この事態こそが深刻なことなのだ。

「仮に君が母親にこう言うとする。『ママ!この人がアタシを攫った悪い人なの!』じゃあなんでその悪い人は君を家まで届ける?なんのために?きっと混乱しているのね可哀想なマカド。まあ、あの人の指輪が赤く光ってるじゃない!きっと運命だワ!」
小馬鹿にしたような裏声で母親を真似ながら、左手をヒラヒラさせる。

「そんなッ!お母さんはそんな」
「『馬鹿じゃない』?ハッ、どうだか。"たかが指輪に人生踊らされる程度の頭のめでたい女"が?」
「違う!」
「…着いたよ」

見慣れたマンションの駐車場が見える。本来ならば、喜び勇んで飛び出すところだが、ぶつけようのない怒りに身を震わせ、全身の血が顔に巡るように感じた。

「どうしたの?大好きなママの所に帰れるぞ?」
男が扉を開く。今度は、膝をつき、同じ視点になる。輝きのない眼光が、鈍く、マカドを刺す。

「これ着なよ。夜は冷える」
上着を脱ぎ、膝に置かれる。上着に残る体温が、先刻のものと重なり、嫌悪感が募る。

「いりません」
マカドは、本来の鋭い目つきに戻り、男を睨み上げ、突き返す。

「フフッ。何?怒った?」
「お母さんは…お母さんはそんな人じゃない!」
くっくっ、喉が鳴る音。どうにかして、この男を否定してやりたい。今まで感じていた恐怖が嘘のように、マカドの小さな身に、怒りが満ち満ちていた。

「なら、証明してみせろよ。お前の、その口で」
今まで受けたどんな侮蔑よりも酷いこの仕打ちを、この男にそっくり返してやりたい。泣いてなどやるものか、と唇を噛んだ。

「賭けてもいい。お前の母親も、この国の"おめでたい連中"と同じだ」




「いやーおめでとう!」
ドッシリとしたソファーも動いてしまいそうな勢いで座り、太く短い手を差し出して来た男に、マカドは不快な表情で握手を交わした。

「まさか俺のクラスの第一号が、君なんてなー!面談で『この制度に違和感がある』とか言われた時には、先生、どうしようかと思ったもんだよ!ああ、そうそう、そういえばこの前も」
「あの…」

脚を固く閉じ、変わらぬ表情のまま、話を遮った。

「なんで先生が…知ってるんですか?」
「ん?ああ、"指輪"のことか?知らないのか?ほれ、その指輪。光り方がちょーっと違うだろ?それがある一定時間光り続けたら、その状態になるんだが、そうなったら通知が来るんだ。うちの学校は特に『指輪制度』に力入れてるし、…あれー?お母さんから聞いてないのか?」
「…いえ」
「それにしても、お母さん喜んだろー?随分心配してたもんなー」

男の声は、風や電車の音のように、人の言葉をしていながらも、マカドの思考には一切入らなかった。まるで自分の指導の賜物だとでも言いたげに、悦に入た表情で物を言う男が、妙に鬱陶しかった。

「黒い指輪…」
「え?なにか言ったか?」
「別に。何も」
小石を投じた所で、水面は静かに、また何もなかったかのような顔をするのだ。意味など、何もない。
自分のすることに、何も意味はない。影響も及ぼさない。世界にとって、私は小石なのだった。


担任の教師から渡された資料に目を通す。あの教員、話したいことを話すだけ話して、肝心な説明は随分とずさんなものだった。

『 婚姻は、両者の合意のみに基いて成立することを基本とし、相互の協力により、維持されなければならない。また、指輪制度に準ずる婚姻も認めることとする。ただし、以下の条件の場合、両者は婚姻までに一年間の同棲生活を課すものとする。
1,両者のいずれか、もしくは両者とも十五歳未満である場合。
2,両者のいずれか、もしくは両者とも離婚後6ヶ月経過していない場合。
一年間の同棲生活後、両者は―』

