Heads or tails


knight ...10

Heads or tails


表か裏か、2分の1の確率を巡り、
僕らはコインを投げる。

投げた本人が誰であろうと、それはゲームの始まり。

さあ、賽は投げられた
Heads or tails








「いつも済まないな…」
「お嬢様の頼みとあっては、お断りする理由はございませんよ」

ぶっきら棒な謝罪に対して、紳士的で柔らかく答えられる。本当ならば、何か礼をしなければならないくらいのことをしてもらっているというのに。"下界"へ通じるゲートの申請の虚偽など。

「ただ、」
声が少し低くなる。

「やはり回数が多いと、私も誤魔化しきれなくなってしまうかもしれません…特に最近は、物騒な事件が多ございますし…」
「ああ、聞いているよ。うちの学園でも被害が出ている…執行部の判断ミスと言う者もいるが、"アレ"は明らかに、術者が絡んでいる…」

聖夜は空月と契約した夜のことを思い出していた。任務は下界に迷い込んでしまったハスターの駆除という、簡単なものであった。にも関わらず、ハスターの形状変化に加え、バイアクヘーの召喚。術者があの場にいたのは明らかなことであった。しかし、それが何者なのか、なんのためにそんなことをしたのかなど、まだ調査結果すら出ていない。こんな事件が、多数起きているのだ。

「そのせいか、申請のチェックも厳しくなっています…私の権限が小さいばかりにお嬢様のお力にもなれず…」
悔しそうに唇を噛み締め、俯いてしまった。

「顔を上げてくれビト…お前は良くやってくれているよ。それに、今回の訪問で、"話"をつけてくる。問題はない」
「……では、お気をつけて…」

再び深々と下げた頭は、聖夜がゲートを通り終えるまで、上げられることはなかった。






「あーくっそ…やっぱ意地張るんじゃなかった…」

空月が珍しく、その頭を垂れていたのには理由があった。その理由は、放課後のホームルームで清から口頭で伝えられたものだった。内容は、この後、前回し損ねた説明をしなければならないので、執行部の会室に来て欲しいとのことだった。教師を通して伝えるものであるにも関わらず、ピリッとして嫌味が含まれている辺り、伝言主が誰かは明白であった。眉目秀麗ではあるものの、性格の悪さは幼馴染である一帆と張るのでは、と思われるこの学園の生徒のトップである、アルベルト=マルムフォーシュその人であった。

執行部という単語にクラス全体がざわつき、空月が何故選ばれたのか、という議論があちこちで囁かれていた。そんなことをいちいち気にはしなかったが(慣れたと言った方が正しいかもしれない)、それでも気になったのは、ただ一人、ヨゼフィーネについてだった。

というのも、その件で以前いざこざが起きてしまったからだ。そろり、と見てみるが、窓際の席でいつもと変わらず、片膝を立てて口をへの字に結び、校庭を見下ろしている。ほっとしたが、疑問が残る。あんなにもこだわっていたのに、もういいのだろうか。


「さぁっそくお呼び出しだなー」
ニコニコと上がった口角から零れるのは、嫌味ったらしい言葉。ただし、クロノスの嫌味は、空月が選ばれたことへの嫉妬のような種類ではなく、"面倒事に巻き込まれてお気の毒に"といったニュアンスであった。暁は放課後遊ぶ予定が潰れてしまい、しょんぼりとしている。

「前ばっくれたの忘れてた…」
「バッカだなー。お前さ、会長はちょろそうに見えるかもしんねぇけど、何よりも厄介なのは副会長の方なんだぜ?」

そんなこと、二人セットで見れば一目瞭然だった。どちらかと言えば、アルベルトは何か支障がなければ、説明などという面倒なものはしたくない質である。しかし、虎白の方は、規定の通りに事を進めなければならない、といった几帳面そうな性格である。伝言に含まれた嫌味は、「お前がばっくれたせいで自分が虎白に文句を言われたではないか」という意味だろうと容易に想像できる。

「仕方ねぇか…さっさと終わらせてくる」
気だるそうに鞄を担ぐと、道は分かるのか、と茶化してくるものだから、分かるに決まってるだろうガキじゃあるまいし、と返してやった。それが誤算であった。




「くそ…迷った…」
そもそも、前回は虎白の後について行っただけなのだから、覚えられる筈がない。しかも、この学園、似たような構造で、迷いやすいのだ。などと言い訳を並べても仕方がないし、人に尋ねることにした。曲がり角から声が聞こえるし、ちょうど良いか、と呑気に歩み寄る。しかし、その声は、近付くにつれて、廊下で話すには声が大きすぎることに気付く。


