uncivilized way


knight ...06

uncivilized way


どれだけ曖昧な道であろうが、

光と影は待ってはくれない。

さあ、



uncivilized way

「聞いたか?」
「聞いた聞いた」
「ハ?転校生?野郎だって話じゃん、何騒いでんだよ」
「知らねぇの?ソイツ、人間なんだってさ!!」


人の口に鍵かかけれず、教師しか知らなかった筈の事実は既に、生徒に知れ渡っていた。








「まったく、参るよなぁ…」
首を鳴らし、夜勤明けのように仰け反る清と、目を合わせない。

「だぁ〜れが生徒なんかにゆっちゃったんだろぉ〜なぁ〜」
まだ、合わせない。
しばらくの沈黙後、降参だと溜め息をついた。


「反省してマスヨ」
「おやおや、それは反省してる口振りじゃねぇなヒっちゃん?」
「おい…昔のあだ名で呼ぶなよ」
誰か聞いていないか、と辺りを見回す。

「…つーか、職場では俺のが上司なんデスけど、」
やれやれ、と猫背を更に丸めるのは、清の上司、聖ドルイド学園の教頭であるヒルザだった。

「ハッ…兄貴に似ないで劣等生だったお前が教頭なんて、世も末だねまったくさぁ」
「だからさぁ…昔の話を持ち込むなよ…」
頼むから、と額に手を当てる。



「全くだ、尻の青いサボリ魔が。何も変わらんな」
突如、下方から聞こえる威圧的な声。咽そうな量の煙が、人物を知らせる。

「リリアン!!廊下は禁煙だ!」
「かたい事言うな」
勘弁してくれ、とヒルザは黙って去ろうとする。


「待て小僧」
ビクリ、と跳ねる肩。どうして、彼女は背丈の割に畏怖の念を思わせるのだろうか。


「小僧て…」
「黙れ青二才」
ぐい、とだらしなく緩んだネクタイを持ち上げられる。


「お前なんぞは、『小僧』で十分だ。なんでも生徒にペラペラ話しおって、」
「だぁから…何度も言ってんだろ…つい口が滑って―」
「"つい"?」
ああ、しまった。なんてことか。"言い訳"なんて、彼女が最も嫌うことではないか。

「いいか糞餓鬼。お前の言い訳なんぞ、糞の役にも立ちやしない。事実は一つだ。"お前に好意を寄せる女生徒を追い払う口実として「人間の転校生が来るから準備が忙しい」と言ってしまった"。これが事実だ。その他は要らない。分かるか?」
概ね事実ではあるが、補足させてくれ(俺の名誉のためにも)。






女生徒、というのは事実だが、どうにもその子は、自分に好意を寄せていたらしく、よく話しかけられた。次第に、手作りの菓子などを献上するようになった(その時点でまだ自分は気付いていなかったが)。そして、先週のことだ。交際を迫られた。
勿論、立場上断った。言っておくが、上司が怖いとかそんなことではない。

実を言うと、こういうことはそんなに珍しいことではなかった。自分の何が良いのか知らないが、どうにも周囲では黄色い声が絶えない。だから、対処にも慣れていた。大抵、「教師だから」という理由を言えば、引き下がる。

だが、今回ばかりは例外であった。何か導火線に火を点けてしまったらしく、校内で会えば同じような言葉を言い続けるのだ。周りの目もあるし、何より精神的に参っていた。

そして三日前、ガヴン育成機関に居るはずのない"人間"を、転校生として迎えると聞かされ、対応に追われていたのだ。

そんな忙しい時にだ、(別に言い訳じゃない。ただの愚痴だ、これは)生徒に「何故付き合ってくれないのか」「他に好きな人でもいるのか」「教師だろうと構わない」等をキンキン声で言われれば、こう怒鳴りたくもなる。


「勘弁してくれ!人間の転校生の対応で忙しいんだ俺は!」と。

こうして、俺は自分よりも一回りも二回りも小さいリリアンに、叱られているのだ。




「…俺にどうしろっつーんだよ…」
「ほう、何か償いをすることで自分の仕出かしたことを帳消しにしようと言うのか?」
ふん、と鼻で笑い、顎で進行方向を指す。


「ならば、お前の権限をフルに活用して道を開けてはくれないか?これではHRに間に合わない」
え、と指された方向を見ると、広い筈の廊下は生徒で埋め尽くされていた。

「なっ…なん―」
「当然だろう。人間が来ると言われて見に来ない奴はいない。さあどうしてくれるのだヒルザ教頭?」
場所は、清の受持つ"ナイトクラス"の教室前。例の人間が来るのを、今か今かと待っているようだ。
ここまで、事態が深刻になろうとは。浅はかな考えの自分を恨む。

だが、先程言った通り、女生徒は自分を教師と見てくれはしない。そして、そのことに、男子生徒は、勿論面白くはない。
なんという酷なことをさせるのか、この小さな露出狂は。




「こらーお前らもうHR始まるから戻れー」
声を上げたのは、情けない教頭でも、堂々と煙草を吹かす教師でもなかった。

「清せんせ!!転校生が人間ってホント!?」
「あーほんとほんと」
「おっ…おい!!」
マズイのでは、と小さな声で止める。

「どうせバレてんだから、今さらじゃん」
「………まあ、そうだけど…」
しかも、広めた切り口は、自分によるもの。自然と言葉が途切れる。


「見るだけ!!ちょっと見たら帰るからっ!!ね!お願い!!」
「別にいいけど、今より今日身体検査あっから、その時のがいいんじゃねぇの?」
ざわつきが、一瞬にして納まる。


