silent night


knight ...01

silent night

清らかな、夜に月が昇る





「あーあ。こんな時間になっちゃったー」

慣れた筈の特有の語尾の伸ばし方が、今は苛つく。

「空月のせいだかんねー」
「…俺かよ」

大してついてもいない衣服の埃を、掃除後のように払う。

「そーでしょ。だって、僕、いい子だもん」

クリッとした丸い目を綺麗に細め、口角も揃えて上げる様は、確かに"いい子"だ。
だからと言って、代わりに俺が"悪い子"と認めたワケではない。だいたい、その例え自体、キモい。

「空月が"そんなん"だから、こーゆー連中に絡まれるんだよー」

"そんなん"には、当然、俺の特徴が入るのだろうが、別に自分では普通だと自負している。身長は188センチ。目付きは鋭く、…というか、まあ、悪い。髪は暗めな金色。
これのどこが─

「かなり目つけられるタイプでしょー」
「おい!!人の心読むな!!つーか、一帆だって女絡みで色々─」
「違うもーん。僕はただ女の子慰めてあげてるだけだもーん」
「なぁにが"もーん"だ!!!!この女タラシが!!!!!」
「わぁーひっどぉい!!彼女いない空月に言われたくな─」
「今それ関係ねぇだろ!!あ"あ"!?」
「ま、とりあえずおなか空いたし、帰ろうよー。こんな奴等ほっといて、サ」

さも、面倒臭そうに、"こんな"と称した転がっている大量のチンピラを、ゴミの如くその細い足で蹴った。

「ま、そうだな。見たいテレビあるしよ」
「嘘ばっか。二葉さんが怖いから早く帰るだけでしょー」
「ち、違ぇばーか!!とっとと帰んぞ!!」


その日は、いつも通り、不良に絡まれ、日が暮れる一歩手前までにそれを片付けていた。




「お帰りなさいッス、空月っサン」
「うぉおう!!ビ、ビビらせんなよな嵐!!」
コッソリと玄関のドアを開けたようとした背後から、話しかけられたため、肩が跳ねる。
「申し訳ないッス」と気配の無さを詫びる嵐。コイツはウチの社員。つっても、会社ってほどデカくない、まあいわゆるしがない建設会社ってとこだ。黒髪と俺よりやや明る目な金髪のコントラストは、やはり暗闇でも目立つ。埃っぽい作業着から察するに、一仕事終えた後なのだろう。

「…まだ門限過ぎてないッスよ?」
門限、つまりまだ日付は変わっていないのに、何故そんなにもコソコソしているのか、と尋ねる。

「あ、あー、そのー…血が、よ。そのー」
曖昧な返事と、俺の"格好"のみで、なるほど、と理解する嵐。

「救急箱なら、廊下の突き当たりのクローゼットの三段目の棚ッス」
一社員が何故、そこまで知っているか、というと、嵐はだいぶ昔に親に勘当されたらしく、金もないため、家事を手伝うという条件で、住み込みをしているからだった。働きぶりは、見た目からは想像も出来ないほどのもの。

「や、そこまで怪我はしてねぇンだけどよ─」
「そっスか?耳から血、出てるッスよ?」
「え、うそ!?!?」

確かめてみると、鮮血。
恐らく、避けた際に壁で擦れたのだろう。
そんな分析をしている間に、嵐は、救急箱を手早く持ってくる。さすが、仕事が早い。

「とりあえず、消毒─」
「別にいいって!!血さえ見えなきゃ!!」
「あ、二葉の姐さんなら、今買い物ッスよ」
「え、か、買い物ぉ!?」
どうりで家に気配がないと思った、という驚きよりも、現在進行しているであろう行為に驚く。

「ハイ。…夕飯のコロッケのソース頼んだんスけど…なんだかよく分からないみたいで…」
メールでも入ったのだろうか、携帯をしょんぼりした顔で(まあ、眉毛はないのだが)見つめる。

「ったく!!なんでアイツはソース一つ買えねぇンだ!!」
「スイマセン…自分が分かりにくい説明をしたンだと─」
「あー、いいって。嵐、先シャワーでも浴びてろよ。仕事終わりで疲れてんだろ?ソースなら俺買って来るからよ」
「いや、悪いッスよ。空月っサンだって疲れて─」
「いーっていーって。その代わり、アイツに喧嘩したこと黙っててくれりゃいいから」
「…そうッスか?」と渋々(本当に申し訳なさそうに)金とその他の買い物のメモを渡す。


「お気をつけて」
「…?おー」
「今日は双子座は運勢悪いって今朝のニュースで─」
「また占いかよ!!占いなんて当たんねぇって!!じゃあ行ってくる!!」
半ば呆れた顔をくるり、と向きを変え、街灯の少ない道に歩き出す空月に、嵐はもう一度だけ呟いた。