「どうなってるんだ!」
なんだろう、喧嘩だろうか。いや、喧嘩というには人数の比率がおかしい。どちらかと言えば、"抗議"に近いものだった。

「俺らは応援が間に合ったからいいものを…もし間に合わなかったら死んでたんだぞ!」
「聞けばもう10件近く"この手"のミスがあるらしいじゃないか!執行部は僕たちを殺す気か!?」

物騒な言葉が飛び交い、今まさにそこに向かおうとしている機関の名前が出されている。他人事ではないと思いつつも、自分にはどうすることも出来ず、大きな身体を狼狽させるしかなかった。しかし、抗議されているらしき人物は(角度的によく見えないが)こともあろうか、溜め息を盛大に漏らしているではないか。

「原因については、ただいま調査中という通知が、届いてないのかしら?」
面食らったのは、先ほどまで息巻いていた連中とそれを傍聴している空月だった。まるで、言葉を理解できないのか、と言っているようにも聞こえる。


「なっ…そ、そんなの―」
「第一、応援が間に合ったのなら、それでいいじゃない。その応援も、"会長の早い判断"があったからこそよ」
「い、いい訳あるか!生死に関わる問題なんだぞ!」

そうだそうだ、と再び非難の熱気を取り戻すと、自分たちこそ正しいと主張し始める。状況が理解できない空月はどうしたらいいだろうとない頭を絞っていると、今度は溜め息ではなく、恐ろしいほどの冷たい声が返ってくる。


「死ぬのが怖いなら、外部任務証を置いていきなさい」

「お、横暴だ!」
「別に"取り上げる"なんて言ってないわ。"自分の意志でそれを置いていけ"って言ってるの。意味分かる?」
「なんでそんなことしなくちゃいけないんだよ!」

虎白がクロノスと言い合っている時、息を飲むほどの迫力があったが、それとは別種類の凄みがある。

「…今まで散々"甘い汁"啜ってきて、自分の命が危ないかもしれないって分かって、今度は執行部のミスだって言う訳?つまり100%安全が保障された任務をしたいの?そんな"お遊戯"しかできない連中に、外部任務証を持つ価値なんてないわ」

図星のようで、言葉が出るたびに頭が下がっていく。先ほどまでこんな人数に囲まれて可哀想にと同情していた対象が、今度は抗議している者たちに移る。
すると、その内の一人が、わなわなと震わせた拳を振り上げる。手が出るのが早かったのは、空月だった。

いつから居たのか分からない大男が、何故関係もないのに喧嘩を止めるのか、といった視線が集まってしまったので、間抜けにも、道を尋ねる。

「あ、あの〜…取り込み中すいませんけど、執行部の会室ってどこ…っすかね?」
ははっ、と付け足した笑いは乾いた場に虚しく響き、またも沈黙が続く。すると、一人が目の前の男を思い出したようで、震えながら後ずさる。

「こ、コイツ3回生の参宮だ!」
「参宮って…あのヨゼフィーネとやりあったっていう人間の…?」
「体育館爆発させたって聞いたぜ…」
「あ、いや、それは俺じゃなくて…」
弁解しようと手を上げると、殴られると勘違いしたのか、悲鳴を上げながら去ってしまった。まるで扱いが怪獣である。


「体育館のは俺じゃねぇのに…のに…って、そうだ!あの、怪我とかないっすか?」
「『助けてくれてありがとう』とか言って欲しいの?」
「は?」
「舐めないで欲しいわ。あんな連中、私一人でも―」
顔が良く見えるようになり、驚きのあまり、肩を掴み、確かめるように屈むような体勢になる。


「何?肩痛いんだけど」
「あ、すいません!…あの…えと、」
「"誰かとそっくりな顔"でもしてる?」

まさにそれであった。銀髪だったので、印象が違ったが、顔を見れば、双子と言われても納得できるくらい、"聖夜"に似ているのだ。長い睫毛に整ったパーツ。そして何より碧眼。と言っても聖夜ほどキリリと上がっていないが。



「あの、もしかして…」
「執行部の会室に行きたいんでしょ?」
こっちだ、とさっさと先を進んでしまう。『天万家』の者なのか確かめたかったのだが、意図してそれを遮られた。触れられたくない話題だったのだろうか。ならば無理に聞かずとも、後で聖夜に確認すればいい、と自分の中で解決することにした。