「そっか…」
「そうだね」
「今見れてもちょっとだけだしね」
各々が納得したようで、意外にもあっさり人混みは解散してしまった。


「おーし、HRやーろおっと、」
元気よく背を伸ばし、戸を開ける。


「…沙那の方が、よっぽど有能だな」
侮蔑をたっぷり込めたその言葉に、疲れが嬉しくもない割り増しした。









「んじゃまー、紹介しまーす。ほれ、入れ入れ!」
陽気な清の紹介に、半ば呆れながら、戸に注目する教室中の生徒。同時に名前を大雑把に黒板に書く。


「一二三の"参"に…ってあーこれはヤンキー文字っつーやつだな!!先生も昔はよく書いたもんだ。ってまぁ若気の至りってやつだなうんうん。えーっとお宮さんの"宮"だろ。それから空前絶後の"空"に、月に代わっておしおきよ!の"月"。読み方は"さんぐうらつ"だってよ変わってんのなぁ!なあみんな―」
一通り説明が終わるが、一切反応がなく、振り返ってみると、もう空月は入室していた。その割には、歓声も、ざわつきもない。

不思議に思った清は、そっと話題の人物を覗き込む。


「おわっ!参宮!?おま…地獄の果てで修業でもしてきたみたいな顔してんぞ!?」
その原因は、淀んだ眼、丸まった大きな背中、生気をなくした転校生がやっとのことで立っていたからだった。
全員、あまりのインパクトに言葉をなくしている。


「地獄?…あははははいっそ行けたらどんなに…」
今度は、顔を覆い、ブルブルと震えながら更に低姿勢になってしまう。
何があったのか、訳が分からないクラスメイトは、ただただ、その様子を見るしかなかった。

清は、もしや、と教卓から身を乗り出してこっそり聞いてみる。


「参宮…お前………もしかして試験のこと聞いてなかった…のか?」
"試験"。その単語に、涙をぽろぽろ零し、震える手で肩を掴む。

「聞いてねぇよ!最初に言えよ!!あんな難しい問題っ……前日に聞いたんだぜ!?急に出来る訳ないだろ!?ぁぁあああぁああああ教科書なんて全部燃えちまえばいいんだよ!!なんなんだよ!ココそんなレベル高ぇの!?」
「おおおおお落ち着けよ!そりゃあ、学力はある程度ねぇと、な?まあ通常の試験は実技も含まれてるんだけど…お前魔法使えねぇし?第一お前編入生扱いだし?」
宥めるように、危機迫った顔をする空月を押し返す。

「でも、さ…ほら!お前こうして一応受かったじゃん?な!良かった良かった!!」


すると、ピタリ、動きが止まる。
まるで、嵐の前の静けさ、だった。





「しっかし…」
HR。担当するクラスがないヒルザは、再び答案を見た。

「…アイツよく受かったなぁ…」
お世辞にも、学力が高いような外見ではない(そう判断しては可哀想だが)。ヒルザだって、何も転校するつもりの人間を、何の調査もなしに入れるつもりはなかった。門衛の行った計測結果を見る限り、決して頭の良いとはお世辞でも言えない。だから、ある程度、空月の学力を予測していた。だが、結果はどうしたことか、ほとんど答えている。

テスト中の独り言を聞く限り、まるで、ヤマでも張っていたような。

(…まあ過去問から出題パターンを予測することくらいは出来る…しなぁ…)
問題集をパラパラとめくる。
いや、と手を止める。

(それにしたって…10年分以上はしなきゃ…つかめないぞ!?)

ふと、ある光景が浮かび上がった。

そうだ、そういえば…





「受かった?…そりゃそうだ…だって"あんな"ことまで…した…んだ………わぁぁああああもう嫌だぁぁあああ活字なんて見たくねぇえよぉおおおおおおおおお!!!!」
その場に泣き崩れてしまう。
同時刻、清もヒルザのような疑問を抱えていた。そして、言動から察するに、本当に実力で受かったらしい。ただし、自身から進んで勉学に励むような生徒には、到底見えない(というか拒否反応すら示しそうである)。でも、結果は合格。

一つ、考えられることがある。



「……せ、聖夜…か?」
「止めろ!!止めてくれ!!もう"アレ"だけは止めてくれぇぇええええええええええええええええええええ!!」

名前を出した途端、案の定、一層怯え始める。


教室中の、全員が理解をする。

かの有名な天万家の綾織聖夜が、彼に何かをしたのだ、と。拷問に似た何かを彼に施したのだ、と。


その後、まともに話せそうもない転校生に、清が記憶消去を行い、事なきを得た。






「ごほんっ!では、改めまして、転校生の参宮だ、みんな仲良くしてやれよ!!」
さっきまでの記憶もない空月は、二度目の紹介とも知らず、挨拶をした。


「えーと、参宮空月ッス。身長以外であれば、なんでも質問してくれていいデス」
自らコンプレックスを公にし、(しかも無意識に)ぶっきら棒に言う。
と言っても、本人は愛想よくしようと心がけているが、顔の造りは変えられず、怖い印象しか与えない。
しかも、先程まで異常なまでに怯えていたのだから、質問など、出来る者はいなかった。