「お気をつけて」





「っ痛ぇー」

先ほど嵐に指摘された傷は、痛みが復活したのか、ジンジンと耳鳴りのような感覚がした。確かめるように撫でた左耳のイヤーカーフは、若干擦れたような傷がついている。

『父ちゃんの形見だ。大事にしな』

二葉に昔言われた台詞が脳内で反響する。
実際に顔も見たこともない父親の形見の価値を見出だせずにはいたものの、やはり幼い頃から持っていれば、愛着が湧くというもの。傷がついたらついたで、父親にまで申し訳ない気持ちになるのだから、自分もやはり父親っ子なのだろう、と嫌々ながら実感させられる。

それにしても、父親のことで感傷に浸るなんて、

「…ちっ、らしくねぇー」

一帆の語尾を伸ばす癖が移ったことに気付かず、近道の細い路地に入った。
ここを抜ければ、後は近所の公園を横切るだけ。血は乾燥したし、耳の傷は髪で隠せばいい。問題は、買い物をするまで何をしていたか、ということだ。最もらしい事を言わなければ、すぐにバレてしまうだろう。
さて、どうしたものか、と思案に暮れている、最中だった。
びゅう、と風の音。そこまでは普通だった。まだ春になったばかりだし、強い風が吹くのも当たり前。
だが、強すぎる。

「うぉ!?」

小袋をうっかり手放してしまう。

「やべ!!」

中身が零れるものではなかったが、反射的に手をのばしたその時だった。
一瞬、鳥のような飛行物が横切る。そして、のばしたかけた手を慌てて引っ込める。

だって、

「…な、なん…だ?」

小袋どころではなく、中身まで、綺麗な断面を描いて、スパッと切れているから。

「…不良品…?」

ふざけて口角を上げてはみるものの、正直、笑えない。
もし、原因が先程の"鳥"なのであれば、数秒違えば、切れていたのは、自分の指。
戦慄が首筋を駆けた。

「や、アレだ!!やっぱコロッケは醤油に限るって!!うんうん!!よし!!帰ろ─」

切れた買い物から数歩離れ、家の方向へ駆けようとした瞬間、また例の風の前兆である、あの音。しかも今度はさっきよりも桁が違う大きさ。
身体が危機を察したのか、バサバサとこちらに向かう"鳥"がゆっくり見える。

青に近い公園の白熱灯が、"鳥"を照らした。

(と、鳥じゃ、ねぇッ……)

黒い布のようなツルツルした羽は、明らかにコウモリのそれに近い。だが、ギョロリ、と急に開いた瞳は女子供の拳ほど。しかも、瞳は、一つだけ。それが群を成して向かって、くる。

気付いた頃には、買い物を済ませたスーパーも通り越し、夕方まで喧嘩を繰り広げていた、ビルの廃墟まで来ていた。





「は、…はぁ…はぁ…ッッな、なんだっ…よ…はぁ…アレ…俺疲れてん、のか…?」

さっきの化け物は、見間違い。そうだ。そうであれば説明がつく。ならば、切れた袋は?実は切れてなかったのでは?袋はビニール性だし、ただでさえ切れやすい。中身は切れたのではなく、零れたのでは?
だとしたら、一心不乱に走った自分が恥ずかしい。ガキじゃないんだから。それにしても、

「…はぁ、こんな走ったのは、…確か中学の卒リンの時以来、だな」

ハハッと込み上がる笑いは、自嘲を含む。
見上げた空には、すっかり真丸い月が顔を綺麗に出している。

「確か、あん時も、こんな月だったな、……そういや、」

(俺の名前って…満月が由来、なんだよ、な……)


『つきって、おひるはどこにいるの?』
『月はな、昼もちゃんといるんだぞ?』


子供の頃は、その言葉がやけに嬉しかった気がする。
なんだか、"いつも一緒だ"と言われたみたいで。




「…月は、消えねぇ、ってか」

ハッと再度見上げると、辺りは真っ暗。つい今し方自分で吐いた台詞が偽りに。

「…は?つ、月が…無い?」

雲ではない。真っ黒な、何かが覆っている。しかも、それは見間違いと断定したもの。

「クソッ!!またかよ!!」

こちらに向かってくる"鳥"に、ギリギリで横に飛び込み、背にしていたコンクリート造りの壁に激突させる。

「ハッ!!ざまぁみろコウモリ野郎が!!!!…って、…え、…うそ…」

幼い頃からの周囲の環境のおかげで、コンクリートの固さは知っていた。だから、より、その"有り得ない事態"の深刻さも、同時に知り得た。

「コ、コンクリートが抉れてるッ……」

見間違いだった筈の、一つだけの瞳が、全てこちらに、向く。
体は、すぐに起き上がれないくらい、地面に転がっている。いや、たとえすぐに起き上がっても、この距離では、追いつかれる。化け物が羽をばたつかせ、飛行準備が完了した頃には、自分は死ぬんだ、となんの抵抗もなく、感じていた。