案内された場所は、10分ほど前に通り過ぎた場所であり、自分の記憶力のなさに打ちひしがれていると、聖夜とそっくりな彼女はさっさと入室してしまう。

「コードネーム、アリアンロッド。姫千螺 愛、入ります」
姫千螺…、天万ではないのか、とやはり気になってしまう。我に返り、自分も入室しなければならないことを思い出す。

「し、失礼します…うぅうう!?
全身に電気でも走った感覚に襲われ、奇声を発する。ドアは空いているのに、入れないのだ。中から、会長のケタケタと下品な笑い声が聞こえる。

「ギャハハハハハハ!やっぱねー!参宮くんやると思ったよー!!そのドアは、校長室と同じで特殊なんだー!!ま、入り方の説明は、前回言おうとしたんだけどぉ、君どっか行っちゃったしぃ〜?」
やはり、根に持っているようだ。

「でも前は通れたような…」
「そりゃ、僕が解除しておいたからねー!」
だが、今回はしてやらない、と言いたいようだ。


「ど、どうやったら…」
「えー?だって参宮くん、僕の話、退屈で聞きたくないんでしょぉ?だから走って出ていっちゃったんでしょぉ?」

この意地の悪さ、やはり一帆を連想させる。
困っていると、先に入室した、アリスが溜め息交りに説明をする。

「このドアは、コードネームと名前、声紋が一致しないと入れないようになってるのよ。私みたいに言えば入れるわ」
「姫千螺さぁん!もうちょっとからかいたかったのにぃ!」
聞こえない、とばかりに書類を整理し始める。


「え、えーと…こーどねーむ?」
聞き慣れない言葉を鸚鵡返しする。すると、ラッキーと言わんばかりに、アルベルトはニタニタと厭らしい笑みを浮かべる。どうやっても教えない気らしい。根に持っているというよりは、自分をおもちゃに楽しんでいるようだ。

「…大お婆様の手紙」
またもアリスが小声で教えるが、眉間に皺が寄っている。

「て、手紙…?あ」
自分が苛々させてしまっているのは明白で、慌てて、くしゃくしゃになった手紙をポケットから取り出し、コードネームを探す。


「え、えっと…コードネーム…カプト・ドラコニス…。参宮空月、は、入ります…」
人差し指で確かめるようにドアの向こうを触るが、電撃は来ない。どうやら合っているようだ。
ほっとするのも束の間、更に苛立っているアリスが、ドア前に立っている空月に邪魔だ、と罵り、焦りながら避ける。キビキビと働いている様子から、もたもたするような輩を嫌っているのだろうか。邪魔にならないようにソファー付近に居心地悪く立っていると、前と同じようにアルベルトがクッキーを頬張っている。


「座ったらー?」
「え、?あ、じゃ、じゃあ失礼します…」
「ま、今回は、前回の補足なんだけど、って言っても前回なんも言ってないけどねー」
「す、すいません…」
「僕よりヨゼフィーネを選ぶなんて…ひどいっ!」
しなっと腰をくねらせ、泣くフリをしてみせる。

「え?見てたんスか?」
「やっぱそうだったんだぁ!君って顔に似合わずに女ったらしなんだねぇ!」
厭らしい、と今度はクッションの影から睨んでいる。
年上に、しかも権力的には学園トップの彼におふざけな態度をとられ、どう対処していいか困っていると、アリスが横から口を挟む。


「彼女には、私から言って聞かせましたから、問題ありません」
「言って聞かせた…?」
もしかして、先ほどの抗議していた連中に対して言ったようなことをしたのだろうか。だからヨゼフィーネはこの件で突っかかって来ることがなくなったのだろうか。だとしたら、末恐ろしい。あのヨゼフィーネを、言い包めることができるのだから。いや、もしかしたら力でねじ伏せたのかもしれない。得体の知れない恐怖に身を震わせる。


「ああ、彼女とは寮生同士だもんね。助かるよー稗乃さんも対処できないみたいだし」
「寮…とかあるんすか?ここ」
「うん。って言っても、利用してる人少ないけどねー。確か、ヨゼフィーネと、姫千螺さんと…」
「会長、私を呼び出した理由をお聞かせ願いたいのですが」
また、遮るように強めに言葉を放つ。何か触れられたくないような話題に対してこうしているように見える。


「ああ、実はさ、二人揃って呼んだ理由はさ、参宮くんを姫千螺さんの直属の部下にしようと思うんだ!」
『ハ?』
「だからさ、ついでに参宮くんに執行部の説明を―」
「ちょ、ちょっと待ってください…初耳なのですが…?」
無表情だった顔が引きつり、青筋まで立っている。顔に書いてある。"冗談ではない"と。