「マ〜カド!」
「わ!」

ガタンと揺れた視界。どうやら、授業を終えた友人たちが驚かしに来たようだ。

「も〜!ホームルーム長すぎ!ずーっとマカドの話ば〜っか!あ、その紙、もしかして指輪制度のヤツ?」
「あ、…うん。でも、よく分かんない!」

乱暴に四つに畳み、鞄に押し込む。

「あのね、皆で話してたんだけど、お祝いにどっか行かない?」
「え?」
「あんま豪華な所は行けないけどさ、…あ、でもマカドって門限キツいんだっけ?」
「…ううん!今日は平気」
「そっかー!良かった!どこがいいかな〜」
「あそこは?この前雑誌載ってたとこ!」

今日は平気、そんな筈はなかった。家では母親が豪勢な夕飯を用意している。いつもなら断っているマカドだったが、今日は違った。今日だけは。"今日"くらいは自由にしても、バチは当たらない。きっと母も理解してくれる。いや、されなくたっていい。いっそのこと、もっと約束を破ってしまおうか。
友人の楽しそうな会話の中、マカドだけは不穏な案が頭を過ぎっていると、一人が立ち止まる。

「ねえ、あの車…何かな?」





「ごめんねー友達と遊びに行きたかった?」
思ってもいない言葉を、心にもない笑顔を添えられる。不愉快だ。その顔も、その声も。

「でも、友達も友達だよねー。"最後"かもしれないのに」
「最後なんかじゃない…」
対して、出てくる言葉は、男の言葉一つを、ただ否定するだけのもの。足りない。この男を否定するものを、私は何一つ持っていない。昨晩の激烈なあの感情は、そもそも在ったのかも怪しいほどに、マカドからは過ぎ去ってしまっていた。


昨晩、玄関から勢いよく出てくる母親の最初の言葉を、マカドは覚えていなかった。ただただ、怒鳴るような、泣き叫ぶような、そんな音を何度も浴びた。その醜いとも言える姿は、再婚前の彼女そのものであった。ああ、この人は何一つ変わっていないのだ。あの時から、大時計の針は動いていなかった。
『お前の母親も、この国の"おめでたい連中"と同じだ』
男の言う通りだったことよりも、男の思惑が外れなかったことよりも、自分の望んでいた言葉が出なかったことに敗北感を覚えた。いつだって、母の言う通りにしていた。母の望んでいた子供に成った。言う通りに、指輪も付けたし、制度に力を入れている学校にだって入学した。母の勧める本も読んだし、勉強だって真面目にこなした。一本の線に立たされ、ひたすら、背中を押され、振り返ることもできずに、線から外れないようにと、それだけは気を付けて歩んできた。その足は震えていた。その震えに気付かずに、後ろからこう叫ぶのだ。大丈夫、私の言う通りにしていれば、きっと幸せになれるわ。しかし、マカドは分かっていた。線を踏み外してしまえば、きっと彼女は…

喉が内側から締め付けられる。ぼやける視界に、母親が映ってはいるものの、マカドは彼女を見ていなかった。二人の男に攫われた時のような強さで、肩を揺さぶられる。義父親の控えめな制止では止まらず、事態を収拾させたのは、赤の他人であるはずの男だった。

「マカドちゃんは、隣町の図書館で勉強した帰りに襲われたと言ってましたよ。お母さん」
ピタリ、と揺れは止まるものの、母親はさらに追求した。

「隣町…?隣町ですって?何を考えているの!あの辺りは危ないって私言ったわよね?言わなかった?」
「お友達と一緒では勉強に集中できないからって。勉強熱心なのはいいことですが、もう少し場所を考えた方が良かったかもしれませんね。僕が通りかからなければ危ない所でしたよ。彼女も反省してますし、混乱もしてますから、」
「ごめんなさい」