もう一つの風が吹いたことに、空月は気付いていなかった。





ひんやり、と冷たく、細い糸のようなものが、顔に絡む。
風を切る感覚により、まだ生きている、と遅れて実感した。
だが、下を見ると、またあの"鳥"。
恐怖を刻まれたそれに、ジタバタと、必死にもがく。と、

「おい!!暴れるな!!落とすぞ!!」

(…落とす…?って、)

更に、下位を見れば、住宅地が、地図のように、小さい。

「う、うわぁあああぁぁ!!!!た、たたたた高ッ!!な、ななんだコレぇええぇ!!!!」
「五月蠅いぞ!!耳元で喚くな!!!!」
「喚くなったって無理!!…─ってアンタ誰─」
視界からは見えぬ人物の存在にやっと気付く。


「一旦ビルに身を隠すぞ」
「ちょ、うぉぉおお!!!!」
安定しつつあった状態から、全身が傾いたため、また叫んでしまう。
やっとのことで、愛しの地に足を付けることになったが、文字通り"落とされた"のであまり喜ばしくもなかった。

「痛ってぇ……おい!!もう少し丁寧…に、」
怒りの矛先を、先程の声の主に向ける。が、佇むのは、一人の少女。黒く、明かりの少ない室内でも、その上質さは分かるほどの長い髪。瞳が月光に照らされ、人種の違いを明らかにした。

(碧…?…ハーフか?)

なるほど、さっきまでの自分の状態は、彼女に担がれていたのか。(顔に当たっていたのは、彼女の髪のようだった)


「……え、つーか…まさか、…俺…」
ガクリ、と頭と両手足を垂れる。

(人生初…女に担がれたぁあああぁぁ)

落胆、どころでは、ない。だってもうすぐ190センチの大代に乗ろうって奴を、担ぐ女なんているワケないのだから。

(…つーか…担がれたってこと、は…)

もちろん、密着度も高い。いや、別に下心がどうのとか(そもそも担いだのはアッチだし)そういうワケじゃねぇ!!断じて違う!!け、けど…やっぱ……

カァ、と音をたてて紅潮する。
(もしかして…む、胸とか…当たってた!?!?)

嗚呼、なんだって自分は叫んだりなんかしていたんだろうか。もう人生でこれっきりかもしれないという最大のチャンスを逃すとは。

(だってしょうがねぇじゃん!!!!あんな高い場所初めて─……ん?)

そういえば、飛んで、いた、ような…
「ハハッ……ま、まさか、なってぇええぇ!?!?」
また、素頓狂な声を出して、と思う奴がいたらブッ飛ばすが、それは仕方のないことなんだ。だって目の前の女が、拳銃を取り出し、尚且つこちらにそれを向けているのだから。

「ま、まままま待て!!いや、確かに下心がなかったかって言われたらそりゃ否定も出来ねぇけどっ、や、だってお前が担いだのがいけねぇんだろ!!俺それどころじゃなかったしっ!!と、とにかく─」

安全装置、だろうか。チャキ、と無機質な金属音。

「だぁぁあああぁぁスイマセンでした──」
「東の海の悪鬼を払いし神の手よ、西の虎が食い散らした渣滓を其の眼に映せ!!『神荼』!!」
目は閉じたが、強い発光が放たれたのは、感じる。うっすらと開けてみると、銃口は自分ではなく、飛び込んできたガラスのないポッカリ開いた窓だった。しかも、光は今もそこから放たれている。覗くと、あの化け物。

「うわっ!!」
「案ずるな。しばらく奴らは入ってはこれない」
コイツ、今、"奴ら"とそう言った。まるで、その存在を、認めているかのような─

「さて、」
「っ!?!?」

クリッと大きな瞳には、艶さえ見えそうなほど長い睫毛。色白で、透き通る肌には、黒髪も、碧眼もよく似合っていた。

(…なんつーか、ち、近くでみると、)

美人、だった。
そんな人物と密着していたかと思うと、遅れて羞恥のような照れが全身を襲う。

「貴様は誰だ?」
「………ハ?」

さっきも思ったが、この美人…何やら口調が─

「あそこで何をしていた?この一件は、私が任されていた筈だ。しかも、助っ人と呼べるほどの実力もない貴様が、あそこで何をしていたのか、とそう聞いているのだ」
まるで、頭の足りぬ子供に教えるような。しかも、さも、俺が邪魔のような─