「うん。だから今言って―」
「そんなこと…そんなこと私は!!」
「だって姫千螺さん忙しいし、部下欲しいでしょ?」
「…確かに…手は欲しいですが…執行部に入ったばかりの…増してや"ドアの入り方さえ知らないような"彼に務まるとは思えません」
憎しみさえ籠ったような瞳できっ、と睨まれる。申し訳なさそうに目を逸らし、デカイ図体をソファーの端に寄せる。

「って言われてもねぇ〜。こーちゃんだって了承してるしー。それに、彼を執行部に推薦したの、姫千螺さんでしょ?」
「え?」
意外な事実に、つい、彼女を見てしまった。痛いところを突かれたようで、落胆で肩を落とす。


「それにさぁ、参宮くんだって、初めてのことだらけだし、可哀想じゃない?」
さっきまでそれを利用して遊んでいたのは誰だ、と言いたかったが、黙っておくことにした(倍返しを食らいそうだからだ)。

「会長は…余程私に仕事を増やさせたいのですね」
言葉使いは綺麗だが、憎悪が含まれている。

「そういう訳じゃないけど、君もそろそろ、人を育てる立場にならなきゃってこと☆」
アルベルトも負けじと真っ黒に笑う。


「それが命令であるのなら、私に断る理由はありません」
腹を括ったように、振り返り、再び書類に手をかけようとすると、水を挿す。


「前みたいに、厳しくしすぎて、"辞めさせないで"ね?」
「それは保障し兼ねます。参宮くん!」
「え、…は、はいぃ!!」
敬礼でもしそうなほどの勢いで立ちあがり、ビシッと背筋が伸びる。

「この資料、明日までに読んでおいて。明日もこの時間に来ること。いい?」

資料、と言うから数枚のものかと思ったが、分厚い本が2・3冊であった。それを乱暴に投げて寄こし、言うだけ言って、振り返りもせずに、去ってしまった。
背後から、茶化すアルベルトの声と、重たい資料の感触しかなく、しばらくの間、電柱よろしく棒立ちだった。







「しまった…これでは迷子だな…」
まるで空月ではないか、と本人がくしゃみでもしそうな言葉を吐いていると、背後から少年の猫撫で声が聞こえる。

「今キミ、空月って言ったー?」
振り返ると、学生らしく、少年の横には、お世辞にも年齢相応とは言えぬ化粧を塗りたくった女が居た。

「ね〜一帆ぉ〜。知り合いぃ?」
特徴的な語尾の伸ばし方は、失礼ながら寒気を覚える。聖夜はこの手の女性は苦手であった。


「かもしんなぁい!ちょっと話すからさ、先帰ってていいよー?」
「えー…」
「だって長くなるかもだしー…ね?明日でいいでしょ?」
猫のように丸めた手を頬に添え、甘えたように説得をすると、女は帰っていった。


「あの…」
「いやー助かったよー!」
「はい?」
「実はさ、あいつすっごいしつこくてさぁ!口実欲しかったんだよねー!」
「…先ほどの女性は恋人では…?」
「まっさか!いいところで35位ってとこかなー」
なんの順位か知らないが、先を進めることにした。


「実は、ら…参宮くんのご自宅の場所を探しているのですが…」
「ああ、家ね。君さ、まさか空月の彼女じゃないよね?」
ジロジロと舐めまわすように見てくる。そのような関係に見えるのだろうか。

「いいえ。えーと…学校でのクラスメイトなのです」
適当な嘘をついておくことにした。何か支障が出ても困る。


「あっは!ハッキリ言うなー!!新しい学校ってさ、遠いの?」
「…そうですね…ええと、ここから…3時間くらいでしょうか…」
下界での移動手段の時間単位が分からず、これまた適当なことを言うと、それは気の毒に、といった表情を浮かべている。


「うっわ、遠いなー!!茶化しに行こうと思ったけど、そんな遠いならいいやー。あ、ちょっと待ってて」
「?」
言うなり、踵を返し、和風の門構えに向かって行ってしまう。インターホーンを押し、何か呼びかけている。誰かを呼んでいるようだ。しばらくすると、下駄の音と共に、和服の優男が現れる。


「兄さんさ、あの子空月の家まで案内してあげてよ」
「おやおや、一帆くんが案内して差し上げれば良いではないですか」
「兄さんさぁ、野暮なこと言わないでよぉ、僕これから女の子と予定あるのー!」
「そうですか…それでは仕方がないですね。帰りはあまり遅くなっては駄目ですよ」
「はぁい!あ、ねえ、君さ、名前なんて言うの?」
急に声をかけられ、少し間が空くが、こればかりは正直に言うか、とハッキリした口調になる。

