sharp knife


knight ...07

sharp knife

それは、風のように

無遠慮に、

見境なく、

切り裂く。


sharp knife


まるで、それが運命だとでも―






無機質な音をさせ、安全装置を外す。的となるホログラムの脳天に焦点を合わせ、引き金を、ひいた。

大きくは反れなかったものの、若干眉間よりも上になってしまった。出された結果を浮かぶ文字で眺める。やはり狙いはそこそこだが、スピードが足りていない

新学期早々、目標の高いことだ、と褒められそうだが、そういう意図ではなかった。ただ、数字のバランスの悪さが、気になっただけ。それだけのために、放課後またトレーニングをしようと思ったのだ。

「腕を上げたな、茜」
声に振り返る。自分が反応するよりも早く、後ろから返事を妨げられる。


「聖夜!!任務もう終わったのか!?」
「ああ、報告書に手間取っていてな…先程まで個人的に身体検査のデータ採取していた」
遅刻の理由を明確にしながら、慣れた手つきで解体された銃を組み立ててしまった。門衛より少しだけ声のトーンが高い検査機が、記録更新、と繰り返し伝えている。

「はぁあ!?また!?…ったく聖夜には本当に頭上がんないなぁ…」
記録されたタイムを凝視しながら、鮮やかな紫色の髪毎、頭を掻く。魔界では、さして目立つ色合いではないが、一本一本が細く、まとまっている。黄土色の瞳も、その髪も、彼女によく似合っていた。だが、悪く言えば、"悪化"させているとも言える。

無意識に、彼女が目にかかりそうな前髪を鬱陶しそうに掻き上げる。諫めるように、名前を呼ぶが、


「─る」
『きゃぁぁああぁああああ!!!!』



文字通り黄色い声にかき消されてしまった。そうしてようやく気付いた本人は、慌てて遮蔽物に身を隠す。

魔族クラスで編成されている北校舎内の男女比は、圧倒的に女子が多い。名目上、男子も入れるが、北校舎に関しては女子校という扱いにさえなっているこの学園では、いないに等しい。
つまりは、彼女が、同性から今のような歓声を浴びる訳は、彼女の容姿にあった。
切れ長な目は、三白眼ではなく、凛として鋭い。薄く整った唇。高く、形のよい鼻が、彫刻よろしく在る。
これだけでは、単なる美少女ではないか、と思われるが、加えて彼女の身長は、女子には不必要な程ある。

そして極めつけは先程のような、仕草、紳士的性格が、彼女を"北校舎の王子"として悪い"進化"をさせているのだ。



美少女と言えば、聖夜も負けず劣らず人形のように整っている。

目は大きく、睫毛は自然にくるりと上がり、黒髪は重い印象をなくす程軽く絹のように風を受ける。碧眼は、彼女の意志を表すかのように、強く、真っ直ぐだ。ただ、周囲にとってそれは"真っ直ぐすぎた"。

生来から彼女は生真面目な性格で、生徒からしたら近寄りがたい存在であった。
しかも、天万の家ともなれば、取り入る連中は腐る程いる。これは推測だが、恐らく幼い頃からそのような輩が周りに居たのだろう、彼女は人から離れるのではなく、人を遠ざけることを覚え、それに慣れてしまった。

その結果、「天万の子だからお高いのね」「友人さえもオプションなのよ」という誤解を受け、彼女もそれを否定しなかった。


中等部でのことだった。

なんと、そんな彼女に怯むこともなく話しかけ続けた生徒がいた。それが涙だった。

好意を寄せる女子は「天万というブランドに目が眩んだ」と失望し、多くのファンが離れていった。構うのを止めさせる子さえ居た。そんな非難を涙は悲しそうに笑いながら言った。


「失望させたなら謝るよ。でも自分のこと好きだって言ってくれる子が、私の友達を悪く言うのはイヤだな…」

以来、本人の意図とは違った方に解釈され、人気は息を吹き返し、宗教の如く"王子"が深く根付いてしまった。





「はぁ…それにしても、心愛、大丈夫かなぁ…」
王子はピンク色のため息をつく。

「何もわざわざナイトクラスに行かなくったっていいのに…」
「…それほどの決意だったのだろう。大丈夫。心愛はあれで中々強いから─」
「大丈夫なワケない!だって聞いた!?例の暴れた人間の転校生が同じクラスらしいよ!?絶対危ないって…心愛カワイイし…ぁああああヤバい心配になってきたどうしよ…」
うなだれる姿は、彫刻美に匹敵する。内容が、情けないものだが。

心愛は中等部からの涙の親友だった。進級時に魔族クラスから変更したので、現在は西校舎に在席している。見た目通り非力な心愛を心配するのは、自分も同じだが、涙は異常なほどに心愛を可愛がっている。


「……、涙……茜。…その、人間のことなのだが…」
聖夜は話を聞きながらもプログラムを淡々とこなし、バランスのよい文字(しかもどれも高得点で)を結果表に並べ、正座でもしそうなほど、慎重に切り出した。







小さな口を(本人なりにだろうが)精一杯開き、欠伸をする。その流れで、深い溜め息を漏らした。

「あ゛ー…さっさと実技の授業始めてぇなぁ…暇でしょうがねぇよ今の時期の授業はよー」
さも、真剣に授業を受けていた口振りのクロだが、凝った肩は机上で、寝ていたせいである。だが、言うことには同感せざるを得ない。本腰を入れていない授業ほど退屈なものはない。
ましてや、本来いるべきではない"人間"からしたら、魔界の学校での授業、となると、期待は高まる。

聞けば、自分のクラスは"ナイトクラス"と言って、文字通りナイト志願者、叉は既に契約済みの生徒が集うクラスらしい。校舎ごとナイトクラスという大規模さからも、ナイトの需要が伺える。
ナイトと言うだけあって、男子生徒が多い。校舎は分かれているため、まるで男子高だ。