かと、思えた。



「きらきらっ!」
窓側の席から、椅子がひっくり返る音がする。驚き、その方へ目をやると、一帆よりも目がくりくりしている人物が、机に両手を立て、立ち上がっていた。

金色、というよりは、黄色に近い髪色をしており、短髪でなければ、危うく女子と見間違える程。そんな少年が、意味不明な言葉を叫んだのだ。満面の、天使のような笑みを浮かべながら。

クラスメイトと言っても、新学期が始まって間もない。他の生徒もクエスチョンマークを頭に抱えている。

すると、反対の廊下側の席から、クスクスと笑い声が聞こえる。そして、その張本人が、静かに手を挙げた。

「せんせ、俺、通訳するよ。暁は、"なんで髪の毛がキラキラしてんのか"って聞きたいらしいよ」
第一印象は、垂れた目だった。と言っても教頭のように、だらしなさが滲み出ている訳ではなく、女子にも似たフェロモンが出ている。様々な髪色が揃う教室内では黒い髪が、逆に目立っていた。


「……だ、そうだ」
きょと、としている空月に答えるように促す担任。

「…え?…あ、えと…染めた…から?」
「…なんだその曖昧な答えは」
語尾が上がったのが気になり、思わずツッ込む。


「いや、だって…普通じゃん…」
生まれつきではないことは、瞳の色などから分かるだろうし、第一そんなこと、珍しくもないだろう。ところが、さらりと答えたことに、全員が驚いて目を丸くしている。

さっきの黒髪が、再び発言する。


「……人間って…色変えられんの?」
言い方にカチンと来る。
まるで、石器時代の人間に"火は使えるのか"と言ったようで。

だから、つい、眉間に皺を寄せてしまう。


「あ"?」
もう一度言ってみろ、とガンをくれてやる。すると、愛想笑いを浮かべながら、手を広げ、待てと言う。


「あ、いやごめ…そういう意味で言ったんじゃなくて…えーと…ほらなんて言ったらいいのかな…えーと、」
あまりの迫力に、立ち上がって逃避姿勢に入る。周囲に助けと求めるように見回すが、皆、下を向く。

「てめぇに話しかけてんだよ目合わせろやコラ」
机が邪魔で、ついには脱出不可能な姿勢にまで、空月が追い込む。

「ちょちょちょ、先生止めてよ!!」
「へ?あたし?…なんで?」
「なんでって!!仮にも教師でしょアンタ!転校生が今にも可愛い生徒殴りそうなんだから止めてよ!!」
「止めてよったって…………そう、そうだ。男は拳で語り合うもんだぜ…」
一度言ってみたかった台詞を急に思い出し、役者よろしく遠い方を見つめながら語る。

「ああああああアホかアンタ!?頭に蟻でも湧いてんじゃねぇの!?」
始めの空月といい勝負の、取り乱し方であった。

狂犬のように唸っていたが、何かが背中にくっつく。


「……?」
見ると、頬を膨らました黄髪の少年。


「だめっ」
いつから反対側の席まで来たのか。力は弱く、スカートこそ履いていないが、女子を連想させる。というか、下手したらそこら辺の女子よりも可愛い。

女子の扱いに慣れていない空月にそんな子が密着すれば、自然と怒りは収まるというもの。




「クロも!」
「…だからっ…言葉の綾ってヤツだよ…」
その様子に強張った肩が、やっと通常の位置に戻る。

「あやまるっ!」
「…なッ…だいたい…お前があんなこと質問しなきゃ―」
「あやまるのっ!」
今度は、友人にまで怒られる。傍観者に徹していたクラスメイトも、さすがに気の毒に思った。
しばらく見つめ合い、観念したように、溜め息を一つ。

「…はあ、悪かったよ。バカにしたつもりで言ったんじゃねぇんだ。これホント」
「なぁーんだ。殴らねぇの?つーまんねぇなー」
これだから現代っ子は、と頬杖をつく清。反論しかけた黒髪と、わざとか知らないが、声を被せる。


「おーし!今日は身体検査だかんな!!更衣室で着替えて野郎どもは第一体育館前集合ー。女は第二体育館前なー。以上ホームルーム終わりー」
ざわつきは、空月を含め、三人の話題。

腫れものでも触るように、視線を送りながら、教室を出ていくクラスメイト達。

沈黙の後、ばつの悪そうな顔で、恐る恐るキレた本人が詫びを入れる。


「……えーと、なんか…ごめ―」
ぎょ、と目を見開く。

燃え尽きたボクシング選手のように、灰と化していたからだ。


「終わった…俺のモテモテウキウキスクールライフ……クール硬派キャラでいくつもりだったのに…なにこれ転校生にいじめられて超キョドって…ただへたれじゃねぇか…つーかへたれじゃねぇか……」
ドコかで聞いた台詞である。


「……ブッ」
「!?!?」
「ぎゃははははははははは!!」
急に笑いだす空月に、予想外だったのか、言葉をなくす。思考が追いついた頃には、先刻とは逆に、怒ってしまった。


「おま…何笑ってんだよ!!バカにしてんのか!?あのなぁ!最初の印象ってのはすげぇ大事―」
「いや、マジごめ―…………プーッ!!ギャハハハハハハハ!!」
「てめぇ終いにゃ怒るぞ!!」
きぃ、と女子のような怒り方。笑いが納まった頃に、やっと理由を話す。