「ああ。物凄く邪魔、だったな」
「うぉい!!心読むな─ってそうじゃなくて!!聞きてぇのはコッチだ!!なんなんだよあの化け物はよ!!!!」

俺としては、ごく、普通の反応をしたつもり。だが、何故だか返ってくるのは、きょと、と緩んだ顔。

「…貴様…まさか、"ガヴン"ではない、のか…?」
「………ガ、え。なに?」
「…少し、待っていろ」
「ハ?お、おい…」
俺に説明する気はさらさらないのか、パカッと開いたケータイの通話ボタンを押す。

「…コードネーム=フィン・マックール。外の連中に繋いでくれ」

受話器からは、機械的な声で「かしこまりました」と聞こえる。そして、彼女は再度同じような言葉を淡々と話し、一気に息を吸ったかと思ったら、

「この馬鹿者が!!!!一般人が紛れ込んでいるではないか!!!!」
ビリビリと鼓膜が震える。一体、その細い身体の何処からそんな馬鹿デカい声が放てるのか。

『す、すいません!!結界レベルのミスかと─』
「ミスで済まされるものではないぞ!!…ちっ、貴様新米の"壁"か?…コードネームを言え。上に報告しておく」
『ハ、ハイ。コードネーム=ルイ・ルゴスです…』

飛び交う単語を尋ねようにも、見た目以上に怖い人物だと分かり、話しかけられもしない。頭痛を抑えるように額に手を添え、盛大な溜め息をつく。

「済まなかった。こちらのミスだ」
「………えーと、」
"こちら"と言われても…

「自己紹介が遅れたな。私は天万聖夜という」

セーラー服の(この時初めて服装に気付いたのだが)どこからともなく、黒い手帳のようなものを取り出す。警察手帳のように開きはしなかったが、金色に光る印は、見たこともないマーク。

「ガヴンの学徒部隊に所属している、聖ドルイド学園在籍中の4回生だ。…そうだな、貴様らで言う所の、"魔女"というものだな」
「………………はぁぁあああぁぁぁあああぁぁ!?」






空月が現実と葛藤している頃、もっと上空で、それを聞いている一人の男がいた。


「かぁっあーあ」
『ちょっと、サボんないでよ』
大きな欠伸を怠けている、と取ったのか、サングラスに取り付けられた通信機の向こう側の相手は苛ついた声だった。

「あーんだよ、今日のお目付け役はシェリル=リンダーか」
『何よ。アタシだとなんか不満でもあるって言うの!?』
「あーないない。だいたい今回の任務自体は、俺っち、気に入ってっからッサ!!」
キヒヒ、と特殊な笑いに、またか、と溜め息で返す。

『好きねぇ、アンタも。アタシならお断り・ね。女ガヴンなんて』
「あー?それじゃあ、俺っちが"女好き"みたいじゃねぇかっよ!!」
『あら、違う?女の悲鳴を録音して楽しむ変態は、アンタの故郷じゃ"女好き"って言わないのかしら?』
「かぁあ!!違うんだなぁコレがっ!!せめて"コレクター"つってくれよなぁシェリルさんよぉ!!」
どちらでもいい、と先を促す。

『で?今回こそ大人しく任務遂行してくれるんでしょうね?』
「大人しくぅ?カッ!!そんなんしたら、"悲鳴"がコレクト出来ねぇだろぉ!!!!」
『アンタねぇ…分かってんの!?アタシ達は"奴ら"に正体バレちゃダメなのよ!?』
「正体、ねぇ…もういんじゃねぇのぉ?」
『"準備"がまだなのよ…』
「チィッ……のろまなクソジジイどもがよぉ…とっとと済ませてくれねぇと、俺っちが思う存分楽しめねぇじゃんよぉ…」
『文句言わないの。それより、戦局は?』
「あー、なんかよぉ…変な奴が乱入してきたぜぇ?」
『変な、奴?』






「なるほどねぇ。うんうんそっかぁ………っておい!!!!」
「…楽しそうだな」
「楽しくねぇよ!!そんなん言われてすぐに信じられるかよ!!」
自分としては、かなり説明を加えたつもり、と少々ムスッとした顔になる女。

「……これは飛行用道具の彗孛<スイハイ>というものだ」

これまたどこからともなく、箒を取り出す。

「………?…ああ!!そうだよな!!やっぱ魔女と言えば箒!!そうそう!!……っておい!!!!」
「………ち、面倒だな。人間という者は…ならば問うが、貴様が先程見たあれをどう説明する気だ?」
今なお光る壁に激突し続ける"鳥"を親指で差す。

「……う、…その、ゆ、夢オチ…で、」

自信もないまま、そうであればいい、という願望を口にする。が、それも許さない、というように、拳銃を再び取り出す。

「これは魔女や魔法使いが使用する武器、"魔玩具"という代物だ。私の魔玩具は、"双星"という。この双星は、先程のような結界や単純な攻撃、臨時使者<アンゲロス>などを召喚する道具だ。夢だと言うならば、実際撃たれてみるか?」
「い、いいいいいいです!!ケッコウです!!」