「天万聖夜と申します」
「ふーん聖夜ちゃんか…空月にさ、伝えといてよ。いつか遊びに行くねー!って」

じゃあ、と片手を上げると、ポケットからすぐに連絡機器を取り出し、またも猫撫で声で誰かに連絡をとっている。飄々としているというかなんというか。あれが空月の友人なのか、と興味本位で見つめていると、和服の男が話しかける。


「お恥ずかしい…少々女性との関係に緩い弟でして…」
そういう意味で見ていたのではない、と慌てて訂正をする。

「随分と年の離れた弟さんなのですね…」
「ああ、実は、義理の弟でして…私の妻の弟なのですよ」
なるほど、姉の旦那をこき使うとは、大した男だ、と呆れたように感心してしまう。





「空月くんは、うちの門下生でして、」
「門下生…?」
「うち、空手の道場をしているのですよ。確か…小学生くらいの時だったかなぁ?一帆が引っ張ってきてくれましてね…それから仲良くさせていただいて…」

のんびりとした口調なので、この男が空手を教えられるのだろうか、という心配さえしてしまう。それよりも、空月の強さは、その道場で培われたものなのか、と妙に納得をする。多少我流ではあるものの、型が綺麗な訳がやっと分かった。


「貴方の教え方が良いのですね…。彼はとても強い」
「はは、それは嬉しい…私の誇りですよ、彼は」
我が子を褒められたかのように照れている姿は、父親そのものであった。片親の空月が自然と"父親"を欲し、彼を慕っているのだろう。


「真の強さとは…"自分の強さを抑えること"にありますからね…、。そういう意味では彼は本当に強くなりましたよ…」
柔らかい語調が、少し強くなる。

「…と、言いますと?」
「ああ、いえ…その…彼は私が教える以前から、"強さ"は群を抜いていたのですよ」
「そんな年から…ですか?」
小学生と言うと、確か、10歳前後の筈である。人間の、しかも武術を特別習っていた訳でもない空月が、何故そんなにも力があったのだろうか。


「彼はね、初めは私に空手を教わるのを拒んでいました」
「…何故?」
「"強くなりたい訳じゃない"と、言うんですよ。昔からあの子は、とても優しい気性の子でして、誰かを傷つけることを嫌がっていました」

"優しい気性"?聖夜は耳を疑った。別に空月を暴力のみで解決しようとする暴君だと思ったことはないが、優しい気性だとお世辞にも言えない。
驚いた様子を見られ、苦笑いをされる。


「今のあの子からは想像しにくいかもしれませんが…ね」
「あ、いえ…その…今はどちらかと言うと、彼は"力"を欲しているように見えるので…逆だな、と思っただけでして…」
その言葉に、今度は彼が驚く。

「そう…なのですか。それは…喜ばしいことですね」
にっこり、と笑うが、一瞬見せた表情は、聖夜が良く知っている瞳だった。"戦う者"の目だ。違和感を覚えていると、急に歩が止まる。


「この道をまっすぐ行くと、『参宮建設』という看板が見えるので、分かりますよ」
別に、最後まで付き合え、とは言わないが、中途半端な距離ではないだろうか。

「私は、その…参宮の奥さんにはあまり好かれていませんので…」
あはは、と空笑いをしてみせる。お世話になっている道場の先生となれば、仲も良さそうなものだが。それに、あの空月の母親が、誰かを嫌うなどあるのか。
道案内の礼を言うと、思い出したように、遅れて自己紹介をする。

「申し遅れました。私、志季と申します。また、会う機会があれば」
深々と礼をし、下駄の音を響かせながら、行ってしまう。




「あ!聖夜ちゃんじゃん!久しぶりー!」
笑顔で迎えてくれる二葉は、相変わらず、母親というには若すぎる容姿をしていた。

「志季のヤツに案内されてたろ?」
「え、何故…」
知っているのか、と尋ねようとすると、小さい舌打ちが聞こえる。

「あの野郎…半径500メートル圏内には入るなっつったのに…ったく」
どうやら本当に、しかも露骨に嫌っているようだ。初めてみる二葉の姿に驚きを隠せず、見なかったことにした。