「や…なんかさ、俺みたいなことゆってっから、人間と変わらねぇなぁとか思って、…しかも新学期のキャラ作りて……」
どこの少女漫画だよ、とまた腹を抱える。また笑ってしまったことに気付き、慌てて視線を戻す。

「あわ…ごめ―」
「…………俺、クロノス。クロでいい。みんなそう呼ぶ」
突然の自己紹介に戸惑い、返事も出来ずにいる。

「んで、そこの黄色いのは、暁。アキって呼んでやると喜ぶ」
「呼んでーっ!」
まだ背中にくっついたままの状態で、嬉しそうに呼応する。

「………えと、」
自分も名乗るべきだろうか。いや、でも先程黒板にデカデカと名を書かれたばかりだし、どうしたものか、と悩んでいると、クロは意外なことを口にした。

「お前さぁ、自分から敵つくるタイプっつーの?損だぜその性格」
「……わ、悪かったなっ」
まだ根に持っているのか、と片眉を上げる。

「それ。その顔」
指摘を即座にする。

「う…」
なんだか、中学で喧嘩三昧の生活をしていたことが見抜かれたようで、羞恥心を覚える。

わざとらしい溜め息の後、背中を向けてぽつり、と呟く。

「お前はさっきみたいに笑ってりゃあいいんだよ」
「……へ?」
「…あーもー!!どうせ更衣室も分かんねぇんだろ!さっさとついて来い!!」
まさか、あんな風に、年齢よりも若干幼いような笑い方が、できると予想だにしておらず、つい助言までしてしまったとは、口が裂けても言えなかった。







「……混んでんなー」

身体検査、と言っても基本的には人間と同じようなことをするらしい。並んだ器具を眺めながら、意外に思う。

「つーか、それお前のせいだろ」
「え?俺?」
辺りを見回すと、成る程、全員自分を見ている。通りで、擦れ違う度に目が合うと思った。


「お前ってさ、けっこう鈍感だよな」
「…や、こういうのいつものことだし」
「…………?…ああ、なるほど」
「?」
「いや、こっちの話」
こんな怖面をした高身長な人物、下界でも目立たない筈はない。だが、自己紹介の件もあり、クロは触れないことにした。

クイ、と指定のジャージを引っ張るのは、暁の小さな手だった。

「ん?ああ、魔力測定か。空いてんな、アレから行こうぜ空月」
すると、急に歩を止める。

早く移動しなければ、後方のギャラリーに追いつかれてしまう。クロは早く来いと促した。


「…お、お前…先やってくれよ」
「ハ?何?別にこれ痛くねぇぜ?簡単に―」
「いっ…いいから!その後やっから!!」
まるでピーマンを嫌う幼児のようだった。変な奴、と疑問に思いながら、門衛を思わせるような形をした計測器から結果を受け取ると、すぐに空月がそれを取り上げる。
そして、じっと見つめ、首を傾げる。

「…これどう読むんだ?」
「…読めねぇなら、取るなよ。ったく。なんなんださっきから、いいか?ココが耐魔力、んでこっちが全魔力。まあ、体力みたいなもんだ。そんでもってこっちは放魔力。分かったか?」
見たこともないような文字の羅列と、グラフを指差して説明する。

「クロ〜!!あがったぁ〜!!」
暁が嬉しそうに検査結果を見せる。それに応えるように頭を撫でてやる。まるで弟、いや妹だ。

「お〜、やったな暁。んでも、もちっと耐魔力上げねぇとな」
その言葉が不満だったらしく、ハムスターのように頬を膨らまし、黙ってしまった。

「ま、測りゃ分かっから。とりあえずやってみろよ」
説明は受けたが、気が、進まない。軽く青冷めた表情で、方向転換する。

「…や、俺…ほら人間だし?こういうのって…必要ないんじゃねぇ…の…?」
「はあ?人間でも少しくらい魔力あるって聞いたけど?」
「いやっ!!マジでいいから!他行こうぜ!!」
「結局全部やんなきゃなんねぇんだからやっちまえよ」
ピ、と計測器の電源を入れてしまう。逃げようにも、高速で光りが空月を測定してしまい、3秒としない内に検査結果が出る。
ほら、簡単だろ、と勝手に抜き取り、説明をしてやろうと親切心から、その紙を見る。


「…………………」
紙、空月、と交互に見る。

暁も、クロの背中から覗き、同じように、交互に見る。

しばらく固まった二人は、計測器をコンコンとノックする。



その様子を、じっと待つ。


そして、大した収穫も得られなかった筈なのに、

「……………ん。アレだな。こりゃ故障だうん。次行こう次―」
「ハッキリ言えやぁああああああ!!」
移動しようとする二人を、力づくで止める。
記憶が正しい懸命な読者であれば、覚えているだろう。門衛が行った『魔力チェック』なるものの際、モンちゃんに散々笑われた不憫な俺を。

聖夜と同じように、「故障だ」と言う。

一体全体何がどうしてそんな結論になるのか、とても気になる。というか、理由も分からず笑われたり、なかったことにされたりするのは、ハッキリ言ってムカつく。


「…………いや、俺も専門家じゃねぇからよく分からんが…なんて言うか…」
「…………なんて言うか?」
「…バランスが…変…ていうか有り得ない…」
「ハ?」
「…んーと…つまり、だな…」