眉間に照準を定めかけたので、慌ててNoサインを手で示す。

「わ、分かったって!!アンタの言ってることは信じるからよ!!だからさっさとあの化け物片付けくれよ!!!!」
「そうしたいのは山々なのだが─」



ひゅ、と耳を劈く。

「お、おい!!」
「……?」
「"聞こえ"ねぇのか!?!?風の音が違う方向から聞こえたぞ!!」
「…風の音…?貴様なにを言─」
「危ねぇ!!」


空月は反射的に女を抱え、反対側の壁へと飛び込んだ。
刹那、通路であった幅が弧を描き、抉られている。しかし、"鳥"の姿は見当たらない。


「あっぶねぇ……アンタ大丈夫か?」
「…あ、ああ…」
聖夜は、疑問が二つあった。一つは、"鳥"の正体、"ハスター"の形状変化だ。

(ハスターは、術者がいない限り、形状変化はしないはず……透明になるなど、聞いたことがない…それに…)

あともう一つは、人間であるはずのこの目の前の男が、"音"に反応していた。自分には聞こえず、人間だけに聞こえるものなのだろうか。

(この男……一体、)

「………場所を変えるぞ。バレたようだからな」
「あ、おい!!血出てんぞ!!」
見ると、右の太腿から、一筋の赤い血。

「大事ない。ただのかすり傷─」

ドク、と疼いたのは、傷から。


「クソッ!!」
「おい!!お前何し─」
「やられた!"入り込まれた"!」

乾いた銃声が、一発、響いた。





「……う、」
「お、気が付いたか?」
「…どのくらい、気を失っていた、?」
「5・6分ってとこか?まあ、アイツらには見つかってねぇから安心しろよ」
「……そうか、…って、貴様なにをしている!?!?」
「あ"?何って俺のモットー、"やられたらやり返す"に則って、アンタを担いでマスけど何か?」
「餓鬼か貴様!!ってそうではなくて、何故逃げない!!」
「はぁあ?怪我人ほっといて逃げるなんざ、俺の辞書にはねぇんだよ!!だいたい、アンタこそ何考えてンだよ。テメェの脚を撃つなんて」
「アレは…仕方のないことだった…ハスターが一匹体内に入りかけていた、からな。でなければ、私の身体ごと抉られていた所だ」
「怖ッ!!まぁ、止血はしといたからよ」
止血、確かに血は流れてはいない。代わりに、もう黒く変色しつつあるが、赤い布が巻き付いていた。

「…これは、」
「俺のTシャツで悪ィけど、それでしばらく我慢しろよ」

「……………黴菌が移る」
「あ"あ"!?テメェ人の行為を─」
「…嘘だ。済まない。………有り難う…」
「……?…ああ」

一瞬、ほんの一瞬だけ、声が和らいだことに、僅かに違和感を覚えた。







「見たかよぉ。やっこさん、迷わずテメェの脚ブチ抜いたぜぇ?」
『へぇー。一瞬でその判断が出来るなんて、見習いガヴンも捨てたもんじゃないわね』
「でもダメだぁな!!あそこで悲鳴の一つも上げねぇようじゃあ、まともな嫁にゃあならねぇよっ!!」
『はいはい。アンタの"悲鳴談義"はどうでもいいから、そろそろ片付けてくんない?アタシだって忙しいんだから』
「こぉれ時間かかんだよなぁ…」
『文句言わないの』
「はぁいはいっとぉ、んじゃ、召喚しちゃいますかぁ!!!!」

パシンと手の平を合わせ、青い光が徐々に大きくなる。

「金色の酒を杯に、五芒の聖石を右手に、笛を奏で、召喚せよ!!バイアクヘー!!」










「右だ!!違う違う!!それ左だろ!!」
「ええい!!それは貴様から見た方向だろうが!!逆に分かりにくいぞ!!」
「しょうがねぇだろ!!"音"聞こえんの俺だけなんだからよ!!!!」

痴話喧嘩でもなんでもなく、これは俺が考え出したもので、音の聞こえた方向に、女が弾丸をブチ込むという戦法だ。

「ち、埒が明かんな……召喚!!黄隼!!」
雷のような、電撃の走った音の後、大砲並の爆発音が聞こえる。

「うぉ!!…や、やったか?」
「…いや、駄目だ…奴ら…また"増えた"ぞ」
何回か試したところ、分かったことは、ハスターとか言う奴らは、どうやら増えることが出来るらしい。さっきの結界とやらと別の方向から来たのは、"増えたハスター"だった。