母の怒りを静める方法は、ただ一つ、謝罪と反省。それだけだ。

「お母さんの言うこと聞かないでごめんなさい。もうあそこには行きません」
この場を去りたい一心だった。よりによってこの男に、母親の醜態をこれ以上、見られたくはない。いつも通りの機嫌取りが成功し、自分の部屋へと逃げることができた。きっと今頃、居間では車内で話していた男の筋書き通りになっているのだろう。黒い指輪は、冷たい金属のままだったが、赤い指輪は、まるで一つの生命のように、自身と同じリズムで鼓動をしていた。



「ここのカフェ、指輪がリンクし合ってる二人で来るとこういうサービス付くんだってさ。笑っちゃうよねー」
サービスだ、と運ばれたデザートをコーヒーカップで数回打つ。

「食べないの?俺甘いもの苦手だから食べて欲しいんだけど」
「…私も嫌い」
テーブルではなく、相対する男を見つめた。

「嫌われたもんだなー」
「『昨日はお母さんを止めてくれてありがとう』って言えばいいの?」
昨夜の皺を再び作るように、スカートを握った。

「あんなことしておいて…お母さんまで騙して…あなたは…WあなたさえいなければW!」
「本当に?」
あの暗い部屋で見た、あの瞳だ。空気が変わる。温度さえ低くなったように感じる。やっぱり、怖い。自分の手足は自由だし、他に客も居る。それでも、不安になるには十分で、逃げることができない、と思ってしまう。

「考えてみて欲しいんだけど、例えば俺が君に近づかなかったとする」
両手の人差し指をくっつけ、そして離す。

「そしたら、別の"運命の人"とやらが、君と出会う。そうしたら、君はどうする?」
「それは…」
「同じだ。何もできやしない。そのまま、結婚させられる。君は拒否しない。いや、出来ない」
それが、母の描く"線"であれば、マカドは進むしかない。分かっていたことだが、今まで考えないようにしていた。考えないように、街から、国から逃げていた。

「俺が君の母親を騙してる?ハハッ、笑わせるなよ。それは"君"も一緒だろ?いざって時に言えるのか?『赤い糸結婚なんてしたくない』。さぞ悲しむだろうな。今まで良かれと思って大事に大事に育てた娘が、まさかそんなこと思ってたなんてな。これが裏切りでなくて、何なんだ?」

裏切る?私が?お母さんを?
違う、そんなことは絶対に

「でも君はきっと、そんなこと、言わないんだろうな」
男の表情が少し和らぐ。いや、呆れたような、そんな笑みだ。ただ不思議と、小馬鹿にしている様子はなく、コーヒーに映る自身の顔を見つめていた。

「君の悩みの根本的な原因は、俺でもなく、指輪でもなく、"母親"なんじゃないか?」




「マカド!随分と長い"お茶"だったのね」
昨日の醜態が嘘のように、笑顔で出迎える母親に戸惑った。

「ああ、さっきアラタさんから電話があってね。偶然帰り道に会ったんですって?晩ご飯誘ったのだけど、『家族水入らずで楽しんでください』ですって。礼儀正しい方だし、とってもいい人そうね!お母さん、アラタさんだったら安心だわ!」
「抜け目ない…」
「え?」
「…ううん!何でもない!遅くなってごめんね。お腹空いちゃった」
こういう根回しは妙に気が付く。母親を蔑んだ舌の根の乾かぬうちに、よくも言えたものだ。

ふと、夕飯の匂いに混ざり、嗅ぎなれない匂いがした。
「お母さん…いつもとお化粧、違うね」
「あら…そう?濃すぎたかしら…つい嬉しくってね」
「…ううん、そんなことない。とっても似合ってるよ」

『それは"君"も一緒だろ?』
そうだ。母の求める言葉を返し、母の求める娘を演じている。それの何が悪い?母に好かれようとすることの一体、何が悪いのか。母は私の幸福を願っている。例え、それが歪で自己投影した産物であったとしても、それは母の愛だ。

そうだ愛なのだ。
であれば、母の愛に応える事こそ、娘の私がしなければならないことだ。

"幸せ"になる。

母の言うそれとは多少なりとも違った形だとしても。


そうだ、そうだ!きっとお母さんも分かってくれる。理解してくれる。だってお母さんは、おじいちゃんとおばあちゃんに反対されたって言ってた。それならきっと理解してくれる。今まで自分のしてきたことは、エゴであって、私の今の立場は、過去の自分と同じ境遇であると気付いてくれる。