人差し指を立てると、三色のネオンを思わせる光が、線を作る。

「簡単に言えば、耐魔力は攻撃受けてどんだけ我慢できるかって力。そんで、放魔力はどんだけ攻撃できるかっつー力。両方足すと、全魔力になるってことだ」

要は三つの力があるわけではなく、すべての魔力の内訳が、その二つ、という訳らしい。クロの分かりやすい説明に軽く感嘆する。

「んで?俺のはどこがおかしいんだよ?」
遠慮がちに、指でレの字を描く。すると、一本だけ飛び抜けて長い。他の二本は、無いに等しい。成る程、確かにおかしい。どれがどの力を表わしているか分からないが、どこをどう足しても、計算が合わない。

「………この長ぇのは?」
「……耐魔力」

確か、耐久力のような説明だった。


「…だから?」
「……つまり、攻撃に耐えるには、…打ってつけの身体っつーか……」
チラチラと、空月の表情を伺いながら、言葉を探す。

「要するに?」
「…………体力…バカ?」
えへ、と女子高生のようなノリで、誤魔化せる、訳がなかった。

今度こそ、空月はクロの胸倉を掴み、宙に上げる。

「どぉおおおい!!待て待て!結果が言ってんだからよ!?俺のせいと違う!!」
「誰が体力バカだこらぁああああああああああああああ!!!!」


場所、時、我を忘れ、ぶつけ様のない怒りをクロへと向ける。
ガクガクと揺さぶられ、目が回りかけたが、視界に一人の人物。


「空月!空月!!」
「なんで俺がバカにされんだよ好きでこんな身体になったんじゃねぇぞぉおおおおおお」
「おい!暁がっ…」
「………ん?」

そういえば、一番に止めに入りそうな人物が、何も言わない。覚醒し、ふと横を見ると、大きな瞳に今にも零れそうな水膜。

手には、クロのジャージの襟。

周囲の視線。


これでは、自分が二人を恐喝でもしているようなものではないか。


「あ、…いやこれは―」
言い訳を、しようとすると、悲鳴を上げながら、逃げ惑う団体。


(…………また、やっちまった…)

その大きな身体を地に着け、全身で落ち込む。これだけの人数に見られたのだ。
もう"不良"のレッテルは、剥がれないだろう。

「どうして…俺ってこう……すぐ周りが見えなく……ああもう駄目だぁああああああああああああ」
自己嫌悪に陥っていると、クロが裏返りそうな声で叫ぶ。


「ららららら空月ぅっ!!…なんか笑えることしろ!」
「ハ?」

お前こそ、頭に蟻でも湧いたのでは、というニュアンスで、返事をする。

「何が悲しゅーて…今はそんな気分じゃねぇんだ―」
「…いっ…いいから!!早くしねぇと暁が"泣いちまう"!!」
「……?」
泣かれて困るのは、二葉での経験上分かる。だが、クロは、"泣かせては大変なことになる"とでも言いたげで。


「ぁあああ…あ、暁…あのな?俺らふざけてて…だな…冗談だよ!!本気で喧嘩なんてする訳ねぇだろ?だってさっき仲直りしたの見ただろ?なっ?」
置き場のない両手を右往左往させ、不安定な声で言い訳を始める。

ひっく、としゃくりあげた。それを合図にクロの表情が固まり、懇願するような情けのない顔になる。

「…たっ…頼むよこんな"大勢"いるとこで…止め―」

ひっく、二回目。

クロまで、泣きそうである。

「お前さっきから何そんな―」
目の前にいた筈のクロが、方向転換し、空月の手をグンと引っ張る。

「逃げろ空月!!」
「はぁあ?な―」

なんなんだ、と聞こうとした。だが、一瞬意識の振り子が止まったような感覚に襲われる。

眩暈に、似ている。


「伏せろっ!!」

グイ、と頭を思いっきり手で下げられる。同時、くらいだろうか。横にあったモンちゃんを模した計測器が、"破裂"したのだ。


「!?…んなっ…なんだこりゃ!?」
「ぁあああ始まっちまったぁああやばいやばいよやばいってぇぇええ」
小動物のように、身を丸め、小さくなったクロの肩を揺らす。

「おいどうなってんだこれ!?」
「…あ、暁は…身体に"ソニックライズ"っての仕込んでて…泣き叫ぶくらいの声出すと―」
パン、とまた隣の器具が同じように破裂する。

「あんな風に周りに被害が…」
「早く言えよ!!どぉすんだよ!」
身を低くしながら、再度、音源を確認する。体内にどうやって仕込んでいるかは不明だが、異常なほどに声が頭に響く。

空月を見学しに来た輩は、さっき消えてしまったが、それでもまだ周りには検査をしている生徒が山ほどいる。まだそれらしき被害は出ていない。

「どうしようどうしようぅ…早く止めねぇと…」
「止めねぇとどうなんだ!?」
「……昔、体育館くらいのドームフッ飛ばしたって…聞いた…」
絶望しながら口角を、上げる。

今でもこの脅威。十分考えられる。


「クソったれ!!」
「おい空月!止めろ!!近付くと危ねぇぞ!!」




立ち上がり、震源地に駆けていく空月をすぐには止められず、中腰のまま見送ることになってしまう。

また、隣の器具が爆音をたてて壊れる。

「うわっ!…む、無茶だ…」
戻れ、と叫ぶが、ライブ会場よりも大きな騒音になってしまった暁の鳴き声を前にしたら、届くはずもなかった。



大して離れて距離をとってなかった筈だが、遠く、感じる。

(っ違う…)