「くっそ!!何回やればいんだよ!!!!もっと…こう、ドカーンってヤツねぇの!?!?」
「仕方がなかろう!!私はアンゲロスとしか契約していないのだから、これが精一杯なのだ!!永久使者<ナイト>ならば、話は別だが…」
「…ナイト?」
「アンゲロスは、使者の一部しか力を借りれんが、ナイトは違う。互いの力を共有したり、増幅させたり出来る」
「それ!!それ今出来ねぇの!?!?」
「無理だ。ナイトとの契約は言霊と契りが必要だ。奴らが追いかけて来ていては、そんな暇もない。第一、使者と成り得る奴もおらん」
「む、無理なのか?てか契りって?」
「ベーゼ、…まあ所謂、接吻だ」
「せっ……せせせせつぷん!?」
「ん?どうした?耳が赤いぞ?」
「なななななななんでもねぇよ!!」
「……?」

一瞬、自分と彼女とのキスシーンを想像してしまった、などとは、口が裂けても言えない。










奴らからは見えないような結界だとかで、やっと腰を落ち着けることが出来た。

「はぁ、はぁ……なぁ、」
「なんだ?」
「……いっつもこんな…無理な闘いしてンのか?」
ちらり、と脚の傷を見る。

「いつもではないさ。だが、ミッションに怪我など付き物だ」
当然のように放つ言葉に空月は戸惑った。それは、やっぱり、違和感があったから。もし、普通の人間に生まれたならば、この少女は、こんな怪我もすることなく、買い物だとか友人と他愛もない話題で盛り上がったりだとか、するんだろう。

なんで、彼女は、この闘いを強いられ、なんで、俺は、傍観者でなければならないんだろう。


(逆なら、よかったのに)

彼女の細い肩が当たる感覚で、思わずそう、呟きそうになった。


突如、地響きのような、揺れと共に、爆発音が響く。

「な、なんだ!?…あ!!おい!!」

空月が突然の出来事に気を緩めてしまったため、聖夜が右足を引きずりながら、近くの窓から外を伺うのを許してしまう。

「…あ、あれ、は……そんな馬鹿な…」

遅れて空月も"それ"を見ると、比べ物にならない恐怖心が芽生える。

「な、なんなんだよ…アレッ…」






人の骨格は上半身ほどしかなく、その肌も灰色掛かった黒。歪な角が二本頭から生えており、目は額に一つ。背からは、蝙蝠の翼が在るが、本で見るような、"悪魔"とは訳が違う。脚が恐竜の後ろ脚のように折り曲がり、鋭い爪が三本ほど生えている。そして、空月が一番に戦慄を覚えたのは、その大きさだった。高さは、ビルほど、いや、最上階に位置していた自分たちよりも頭が上にあるのだから、それよりも大きい。


(こんなッ……化け物に勝てるワケ…ねぇじゃねぇかッ)


「有り得ぬ……何故、バイアクヘーが……」

(やはり術者が…?いや、それよりも、…不味いぞ、)


暗かった筈の周辺が、色を取り戻し始める。最初、それは朝かと思えた。しかし、朝というほど明るくない。

「…こ、今度はなんだ!?!?」
「ちっ、…始まったか…"壁"が消滅し始めたのだ…」
「…か、"壁"?」
「結界のことだ。通常、下界に影響を及ぼさないように、魔物のレベルに応じて結界を張るのだが、今回はハスター用に…つまり、今のバイアクヘーに耐え得る結界には出来ていない…」
「そ、それって…」
「…このままでは、奴に町が消される」
「なッ!?!?」

混乱する空月は、携帯から発している音には、気付かずにいた。空月よりも幾分かは冷静な聖夜は、義務的な連絡をいくつかする。


「はい。私です」
『不味いことになりましたわね…今すぐ応援を─』
「いえ、結構です。今から派遣していては、被害が増えるだけでしょう」
『まさかッ…あなた』
「はい。…壁はまだ数分ならば保ちます。その間に、」




空月の意識が覚醒したのは、次の言葉を聞いてからだった。








「相撃ちを狙います」
『止めなさい!!天万さん!!』
「…失礼します」

閉じもせずに床に投げ捨て、数発の弾丸で破壊をしてしまう。
その行為に、どれだけ意志が強いか、を見せられてしまった。


「聞いた通りだ。案ずるな」
「相撃ちって…」
「足がこの様だが、相撃ちならばなんとかなる。もし、出来なかったとしても、応援部隊が来るまでの時間稼ぎにはなるだろう」
「な、…そ、そんなんダメだ!!」
力の加減も忘れ、肩を掴む。

「ならば、どうするのだ?」
「……それ、はッ」
「こうしている間にも、刻々と壁は崩壊してゆく…」
「ッ……けど、」
この、細い肩が、消える。それは、駄目だ。だけど、自分には、何も出来ることがない。