裾を掴んだ。
言おう。今しかない。
振り返るだけでいいのだ。いつもいつも、線を歩むマカドの背にいた母と向き合って来なかった。それだけのことだ。きっとこれが、最後だ。


「お母さ、」
「マカドもそろそろお化粧覚えてないとねー。お嫁さんになるんだから」
「…そう、だね。"今度"教えて…」

ずっと、背にいると思い込んでいた。この人は、いつだって私の背を押してきた。でも、その距離は、母と子のそれではなかった。ずっとずっと遠かったのだ。線だけを、引くだけ引き、娘を歩ませ、気付けばその線には一人しか居なかった。あの人は、きっと"あの時"から別の線を歩んでいた。決して交わることのない線を。分かっていなかったのは、愚かにも当人たちだけだった。

『君の悩みの根本的な原因は、俺でもなく、指輪でもなく、"母親"なんじゃないか?』

マカドは微笑んだ。母の望む、嫁入り前の娘らしい表情をしながら、自分を嗤った。








赤い指輪が光ってから、約三ヶ月が経とうとしていた。マカドは意外にも、この期間を短いと感じていた。何故かと言えば、それは、男、アラタとの同棲生活が原因であった。


アラタとの同棲生活は、実に奇妙なものであった。アラタ自身が数日帰って来なかったかと思えば、マカドが寝静まった夜中に、ふらり、と帰ってくる。同じ屋根の下に暮らしながらも、関わりが極端に少ないのだ。マカドにとってこれはとても有り難いことであり、同時に人との関わりが枯渇しつつもあった。

人の関わりという点では、通学していれば補えそうなものであるが、マカドの通う女学校では、指輪制度により課せられた一年間の同棲生活の期間は、対象の学生は授業が免除される取り決めがあるのだ。未婚率が上昇していることへの危惧から、国が推奨した女生徒に対しての取り決めである。アラタが「最後かもしれない」と言ったのは、これが理由であった。勿論、通学している学生との接触を禁じられている訳ではないので、会えないことはない。しかし、マカドにとってそれは困難であった。

先の取り決めからも、同棲前の教師の説明からも分かるように、指輪制度に尽力している教育機関だ。言うまでもなく、通っている学生も、通わせている保護者も、その目的への固執加減が窺える。さらには、クラスで一番初めに指輪制度の対象となったマカド以外のクラスメイトは、現在も通常通り、授業を受けているという事実も考慮しなくてはならない。14歳の少年少女が、指輪に導かれるということ自体は、然程珍しいことでもない。しかし、マカドの通う学校の学費は、一般的な学校と比べて高く、相応に生徒の総数は少ない。当然、指輪に導かれる生徒も少ないのだ。学費の高さは、指輪制度に向けた教育方針の信頼性と、指輪制度の分野に特化した教師の豊富さから来るものだが、この学費も"導かれた"生徒は免除される。この仕組みにより、免除を受ける生徒は勿論、保護者もさぞ鼻が高いことだろう。テストの成績で一位を取るかのように。いや、それよりも価値があるかもしれない。努力さえすれば、どうにかなる、という代物でもない。

さて、これらの要素を総合すると、マカドが元クラスメイト達に会うという行為は、皆が手に入れたい物を既に手に入れ、皆の嫌がる授業も免除された者にのみ許された、余暇である。そうではない者から見れば、その行為は嫌味でしかない。

不幸なことに、マカドは羨望の対象にならないように努めることには、特に敏感であった。本人に自覚はないが、母親の機嫌を、つい取ってしまう習慣と似ていた。この習慣が、悪い方へと作用し、この三ヶ月間、他との交流を極端に避けていた。