距離は変わらず、自分の足が遅くなっているのだ。まるで突風に煽られるように、脚が重い。

「がっ……」
方向を確認しようと頭を上げた瞬間、腹部に衝撃が走る。思わずよろめき、片膝をついた。

「嘘…だろ…」
数々の喧嘩の経験から、タフさを身に付けた空月だったが、それが、小学生と変わらないくらい幼い少年にこうまでされるとは。"どれだけ殴っても倒れない"で有名だったが、その武勇伝も一瞬にしてなくなってしまった。

「…んとに…なんでも有りだな魔法ってのは……」
「空月!!危ねぇってマジで!」
何度も呼んでいたらしく、低い姿勢になった今、やっとクロの声が届いた。

「これどうやったら止められんだよっ!!」
同じくらい、声を張る。

「暁が泣き止むまで待つしかねぇよ!!俺らじゃどうしようもねぇ!」
「言ってる場合かよ!!怪我人出ちまうぞ!」
血で溢れている訳ではないが、近くに居た数人の生徒は、もう気絶している。

「…お前がどうにか出来るワケねぇだろ!?大人しく戻れって!」
教室で見た限り、クロと暁は顔見知りだったのは分かった。
だったら、こういう事態に何度も遭遇しただろう。そのせいか、クロの真剣な顔が、事の重大さを物語っている。

それでも、空月は向う先を、変更する気はなかった。




「……なんでだよ。…あいつ、」

自分の警告を無視して、むしろ勇むように向かってしまった空月が、理解出来なかった。
怖くはないのか。

いや、破壊力なら、視覚していた。それに、直に、攻撃も食らった。それでも、向かう意味はあるのか。


「…人間なんだろ?…なんで、」

『怪我人出ちまうぞ!』

魔族からしたら、人間は異質な存在。
逆も、同じ筈。

『や…なんかさ、俺みたいなことゆってっから、人間と変わらねぇなぁとか思って、』

「……………」





暴風雨を防ぐように、腕で顔を覆い、向かう方を確認しながら、ゆっくり進む。

(…顔面に食らわなきゃ、気絶はしねぇ……)

「っぉえ!」

二度目の衝撃。膝が自分を嘲笑う。

(ヤバ…さすがに…限界)

瞼が、重くなる。視界がノイズで揺れるテレビのように、荒れる。


「傀儡を弄ぶ嬰児から光を奪え『冥愚』!」
景色が、薄暗くなる。声は、後ろから警告をしていたはずの…

「クロ!?」
「訳分かんねぇよお前!!」

声が良く聞こえるのは、作られた防壁のお陰のようだ。礼を言おうと、すると、それよりも先に怒鳴られる。

「お前…まともな魔法も使えねぇでバカみたいにツッ走りやがってッ…死ぬ気かアホぉ!!」
「ば…ばかぁ……?」
思わず、罵声を繰り返す。

「ああ!!おまけに能無しのすっからかんの木偶のぼーだ!」
「てめ―」
「何度でも言ってやるよ!!そんなボロボロになって…何考えてんだ!?お前人間なんだろ!?なんで俺ら助けんだよっ!!魔法も使えねぇクセに!!」


何故だろう。

先程まで震えていた位、怖がってたクロが、何故こうまでして、自分を叱るのか。聞かれたことなど忘れ、つい、言ってしまう。

「…………お前だって、俺助けてんじゃん」
「…そ、それとこれは…別―」
「さっきまでぴぃぴぃ泣いてたクセして…」
「な、泣いてねぇよ!!俺はなぁっ…霊獣だから耳が良すぎて他のヤツらより苦し―」
「あーごちゃごちゃうるせぇなぁ!!人間とか…そんなん関係ねぇっつの!怪我したら誰だって痛てぇだろ!?」
「…はあ?」
本気で、そんな理由でこんな無謀なことを。
気が抜ける。
というか呆れて文句の一つも言えない。


「…おま……はあ。もーいーや、なんだって」
がっくりと肩を落とし、今度は視線を前に移す。


「さてっと、さっさと暁止めに行くか。これけっこう魔力削るんだよ。どっかの体力バカと違って無理できない身体なんで、そこんとこよろしく」
「あとで殴ってやるからよろしく」
とりあえず、この事態を止める、という意見が合致したところで、向き直る。





「………ん?…弱まった?」
さっきよりも、早く進めるが、クロの言った通り、無理は出来そうにないようだ。もう息が上がっている。

「…は?…全然…はぁ…変わんねぇ…じゃん…」
そうだろうか。確かに微妙な違いだが、少し、弱まった…というより、"言い合っていた"頃が、強くなったような…

(……もしかして、)

「暁!おい!!暁ってば!」
「…クロ、」
「駄目だ…コレ以上近づけねぇよっ…」
「お前、ここいろ」
「ハ?あ、バカ!!」
せっかくクロが作った結界を避け、空月一人で暁の方へ行ってしまった。

何か、さっきまでと様子が違う。がむしゃらに、向かうのではなく、"何か理解した"かのように。

(くっそ……耳イカれる…)