「で?なんか用があるんだろ?」






「おい、そこの人間」
声が下の方から聞こえ、振り返ると、本当に下の方で呼んだ本人らしき子供が二人ほどいた。

「名前を教えろ」
「教えろ」

暁のように黄色の髪をしている方が先に言い、続けて青色の髪をしている方が続けて繰り返す。服装や装いは双子のように揃えているが、黄色い方は垂れ目だし、青い方はつり上がった目をしている。似ているようであまり似ていない。


「参宮…空月…だけど、坊主たち、なんでここにいんだ?」
まさか生徒だ、などと言わないだろうな、と笑ってみるが、ちらりと互いを見つめ、相談するように話し始める。

「空月だって」
「変な名前」
「そうだね、変な名前」
「あのなぁ…坊主ども。あんまり年上の人をバカにするとか、いけねぇんだぜ?」
しゃがみ込み、目線を合わせるが、子供らしからぬ表情は変わらない(このくらいの年の子に怖がられないのは初めてだった)。


「坊主じゃない。ライだ」
「坊主じゃない。フウだ」
「それに、フウは女の子だよ。失礼だなお前」
「ほんと、失礼な人間」
黄色い方がライと言い、青い方がフウと名乗る。そして、フウという子はどうやら女の子らしい。

「ああ、ごめんごめん。お前らくらいの子ってさ、分かりにくくって…」
よくよく見れば、二人とも角が生えている。真っ黒な角が1本ずつ。そういえば、武術の先生の修羅にも角があったっけ。


「んで?お前ら迷子か?」
「まさか、空月じゃあるまいし」
「空月じゃあるまいし」
名前を早速覚えてくれることは嬉しいのだが、何故校内で迷っていたことを知っているのか。さすがに恥ずかしくなり、羞恥心で顔が赤くなる。


「じゃ、じゃあなんだよ!遊べってか!?」
「ライとフウね、気になるの」
「気になるの」
「?…何が?」

「あのヴァルキリーの小娘とやり合える人間がいるって聞いたから」
「聞いたから」
「だから遊んでよ」
「遊んでよ」

ざあ、と遠くの木の葉が一斉に擦れる音が聞こえる。"風"だ。次の瞬間、大きな風が巻き上げるように周囲を包んだ。鞄で砂埃を遮り、隙間から覗くと、その風力を活かし、二人がふわふわと浮いているではないか。いや、活かしているのではない。この二人が風を使っているのだ。


「どっちがいい?」
「ああ?」
「フウかライか。どっちと遊ぶ?」
「お前らの"遊ぶ"って…どういう意味だ?」
この二人、"普通"の子供ではない、という結論に至り、少し構える。


「人間って、思ったより馬鹿なんだね」
「馬鹿だね」
「バカって言うなぁ!」


「じゃあ、分かりやすく言ってあげる」
「どっちと戦いたい?」
「お前らと戦う理由がねぇな」
「怖いの?」
「怖いんだ」

「ああ、怖い」

怖いことなどあるか、と吠えると思っていたが、意外にも、謙虚な答えが返ってくる。


「お前らと戦って、怪我させちまうんじゃねぇか、って。それ考えたら怖ぇ」
「何それ」
「何それ」
「別に、バカにしてる訳じゃねぇよ。お前らは、多分強い」
更に続ける。


「でも、修羅先生ほどじゃねぇ。そうだろ?」
「……」
「……」
「それくらいの強さなら、尚更怖ぇ。手加減もできないし、手を抜いたら俺が怪我する。良く分かんねぇけど、そんな気がする。なるべくなら、そういう喧嘩はしたくねぇ」
「ふーん」

風が止み、ふわり、と二人が着地をする。


「賢明だね、あの小娘より頭はいいみたい」
「そうだね。思ったより、いいみたいだね」
「そりゃどうも…」
胸を撫で下ろすと、空月自身が子供のような笑みを浮かべる。


「ま、喧嘩はできねぇけど、違う遊びならしてやるよ」
「違う…」
「遊び…?」
「うーん…そうだな、トランプとか?」
「とらんぷ?」
「いや、トランプだと一旦家帰らないといけねぇし…鬼ごっことかだな!」
「おにごっこ?」
「知らねぇのか?一人鬼決めて、鬼に捕まらないように逃げるゲームだよ」
意気揚々とルールを説明する空月だが、彼の脳内にある微笑ましい図の鬼ごっこは、この後、ボロボロと破綻していくことをまだ知らない。






「何をしておるのだ?」

巨体が校庭に寝転び、ぜえはあと肩で息をしている様子は、年齢相応には見えず、童心に帰っているようであった。


「ナニしてるかだって?何してるように見えるんだ?ええ?」
「砂埃まみれになりながら、校庭で寝そべっているように見えるな」
ふむ、と真面目に答える聖夜だったが、そんな答えを望んでいるようではなかった。