また、母親のいる家にも帰れないでいた。あの夜以来、母との距離を感じ、同時に、機嫌を取らないで良い、という安堵もしていた。母親はこの状況を喜んでいるし、マカド自身も、母親との関わりが減ったことを少なからず、喜んでもいた。もう、あの線には立たなくて良いのだ。ここは線の最後、終着点なのだから。

もはや、マカドの役割は「指輪さえなければ」と言うような結果にならないように、努めるだけであった。

そんなことを、左手の指輪を見つめながら思っているとこの家で鳴ったことのない呼び出し音が聞こえる。音の種類からして、電話のようだが、場所が分からない。部屋数はそこまでない。音を頼りに鳴っている固定電話まで辿り着く。この部屋は、アラタの寝室だ。生活するにあたって別段ルールを設けられた訳でもないが、本人の居ぬ間に入ることは、あまり褒められたことではないだろう。固定電話を見つめながらも、対応するかどうか迷っていると、呼び出し音は切れてしまう。随分と長いコールだった。急な用件であれば、不在時は代理として対応した方が良かったのでは、と手遅れながらも反省していると、再び鳴り始める。また切れてしまう前に取らなければ。

「あ、…も、もしもし」
しまった。なんと名乗れば良いだろう。自分の立ち位置をうまく説明できるだろうか。慌てた手つきでメモを準備する。

「あ、マカドちゃん?」
「えっと…」
「俺、アラタ。良かった家に居たんだー」
しかし、声の主は、例の奇妙な同居人であり、拍子抜けしてしまう。

「あの、電話…」
「あー、俺よく考えたらマカドちゃんの携帯の番号知らないからさー。実家の方は知ってるんだけど」
不在時に寝室に入ってしまったことを、なんと説明しようかと口篭っていると、この行動自体は、それほど責められるものではなかったようだ。

「…あの、何?」
「夕飯ってもう買った?」
「…これから」
「あ、そっか。良かった」
同棲をする上では何の変哲もない会話なのかもしれないが、生活リズムが合わぬ二人からすれば、三ヶ月にして、この類の会話は初めてであった。

「今日は人が来るから、買わなくていいよ」
「…え?人?」
「7時くらいに来ると思うから、先家に入れといて」
「あの、人って」
「んじゃ、よろしくー」
用件だけを伝えられ、説明もなく、終話音だけが響く。長らく他との交流が無くなりかけていた三ヶ月に、唐突に訪れた終止符であった。





「ここってクワタリさんのお宅…ですよね?」
来客者は二名であった。一人は少し長めの前髪から覗くつり目が印象的な男。もう一人は、男とは対照的にクリっとした目が印象的な女だ。二人は、出迎えたマカドと表札を何往復か見た後、戸惑いながら尋ねた。

「あ、はい。私は違うんですけど、えっと…」
電話同様、なんと答えるべきだろう。

「ええっとさ、失礼だけど、…君がアラタと同棲してるって人?」
「…はい。一応」
世間的に、この状態を果たして同棲と言ってしまって良いものか迷ったが、この場合は、こう答えないと、それはそれで余計混乱を招くだろう。

「あ〜なるほど!うん!キノちゃん!これは犯罪だね!警察呼ぼうぜ!」
「…タカ。この子困ってるからちょっと黙ってくれないかな?」
軽口を叩く男を無理やり横へやり、女が前へ出る。

「ごめんね!私はキノ、これはタカ」
「これって…」
「私達、アラタに言われて来たんだけど、アイツ貴女のことなんっも言わなくて!その、思ったより貴女が若くてびっくりしちゃって」
「アイツいつの間にロリコンになったんだろうな」
横に退かされたタカと紹介された男の茶化しを無視し、キノと名乗った女が続ける。

「もしかして…いやもしかしなくても、貴女も私達のことなんも聞いてない?」
「あ、はい…人が来るからって…あの、立ち話も何ですから…」
よく見れば、二人は両手に買い物袋を持っている。アラタが夕飯の有無を聞いた理由はこれか、と一人で納得する。