悔しさに唇を噛む。
こんなにも、自分が何も出来ないと思ったのは、生まれて初めてだったから。



「……空月、と言ったな」
「……え」
小さな、細い手を、俺の震える手にそっと添え、振り返る。


「いい名だ。きっと御両親はお前のことを愛しているのだな」
「何言って─」

止めろよ。そんな、最期の挨拶みたいな─

「お前にも、大切な者が居るだろう?その者たちを守るには、これしかないのだ」

なんだよ、それ。お前は、見ず知らずの奴のために、死ぬってのかよ。

「案ずるな。失敗はしない」

その時、出会って初めて、彼女の笑顔を見た。

それは、笑っている、というよりかは、泣いているような、そんな哀しい顔だった。




「…ざけんな、よッ」
「…空月?」
「ふざっけんな!!!!なんだよ!!さっきから!!散々ッ、貴様とか呼んどいてッ…こんなッ……こんな時ばっか名前で呼びやがってッ……」

そんな、造ったような、笑顔なんて、しやがって…

「アンタにだってッ…大切な奴くらい居るだろ!?!?なんでッ…そんな自分を切り売り出来んだよ!!!!」
「大切にしていたものは…─」




諦めたような、自嘲のような、笑みが零れた。



「昔無くしたよ」
「………え」
「だから、私はもういいんだ。私は、お前のような者を守って死ねるならば、それでいいんだ」
その決意を秘めた顔が、なんだか、よく分からないけど、会ったこともない、親父と重なった。


『父ちゃんはさ、最期までアンタを愛してたよ、きっと』



「迷惑、なんだよッ……」
「…何?」
「勝手にッ…テメェのためだとかッ……そんなん言われても迷惑なだけなんだよ!!」
「…空月」
「ふざけんなよ!!そんなんッ…残された奴はどうすりゃいいんだよ!!」
「………」

最期まで愛していただとか…

「…そんな台詞言われてもッ…死んだら終まいじゃねぇかよッ……」

なんで、こんなにも、ムカつくんだろう。なんで、こういう連中は、他人のために死にたがるんだろう。
残される奴のことなんか、考えずに。


死んだ者からの愛など、受け取る術を、俺は知らない。
"愛していた"と言うならば、何故、死ぬんだ。



「もう、嫌なんだ……」


何故、俺を残した。


「そんなッ…有難迷惑なッ…台詞も…」


何故、一緒に生きてくれなかったんだ。

「残されんのも…ただ守られんのも……もう嫌なんだ…」









「ならば、闘うか?」

顔を上げると、凜とした、表情でこちらを見ている。

「………え」
「…一つだけ方法がある」
「な、なんだ!?!?」
「お前が私のナイトとなり、私の力で闘うのだ」
「でもッ…アンタさっき…」

『第一、使者と成り得る奴もおらん』


「ああ、可能性としては、極めて低い。人間とのナイト契約は、前例がないからな。仮に成功したとしても、バイアクヘ―を倒せるとも言い切れん……それに、」
「……?」
「お前は、私のナイトとして、永劫、闘いを強いられる」
「……!?」
「怪我は勿論、死ぬこともあるかもしれぬぞ」
「ッ…」
「それでも、闘うか?」






「かぁっ!!やっこさんだんまりかぁ!?つぅまんねぇの!!早くしねぇと人間どもが死んじまうぜぇ?」
『さすがに見習いガヴンがバイアクヘーを倒す術なんて使えないでしょ。分かってるわね?人間の前にまず─』
「わぁーてるよ!!魔女殺しが先だろぉ!?!?うずうずするぜぇっ!!……あん?なんだぁ、あの赤ぇ光」
『…光?』
「よっく分かんねぇけど!!ブッ潰せバイアクヘー!!!!」

男の指の方向通りに、拳を振りかざす。そして、紅く光る場所に命中をさせる。
が、

「あぁんだぁ!?!?効いてねぇだと!?」
『…まさか、…ナイト契約…?』
「ばっか言うなよ!!魔女一人じゃ契約出来ねぇだろ!!他に誰が─」
『アンタがさっき言ってたじゃない。"変な奴"が乱入した、って』
「ありえねぇ!!だって人間だぜぇ!?!?ナイト契約で魔女より非力なヤツをナイトにしてどぉすんだよ!!」
『知らないわよ。どっちにしろ、大した戦力にはならないわ。さっさと片付けちゃいなさい』
「そぉだな!!行けバイアクヘー!!!!」






耳鳴りが、する。

   身体が、熱い。

       血が、 暴 れ る、この感覚…俺は、


『 知 っ て る ? 』
「聞いているのか空月!!」
「……─え」
「いいか!!私の残りの全ての力を使って、お前が奴の額に叩き込めるのだ。失敗は許されない、いいな?」

(くそッ、…脚の怪我の所為で、黄隼一発が限度…双星でナイトに打てば黄隼は"本来の力"になる…だが問題は、空月の体が"耐えられる"か、だ…)


「行くぞ!!召喚!!黄隼!!」

高く、長い、一筋の鳴き声が、空月へ向かう。

「グッ…」
苦痛に顔を歪ませる。

(やはり無理…か!?)