「ハッ、違ぇな…そいつは大きな間違いってヤツだぜ…」
遠回しに寝転んだ身体を起こすこともせず、地べたに背を預けたまま格好つけたように、説明をし始める。ハッキリ言ってその姿はとても滑稽だった。


「いいか?俺はな、子供二人と"鬼ごっこ"をしてたんだよ」
「鬼ごっこ?」
「いいか?下界の遊びなんだけどよ、ルールは超簡単。一人の鬼が他のヤツを追いかけて捕まえるんだ。そんで全員捕まったら鬼の勝ちっつー単純明快なルールだ」
「成程。ルールに地べたで寝そべるとはないようだが?」
「ああ勿論だ!そんなルールはねぇ!これは俺が心身ともに疲れ切って座ってるよりもこうした方が空も見えるし、なんとなく回復する気がするだけで、いわゆる応用ってことだよ!分かるか?そして、なんで俺がこんなにも疲労困憊してるかも分かるか?分かんねぇだろうな!どこ行ってたか知らねぇが、俺はお前がどっかほっつき歩いてる間に、お子様二人を捕まえるべく鬼に扮してた訳だよ!」

珍しく、饒舌に話していると思ったら、どうやら精神力も擦り減っているようだ。つまり、キレている。


「貴様が鬼役を務めているのなら、あとの二人は捕まえられなかったということになるな。子供相手に」
「ああそうだ!悪いかよ!!ガキ相手に俺ぁ、ガキ以下ってことだな!ああ、それでいい!!あいつら捕まえられる奴なんて戦闘用改造人間のサイボーグとか忍くらいだろうさ!俺は一介の高校生で、しかも人間で、頭も人並みだから別に捕まえられなくたって不自然ではねぇんだよ!」

子供相手にムキになったはいいが、それでも捕まえられないことに悔しさが滲み出ており、開き直っている。


「もう終わりなの?」
「もう終わりなの?」
噂の二人が現れる。黒い角が生えているのを見ると、黒単鬼のようだ。呆れた男だ。本物の鬼を相手に、"鬼"に扮していたなどと、愚の骨頂の極みである。


「お前ら…今捕まえて―」
「はい」
「はい」
最後の力を振り絞り、立ち上がろうとする空月の前に立ち、紅葉のような小さな手を二つ、差し出す。



「あのね、もう夕飯の時間なの」
「時間なの」
「ゆ、夕飯…?」
「主様のお夕飯の準備しなきゃだから、帰らないと」
「帰らないと」
「ぬし…サマ?え?」
「主様は、お前も知ってるし、さっき言ってたじゃない」
「言ってた言ってた」
「修羅せんせい…か?え、お前たちって、もしかして修羅先生のナイト…とか言わねぇよな?」

すると、二人は同時に顔を見合わせる。数回、同じタイミングで瞬きをする。双子というよりは、分身のような奇妙さである。


「"今"はそういうことにしておいてあげる」
「しておいてあげる」
「また暇な時に、遊んであげる」
「遊んであげる」
『ばいばい』

いつまでも捕まえる素振りをしないので、二人が逆に空月をタッチし、"試合終了"にしたようだ。最初から、遊んでやっていた、と思っていた空月が遊ばれていたのだ。

「…落ち込んでいるところ悪いのだが、帰るぞ」
「そうだな…早くビトさんのとこ行かねぇと…だな…アッハッハ」
埃を払う様子もなく、もうすべてどうでもいい、といったようにふらり、と立ち上がる。こんな時に可哀想だとは思うが、先程決まったことを告げねば、と向き直る。


「いや、もうあそこは使わない」
「え?他に通れる門とかあんのか?」
「あるにはあるが、…そういう意味ではない」
「あ?意味分かん―」
「空月、貴様は今日から私と魔界で住むのだ」


数回瞬きをする。だが、目の前の聖夜は、"冗談だ"とも言わないし、自分の返事を待っているようだ。そもそも、聖夜は冗談を言わない。すべて本当のことしか言わない。つまり、先程言ったことは事実であり、既に決定事項という訳だ。


「…えーと、おーけーおーけー。俺は疲れてるみてぇだな、うんうん」
「私がこの手の冗談を言わないことくらい知っておろう」
「なるほどなるほど、ジョークではねぇってことは分かったぜ。じゃあアレか?魔界だと毎日がエイプリールフールなのか?あ?」
「良く分からんが、そんな風習はない」
「………」
「………」