結界があって攻撃は防げても、聴覚までは変えられない。クロはいつ気絶してもおかしくなかった。歪み始める視界を、膝を落としながら見つめていた。


「暁、…ごめんな、」
パン、と空気が破裂する。その衝撃で、頬も切れる。

「お前、"嫌"だったんだよな…」
これだけの破壊力の源は、泣きじゃくる子供のようで、でも奇妙なほどに、その光景は"正しかった"。

「"友達が、喧嘩するの"…見たくなかったんだよな…」
ボリュームを、急に小さくしたように、騒音が嘘だったように、静寂が室内に広がる。



「…………うっそ、」
耳を塞いで、うずくまっていたクロは、顔を恐る恐るあげる。
"身内"でさえ、暁のソニックライズには手を焼くのに。今日、しかもさっき会ったばかりの、しかも人間が、一言二言投げかけただけで。

見ると、暁は、空月の胸の中で、小さく泣いていた。近付くと、ごめんなさい、と何度も言っている。

「もーいいって、な?クロ?」
「…ん?あ、ああ!!俺なんともねぇし?」
また、泣くのでは、と機嫌をとるように、明るく振る舞う。

「……でも…けが…」
「あーこれ?こんなん大したことねぇよ」
ぐい、と頬に流れた血をジャージで拭う。そして、ニカッと例の笑いをした。
どこまでタフなのだろうかこの男。


「つーか…謝るなら俺だし…」
不思議そうに、真っ赤になった瞳を上に向ける。

「怖がらせてごめんな、暁」

(…怖がらせ…て……?)

ああ、そうか。

暁は、イヤだったのか。

そういえば、以前聞いたことがある。
"暁に争いの類は、見せたくない"と。

それが、冗談でも、イヤなのだ。それに、冗談との区別もつかない。どんな些細なことでも、白雪のように、影響を受けてしまう。それだけ、暁は"純粋"だった。それを、先程のやりとりだけで、理解してしまう空月に、小さくだが嫉妬を覚えた。逆に、なんて自分は間抜けなのか、と。

「…クロ…ごめんねっ…」
「へっ?あ、俺!?いや別に…言ったろ?俺どっこも怪我してねぇって!」
急に矛先を向けられ、慌ててしまう。
なんと、声をかけていいかも分からず、似たようなことしか言えない。

「でも…でも…めいわく…」
確かに、冗談一つで、こんな騒ぎになってしまうのは、迷惑と言えば迷惑。でも、その騒ぎを起こす本人が暁であれば、別に構わなかった。が、そのことが、うまく伝えられず、言葉に窮する。

「いっつもね…泣いちゃだめって……思ってるけど……」
暁自身、どうにかできることではない。

そのことも知っていたから、尚のこと、何か気の利いたことを言わねば、と焦る。


「でも、俺、うれしかったぜ?」
「…?」
場に合わない言葉は、空月だった。何を言い出すのか、と目を見張る。

「暁は、イヤだったんだろ?俺らが喧嘩すんの、」
こくり、とゆっくり頷く。

「俺のこと友達って認めてくれたみてぇで、俺は嬉しかったんだけど、よ…」
ハハ、と照れ笑いを含ませ、恥ずかしそうに視線を横にする。

「…めでたいヤツ」
「あん!?」
場違いな言葉の理由が定かになると、クロは暁を励ますことに躍起になっていた自分をバカバカしく感じ、深い溜め息を吐いた。

「はあー。…暁、お前は人一倍傷つきやすい性格してる。そのたんびに泣かれちゃ、こっちの身が保たねぇ」
母に叱られた子供のようにビクリ、と小さく肩が跳ねる。

「だから、もうお前泣かせないから。お前も、泣くな。…空月もいるワケだし?」
「ついでみたいに言うな」
「ついででいいよお前なんか」
「あ"あ"!?…って、あ…いや、これは…アレだぞ暁?…コント…つーか…な!?」
同じことを繰り返さないように、弁解する。が、暁は、初めて見せた時のような、柔らかい笑顔をしてくれた。

「もうだいじょうぶだよ…あき泣かないよ…」




クロが甘やかす理由が、やっと分かった。特に一人っ子だった空月からしたら、こんな可愛い妹…もとい弟、家族だったらどんなに愛でることか。

(……っていうか、"可愛い生き物"が、俺に懐いてくれてる!?)

子猫も、子犬も、近寄れば、身の毛を立て、威嚇、あるいは逃げ出してしまう。
懐かれることが、こんなにも嬉しいとは。だんだん暁が小動物に見えてきてしまう。なんという癒しか。母性本能(自分は男だが)とはこのことか。

初めての経験を満喫する空月に気付き、クロは離れろと、空月の首を軽く締める。

「性犯罪者めっ!!このショタコン!!」
「離せ!!俺は今まさに癒しを噛みしめてんだ!」
「交代っ!交代しろ!!」
「待て!!あと3分!!3分でいいから!」
「3分も待てるかっ!!今すぐ俺と代われ!」
「楽しそうなところ悪いけど、チミ達ー。ちょこっと教務室来てくれるかなぁー?」

何時から居たのか、前方には、竹刀をトントンと肩叩き代わりにし、満面の笑みでヤンキー座りをしている、担任。
高校生にもなって、身体検査如きで騒がないだろうと、教師軍は教務室に待機していたのに。勿論、空月を一目見ようと、群がる連中もいて、騒がしいといえば騒がしかったが、許容範囲。