本来、紹介すべき仲介人のアラタがいないため、来客者であるキノが説明をする。その説明によると、二人とアラタは大学時代のサークル友達だと言う。今回の段取りの悪さを、何故かキノが謝り始める。アイツ、いっつもこうなの。サークルの幹事やった時も、グラウンド借りる時も、と続けようとすると、話についていけないマカドは遠慮がちに話を遮る。

「あの…ごめんなさい。サークルって何してたんですか…?」
「…え?えっと、フットサルだけど…聞いてない?」
「…はい。ごめんなさい…」
同棲を始めて、会話らしい会話は、それこそ夕方、電話で話したくらいしかなく、ましてや、大学に通っていたことも、サークルに入っていて友人もいたことも、何も聞いている筈もなかった。同居しているならば、と当然のようにマカドの知らぬ過去を訳知り顔で話してしまったことにばつが悪くなったのか、キノの言葉数が減る。

マカドにとって、この来訪者は異質そのものであった。彼女らの語るアラタという男は、至って普通に大学生活を満喫しており、自分の知る同居人の印象からはかけ離れている。勿論、彼女らはその部分を知らない。気取らせていないようだ。

困惑した。果たして、男の正体は、どちらなのだろう、と。
マカドは改めて、男の底気味の悪さに身を震わせた。人間らしい、通常通りの人生を謳歌しているかと思えば、自分へ殺意を抱き、拉致監禁まで企て、かと思えば、母を言葉巧みに騙し、殺意を覚えた相手と同居を始め、それ以降、何か行為に及ぼうとはまるでしない。一体、何のために。何故。

疑問が渦巻く最中、不意に投げられた声は、あの狭く、薄暗い部屋で聞いたものだった。

「ただいま、マカドちゃん。余計なことは言わなかったかな?」
悪寒が背中を一瞬にして這い上がる。律儀に返事などしなくて良いものを、必死に声を出そうと口をパクパクさせる。この空気。瞬時に体温が下がるこの感覚。初めて会った時同様の雰囲気は、まさにマカドのみが知る、アラタという男を表すものであった。

「何なに?痴話喧嘩?」
友人の男の方が、先ほどの調子ではやし立てる。

「違う違う。それに、まだ夫婦でも何でもない」
「え?あー、今って規定の同棲期間だっけ?」
教師に渡された、資料を思い出す。

『 婚姻は、両者の合意のみに基いて成立することを基本とし、相互の協力により、維持されなければならない。また、指輪制度に準ずる婚姻も認めることとする。ただし、以下の条件の場合、両者は婚姻までに一年間の同棲生活を課すものとする。
1,両者のいずれか、もしくは両者とも十五歳未満である場合。
2,両者のいずれか、もしくは両者とも離婚後6ヶ月経過していない場合。
一年間の同棲生活後、両者は同意書にサインすることで、婚姻の条件が満たされる』

「そ。けど、俺らは違うから」
「違うって?」
スーツのジャケットをハンガーにかけるでもなく、乱暴にソファーに投げつけ、ネクタイを緩める。マカドの横へ座り、硬い表情を解き、まるで本物の恋人にでも向けるような笑顔を向ける。

「俺は、マカドちゃんの意志に従うつもりだ。"どっちになっても"」
アラタの大学時代と同じく、そんな話をした覚えはない。"どっち"とは何のことだ。何を言っている。

『別の"運命の人"とやらが、君と出会う。そうしたら、君はどうする?』
『何もできやしない。そのまま、結婚させられる。君は拒否しない。いや、出来ない』

"意志"とは、拒否することではないか。通常の指輪制度では、"両者"による同意。しかし、アラタは、自分たちは"違う"と、そう言った。"両者"ではなく、これはマカドのみによる選択。

あんなにも狡猾に周囲を騙しておいて、何を今更。友人の前だから、体裁を取り繕いたいだけだろうか。いや違う。逆だ。友人の前でこんなことを公言することは、男にとって不利でしかない。無理矢理に同意させることだって出来たはずだ。こんなことをわざわざ言わずとも。それに、力尽くで同意させても、この友人たちに一言、拒否の意志を伝えれば、そんな体裁は打破してしまう。あえてそんなことをするだろうか。自信があるのか。友人は自分の味方をする、という。自分の本性の欠片すら見せない男が、他人を信用するのか。逃げ遂せるとでも?ならば何故こんな無意味な戯れをするのか。