互いが黙りこくり、空月はどうやったらこの事実を受け入れないようにしようか思案している。


「分かった、お前アレだな…実は聖夜の偽物なんだろ!」
「そういう可能性もあるが、必要ならば外部任務証でも出そうか?」
もう案が尽き果て、言葉を忘れたように、口をパクパクとさせるくらいしかできない。

「付け加えるなら、最近物騒な事件が多くてな。偽装が難しくなってきた。貴様には伝えていなかったが、下界には任務以外は滅多に行くことは禁じられているのだよ」
「な、んだよそれ…聞いてねぇぞ!」
「貴様が案ずることではなかったから言わなかったまでのことだ」
「……マジかよ…うわぁ…お袋になんて言えばいいんだ…参ったな」
「ああ、それなら私から既に伝えておいて、もう了承も得ている」
「ハ?…え、」
「伝言だ『いい男になるまで帰って来るな。逃げ帰るようなことをすれば…分かっているな?』だ、そうだ」
「えええええええええええええええええええええ!?!?!?」





「よろしいのですか?」
「ま、そろそろ限界かなぁとも思ってたし。今、聖夜ちゃんの立場が危うくなるのは色々とマズイからさー」
プシュッと特殊な音をたてて、缶を開け、アルコール臭が漂う。


「それに、空月がいない方が色々と都合が良かったりもするし。まー修行に出してるって思えば―」
「率直に言って、貴方を信用してもよろしいのですか?」
ゴクゴクと喉が鳴るが、私の言葉にピタリ、と止まる。そして、プッと吹き出したように笑い始める。


「あははははは!!聖夜ちゃんって気持ちがいいくらい率直だよねぇ!いいよ!そういうの好き!!空月もそんくらい男気あって欲しいもんだよねぇ!」

二葉と会ってから、その存在を調べるために、様々な機関を利用したが、結果は出てこなかった。謎なのだ。そんな人物の元へ、のこのこと現れる自分は少し浅はかだとは思ったが、気になったのも事実。むしろそれをハッキリさせるために今回訪問したのだから。


「聖夜ちゃん。いいこと教えてあげるよ。『信用に足る人間かどうかの見分け方』」
飲み干した空き缶を後方に投げ捨て、小さな指がこちらを刺す。


「簡単な話さ。自分が『信用できるかどうか』。それだけだよ」
「随分と安直ですね。直感に任せろと?」
「物事の裏表ってのはね、そう簡単じゃあないんだ。裏の裏の裏だってあるし、また逆も然り。そうやって、果てしない探り合いをしていくのって、疲れない?」

思い当たる節があるのでは、と試すような視線が投げられる。事実、聖夜は嫌というほど味わっていた。裏切り合い、信用し合い、そしてまた裏切る。


「私は…いつか裏切られるのなら、信頼を前提とした付き合いこそ無駄だと思っている」
「そうだね。それも賢明さね。でも、聖夜ちゃんは、裏切りを前提としていても、結局は信用しちゃうんじゃないかな?」

何もかも見透かしたような瞳は、少し怖い。


「だったらさ、信用しちゃえばいいのさ」
「…それでも裏切られたら…?」
「それでも、信じるのさ」
「え?」
「裏切られて、裏切られて、それでもバカみたいに信じるんだ。だって、信じたいって気持ちは早々変えられるもんじゃあない。だったら、その人を、信用できなくなるまで、ずぅっと信じるしかないよ」
「私は…貴女みたいに強くはない…」

裏切られた時のショックを考えれば、何も信用していない方がずっと楽だと自分に言い聞かせてきた。そうすることで保険をかけていたのだ。そうでもしなければ、自暴自棄になってしまいそうで。

「俺はね、聖夜ちゃん。信じてしまうと、レイズをかけちゃうんだ。だからポーカーには向かないんだ」

微笑む彼女は、"強い"と言うよりも、もう、そうするしかないようだった。でも、それを選択する勇気は、私よりは遥かに大きい。どうしたらそんな風になれるのだろう、などと、私は既に彼女を信じる方へと、選択していることすら、気付いていなかった。







コインは孤を描き、1つの結果を出す。

それがいつになるかは分からないが、

始まりあるものには終わりがいつかは来るもの。

Heads or tails

貴方はどちらに賭けますか?



何かありそうな二葉母さん。
ドキドキワクワクな聖夜さんとの同棲…
ブログにてあとがきっぽい何か→ブログ

相関図