"さっき"のものに比べたら。


「……せせせんせ…なんでここ…に……てかその竹刀…何…ですか?」
三人、身を固める。というか、清の笑顔が、怖い。

「んー?なんかなぁ、"騒ぎ起こしてるヤツがいる"って執行部の生徒から連絡入ってなぁ?せんせーは、数少ない休憩タイムを楽しんでいたのに…って。ムカついたから、名刀"鬼殺し丸"を手にしてるワケだ。分かるかなー?」
「ハハ…名刀って…竹刀じゃん、」
「つーか…鬼殺しって…酒じゃん、」
冗談は止めてくれ、と引きつった表情のまま笑ってみせる。
清も、楽しそうに、声を出して笑う。が、そのまま竹刀を三人に向け、閃光を放ったかと思ったら、あっという間に束ねてしまった。

「捕獲、」
「ぁぁああああああああぁぁぁぁあああああ」
ズルズルと、話題の三人は、引きずられた所を見た生徒は、また良からぬ噂を方々で流しているのであった。






「…なんか、すごい音したけど…大丈夫かな、男子の方…」

肩を竦め、セミロングの栗色をした髪が、少し丸まる。

「ケッ…またそんなこと言って腰抜かして、挙句敵に襲わたりするんじゃねぇだろうなぁ?」
「も、…もう…そんなことしないよ…それに、勒風ちゃん今はぬいぐるみなんだからしゃべっちゃ―」
「うるせぇうるせぇうるせぇうるせぇ!!ずっと黙ってなんかいられるかよ!つーかちゃん付けすんなアホ心愛!ノロマ!!」
「痛…痛いよぅ…」
ポコポコと、効果音としては大して痛くはなさそうなのは、殴っているのが、柔らかい"ぬいぐるみ"だったからだ。


「聞いた?男子の方、大変なことになってるらしいよ?何人か医務室に運ばれてったらしいし!!」
「怖っ!例の人間が乱闘起こしたって聞いたけど?」
「はあ?転校初日に!?」
通り過ぎる二人組が遠くに行ったのを確認し、ぬいぐるみの口から手を離す。

「……あんまししゃべってるとバレちゃうよ?勒風ちゃん―…あいたっ」
「だっかっら!てめぇは物覚えがホントに悪ぃな!!勒風サマってゆえ!……にしても、危ねぇな、人間ってのは。近付いたりすんじゃねぇぞ心愛」
すると、いつも返事だけは早いはずが、その時、することはしなかった。代わりに黙りこくってしまった。

「……そんな悪い人じゃないと…思うけど…」
「お前なぁ!!一度助けてもらったくれぇで何ノンキなこと抜かしてんだっ!!」
「あいたっ…痛いよぉ…」
「痛くしてんだよこんにゃろ!」

「おい」
「っ!?」
慌てて振り返ると、一瞬、男子かと思うほどの短髪をした女子が立っていた。左目は、長い金色の前髪で隠れていたが、それ以外はツンツンと立っており、女子専用の身体検査の場所でなければ、危うく男と思ってしまうだろう。

「…ご、ごめんなさ…」
勒風との会話を聞かれかもしれない、という懸念よりも、機嫌の悪そうな顔に驚き、怒られた訳ではないのに、謝りながら退く。心配性な心愛は、何か自分が気に障ることをしてしまったのだ、と人知れず反省していた。

そんなことも知らずに、ボソリ、と呟きが聞こえた。

「……アイツ、同じクラスに居たぜ」
「……え?…よ、よく覚えてるね…勒風ちゃん…あっ、」
しまった、と歩くのを止める。

そもそも、人気のない計測器から始めようとしていたことに気付く。勒風の"正体"がバレてしまわないように、そうしていたのだが、計測する前に離れてしまった。

「どうしよう……腕力検査…だったよね…あの人が終わったらやろう…かなぁ…」
「ヘッ!!ちゃんと的に"当て"られんのかよ!」
馬鹿にしたように、ビーズ製の鼻で笑う。
腕力検査は、エレクトロメカニカルマシンのように、打撃対象面を殴ることで、パンチの速度や破壊力を測定するもののことであり、勒風はまず"当てられる"か心配だ、と冷やかしたのだ。

失礼な、と思いつつも小声で反論しかできない心愛は、こっそりと、測定機の傍まで駆けて行った。

しかし、先刻男子側の体育館から聞こえた爆音に負ける劣らずの音がしたので、立ち止まってしまう。その音を発した機器が、ショートし、煙を立てている。

しかも、原因は、どうやら金色をした短髪の少女らしい。
検査結果も受け取らず、満足したように振り返り、立ち去ってしまう。

独り言を、零して。

「……フン。参宮…空月か、おもしれェ」



口角を、片方だけ上げる。笑っているように見えるが、瞳はギラついている。

そして、勒風に忠告されたばかりだったが、力なく床にへたり込んでしまう。計測器の、"画面"を見たからだ。


「…………け、計測不能…」
「ちッ…お前のクラスは化けモンばっかだな、」

面白くない、と綿の詰まった顔に、頬杖をつき、憎らしそうに舌打ちをした。





踏みしめた、感覚はあった

見れば、自分の足で、

なんとなく、満足した


  確かな、一歩であると

uncivilized way



やっと学校らしく、友人ができました。良かったね!
ぼっちじゃなくて…良かったね!!

相関図