「空月!!黄隼の力が安定するまでの我慢だ!!」
「ァァアアア─────」
「くそッ!!」



これでは、先に空月の身体が壊れてしまう、とアンゲロスの召喚を拒否するための言霊を唱えかけたその時だった。


取り巻いていた光が、ふつ、と消えたのだ。

「…何ッ!?…ば、馬鹿なッ…」
(アンゲロスの力に耐え切れない場合は、身体が拒否して放ってしまう筈……それが、消えただとッ!?)


息の上がっている空月に駆け寄る。


「おい!!無事か─」
「…そうだ、俺、知ってる…んだ…」
「…!?な、に言─…っあ、おい!!待て!!!!」

何か呟いた、かと思いきや、一瞬で、バイアクヘーの頭上まで飛んで行ってしまう。


「空月!!…!?あ、あれはッ…」

消えたはずの黄隼本来の光は、振り上げた右拳に集まっている。いや、それどころか、あんな力は、聖夜の残った力の及ぶ範疇ではなかった。


「らぁぁあああぁぁ!!!!」
「そのまま叩き込め!!」





キィン、耳を劈く金属音に似た、静けさ。周囲の音はかき消され、心臓の音と、それしか聞こえない。






「あっぶぅねぇ!!んだアレぇ!?!?」
『…有り得ないわ…に、人間が、"アンゲロス丸ごと"叩き込める、なんてッ…一体な─』
「なぁんっか、………萎えたぁ」
『ハ!?』
「帰ぁえろッ!」
『ちょ、ちょっと!!何勝手なこと言ってんのよハーフィズ!!聞いてんの!?返事しなさ─』

気に入っていたサングラスを壊す羽目になるとは、持ち主であるハーフィズも予想だにしないこと。しかし、もっと予想外だったことは、自分が、あの男に、ましてや人間に興味をそそられたことだった。

「俺っち、ノーマルよぉ?」

そんなことを、仲間内に言おうものなら、"女好きのコレクターが聞いて呆れる"と罵倒されるのが落ち。

「ま、コレクトはできなかったけっどよ!!楽しませてもらったぜぇ?…またどっかで会おうなぁ、空ぁ月っ!!」




収集の対象になったことを、勿論のこと、本人は知らない。













「……ぅ、」
「御早う、空月」

見れば、少し和らいだ表情。状況をすぐに理解出来ない空月からしたら、なんだこんな顔も出来るのか、と心内で感想を漏らす。

「…化け物、は─」
「消えた。お前が倒したよ」
「そ、か……」
「町も、住民も、皆無事だ」

安堵さで、大きな溜め息が漏れる。次に不安になるのは、自分の身体でもなんでもなく、

「お前、…あ、しは?」
「大事ない。粗方治療しておいた。それよりお前は自分の体を─」
「ぅぉおおおぉおぉお!!」

心のほぼ全ての不安が取り除かれ、やっとのことで、自分が置かれている状況、つまり、何故こんなにも聖夜と顔が近いのか、を理解する。そして、今なお痛む身体に鞭を打ち、半身を起こしてしまう。


「な、なななななにしてンだテメェ!!!!」
「何って、膝枕というものだ。怪我人には、これが良いと─」
「いいワケねぇだろ恥ずかしいわボケぇぇええ!!」
真っ赤な顔で、後退りをする空月に、また、あの表情を向ける。





「"テメェ"ではない。聖夜、だ。宜しくな、空月」
「………あ?…あー…おう。よろしく、な。…せ、聖夜ッ…」

差し出された手をぎこちなく握り返す。いつも、こんな穏やかな顔でいてくれるのであれば、この激痛も、快感に変わる日が来るのではないか、とさえ思うほど。

夜が明け、朝日に照らされた彼女を見て、そう思った。














静かな、聖なる夜に、
俺は、大切な女の子の騎士になった









「ああ、そうだ」

言った矢先に、また通常の厳しい顔。

「空月、お前、接吻が下手だな」
「うっ、…うるせぇぇぇええ!!」

あと、追記するなら、俺のファーストキスの夜でもあった。


第一話少し手直ししました。主に空月のテンションを。
「テンション高ぇなこの主人公」と思ったら、それはだいたい聖夜さんのせいです。

これから彼は色んなものに巻き込まれます。更新遅いですが、なま暖かく見守っていただければ幸いです。

相関図