マカドはあらゆる可能性を模索しつつも、男の巧妙さを考えれば考えるほどに、むしろ信憑性が増した。それは、『意志に従う』という言葉が偽りではないということにほかならない。

理解しつつも、やはり腑に落ちない。何故。どうして。良心の呵責?いや、そんな顔ではない。実に晴れ晴れと、憑き物でも落ちたような、そんな表情だ。

「同棲とか、マカドちゃんのお母さん心配にならないの?」
「いえ…、別に」
そうだ、あの男、嫌に母に執心していた。初めは、私を煩わせるためだけに、母を侮辱しているとばかり思っていた。だが、どうだろう。

『君の悩みの根本的な原因は、俺でもなく、指輪でもなく、"母親"なんじゃないか?』

以前のこの言葉。まるで、私を心配しているようにさえ感じる。そんなことが有り得るだろうか。まさか…

もう一度、横のアラタの表情を注視する。すると、再度、同じ表情をしてみせる。

「こんな何処の馬の骨とも知れない奴と同棲させるなんて、」
間違いない。この男。初めからそのつもりで焚きつけていたのだ。"意志"とは、拒否か同意かではない。私がこの14年間、どんなことをしてでも守り抜きたかったこと。本当の父親のように、母親に見限られないこと。

マカドのみの選択。アラタが迫っている選択とは、

「酷い母親だよな」
母か、自分か。どちらかという二択だった。

四人での食事で真意を確かめることもできず、この二択について、話ができたのは、二週間後、アラタが入院したと聞かされてからのことだった。



「妹さん?」
「あ、いえ…一緒に住んでて…その、」
「ああ、もしかして、指輪制度の?」
こんな若い子も導かれるもんなんですね、と雑談をする医師。テーブルを挟んだ向こう側で、困ったな、と頭を掻いた。

「親戚の方は遠方に住んでるらしくてね…まあ、いらっしゃったらまた説明はしますよ」
無精髭の生えた顎を撫で、マカドにも分かりやすいようにと、丁寧に説明を始めた。しかし、時折出てくる専門用語も分からなければ、身近な人間が入院したこともないマカドにとって、落ち着いて説明を聞けるような状態ではなかった。言葉の端々から察するに、休養・睡眠・栄養等の欠如が原因のようだ。

「彼は仕事のこと何か言ってなかった?残業がきついとか」
「いえ…いつも夜に帰ってきたり、何日か帰って来なかったり…」
「ご飯とかはどうしてたか分かるかな」
「…わからないです…ごめんなさい」
手掛かりを掴もうと、理解しやすく聞いている医者に対し、何も情報のない自分に非があるようで、謝罪すると、医者は考えあぐね、また頭を掻く。

「そこまで重い症状でもないんだよ?ただ、こういうことはまたいつ起きるか分からないから、根本的な解決が望ましいんだけど…」
すいません、と再び謝ると、君が悪い訳じゃないよ、と諌めた。

「あまり、自分のことは話さないみたいだね。君の彼は」



扉をスライドさせ、恐る恐る室内を見渡す。医療用カーテンが開かれ、真っ白なベッドに身を置いている主は、やはりアラタだった。顔を見るまで実感が沸かなかった。医者の説明では、二週間ほど安静にしていれば、問題ないとのことだったが、それでも、頬はこけ、目の下には濃い隈があった。何故気付かなかったのだろう。確かに、夜帰ってくることもあったが、休日に家にいることもあった。話さないまでも、疲れている様子くらいは気付けたかもしれない。あんなにも、怖かったはずの存在が、今は弱々しく、ベッドで寝ている。いつだったか、この男に仕返しがしたい、と思っていたが、既にそんな感情はなく、ただただ、起きて、いつもみたいな憎まれ口を叩いて欲しい。

ノックもなく、突如、ドアが開かれる。病院関係者ではない。40代か50代くらいのスーツを着た男だった。カツカツと革靴を鳴らしながら、ベッドへ歩み寄り、アラタを一瞥すると、ふん、と鼻を鳴らした。

「なんだ。死んでないのか」
ギョッする。命に別状はないとは言え、病人にかける言葉ではない。

「おい」
「え、…は、はい」
「コイツはどのくらいで退院できる」
「え…えっと…多分…二週間…です」
マカドの狼狽した姿をか、二週間という期間の長さか、もしくはどちらもかもしれないが、中年の男は舌打ちで返した。

「…長すぎる。担当医師はどこだ」
「…確かロビーに…」
それを聞くやいなや、来た時と同じように、病室から足早に出て行ってしまった。なんて横暴な態度を取る男だろう。職場の上司だろうか。それにしても、襟に付いていたバッチ。そしてあの男の顔。見覚えがある。マカドの生活圏内で会うはずのない男。テレビか、新聞だったもしれない。ふと、左手の指輪が目に留まる。そうだ、あの男、ミカミだ。『ガイア』のプロジェクトの責任者であり、"指輪ブーム"を引き起こした研究者だ。あのバッチは、例の企業のシンボル。何故、あの男がこんなところへ。マカドは今一度、病人の顔を見る。まさか。看護師から預かった、紙袋の中身を音を立てないように漁る。あった。同じだ。アラタのスーツの襟にも、同じバッチが付いている。
アラタの仕事は、"指輪"に関わっていたのだ。だから、あんなにも指輪に関して詳しかったのか。

呆けていると、ベッドが揺れる。寝返りを数回打った病人は、ガラガラな声でマカドに尋ねた。

「……どこ、ここ」
「あ、…びょ、病院…」
「病院…?痛つつ…」
上半身を無理やり起こし、辺りを見回す。まだ完全には覚醒していないようだ。ただぼーっとしている。

「あの…先生が、マンセイ…えっと」
控え室での説明が思い出せない。

「慢性疲労?」
「多分…そう言ってました」
医者の問いに対しても、ミカミの問いに対しても、曖昧なことしか分からず、何もできない自責の念に囚われていると、アラタは前者の二人と、全く別の反応をした。声に出して、どっと笑ったのだ。

「慢性疲労…俺がねー。まあそうなるよな」
「あの…ごめんなさい…」
「ん?何?心配してんの?相変わらずバカだねマカドちゃん。体調管理もできない馬鹿の心配なんて」
いつもの憎まれ口を叩きながらも、その表情は力ないものだった。それでも、マカドは自然と胸をなで下ろしていた。あのまま、ずっと起きないのでは、と。

「あ、さっき…ミカミって人が来て」
来訪者を伝えると、その表情が曇る。

「なんだ、親父来たのか。嵐でも来るんじゃねえの」
親父?そういう風に呼ぶ間柄なのか。まだ働いたことのないマカドには、上司というものがよく理解できなかった。マカドが不審に思っていると、アラタは予想外な補足を加える。

「ミカミは、俺の父親。残念なことにね」
「え…え?でも、クワタリって…」
姓が違う。ニュースに出るような人物と、目の前の同居人との関係が信じられず、ドアの向こうのロビーとアラタを交互に見る。

「ああ、母さんと親父は昔別れたからね。だから俺はクワタリ」
「あの、お母さんは…?」
医者は『親戚は遠方に住んでいる』と言っていた。両親の話は、一切出てこなかった。

「…母さんは、」
アラタは、窓から見える、曇った空を見つめた。

「随分前に死んだ。…いや、今は名前を変えてこの国に有り続けている」



世界が生まれるずっと昔、カオスから生まれたとされたそれは、自らの夫を生み出し、さらに様々な神を生んだ。また人類も彼女の血を受け継いでいるとされ、母なる女神として、今もなお、そしてこの国でも、崇拝されている。

短編といっておきながらこの長さ…

ここまで読んでくださってありがとうございました。

次回こそ完結です

後書き