「あー…俺、魔族クラスにすりゃ良かった…そうすりゃ今頃可愛い子とにゃんにゃんできたのに…」
チラリとこちらを、嫌みったらしく見る。

「悪かったな可愛い子じゃなくてよ!!」
「ま、暁いるし、いっか」
両手を広げ、受け入れ体勢に入る。

「ちょ、待てよ今は俺が肩車してやろうと─」
「アッホか!!!!テメェが暁といるだけで犯罪くせぇのに、肩車だぁ!?天井突き抜けたらどうす─…あ、」
パシッと、抑えた暁の小さな手は、遅く、意味を成さなかった。恐る恐る見上げると、表情筋を痙攣させ、青筋を何本か浮かせている。

「だっ…れっ…がっ…トーテムポールだごるぁあああ!!!!
2メートル弱上空から、怒号が降れば、昼飯を購入しに来た生徒が一斉に端に寄り、トーテムポールが自ずと仕出かしたことに気付く。


「………あ、ちょ、違─」
おろおろと挙動不審になり、言い訳を並べようにも、人は自分を避けてしまう。

「あーあ、短気も程ほどにしろよなー」
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
誰のせいだ、と詰め寄るが、ほら、それだ、と指摘され、慌てて怒りを収める。

「ま、俺としては売店空いて助かるけど。暁なんにする?」
出会ったばかりとは思えないほど、クロノスと暁は空月の扱いが上手かった。現にこうして、"人避けスキル"をうまく利用して昼飯を購入している。


しかし、空月は、そんな二人に対し、どうも腑に落ちないことがあった。

どうしてこの二人は自分と居るのだろうか、と。

魔界で異質な存在の自分に興味を示したのか、否、それ相応の価値が自分にはない。"人間"と一緒にいることで、優越感に浸りたいのか、否、二人にはそんな負の影は、見当たらない。
クロはよく、"人間"の(魔界の住人からしたら)不便な暮らしを馬鹿にしたように、日常生活で使う魔法を教えてくれるが、空月自身を侮辱することは決してなかった。
暁も暁で、つい先日、怖い想いをしたにも関わらず、すっかり空月に懐いてしまっている。

変な奴だなお前ら、と呟けば、お前に言われたくはない、と返ってくる。

空月にとって、その返事は、すごく有り難いものであった。



「んー、どこで食う?」
男子にしては、控え目な量のパンを片手に、問う。

「そらっ!!!!」
元気良く返事をし、天辺を指差す暁。ああ、天気いいし、屋上もいいな、と足取り軽く階段を登る。

「いっつも思うんだけどよぉー、クロってよく暁の言うこと分かるよなー」
発するものは、文になることは少なく、一言、単語などばかりだ。それに対し、即座に訳せるクロは、どれほどの付き合いか知らないが、さすがと言ったところだ。

「んー?ま、中坊の頃からつるんでっからな。学校通ってたのは暁だけだったけど」
「………あ?」
「俺、お前と同じで編入組。ま、時期は俺のが早いけどな」
「……へー」
「ほんとは通う気なかったんだけどなー…」
魔界では下界のような義務教育はないのだろうか。そうならば、なんとも羨ましい。そうは言っても、"あの試験"を突破したのだから、クロの頭の良さに驚いたものだ(もし独学なのだとしたら)。しかし、もっと驚くべきものは、暁だった。

幼い幼いとは思っていたが、実際に高等部には本来いる筈のない年齢らしい。要は飛び級だ。年齢や経緯に至るまでバラバラな級友たち。姿形は人間のそれでも、環境はまるで海外だ。

空月が改めて異世界(下界からしたら)にいることを実感していると、先頭をきっていた暁が、ピタリ、と止まる。

「……ん?先客だな、」
楽しそうな会話ならば、踵を返すところだったが、聞こえて来たのは、先ほどの自分に負けぬほどの怒鳴り声。



「……ケンカか?」
「あーっ!!あの子っ…俺らのクラスの心愛ちゃんだっ!!」
ドアにへばり付くように、三人で覗くと、クロが嬉しそうに指差す。

「お前…男子は覚えねぇくせに…」
呆れた顔をすると、どうとでも言えと開き直る。

「しかも西校舎で一番可愛いって噂だぜ!?」
女子が少ないにしても、そんな人物と同じクラスというのは、なるほど確かに嬉しい。
それにしても、あんな子居ただろうか。如何せん、席が前の方なので、後方は見えにくい。しかし、あの艶のある栗色の髪、どこかで見覚えが…

「おい空月!!聞いてんのかよ?」
「あ"?」
「だーから、お前のご自慢の腕力で、野郎から姫を救うんだよ!!」
さあ行け、と背を押す。

「…な、お前自分で行けよ!!嫌だぜ俺、また清さんに叱られんの!!」
「ふざけんな俺の細腕であんなヤンキーみたいな奴倒せると思ってんのかっ!!」
ヘタレ宣言をし、押し合いへし合いが始まる。

「おんなの子ー…」
『へ?』

困った顔で、訴える暁に、まさか、と笑う。

「おいおい暁ー、いくらなんでもそりゃ笑えねぇぜ?」
「そーだぜ。ほらよく見てみろよ。どこにあんな気合い入れたツンツン頭の女が─」
笑顔のまま、停止する空月とクロ。よく見ていなかったのは自分たちであった。
あまりに"長"すぎて、"それ"が何だったのか、見間違えたのだ。まさか、今時"あんなにも長いスカートを履く女がいるとは"と。


「スケバン!?!?」
「え、嘘っ…アレっ…スカートかよ!?つーかよく見りゃセーラーじゃねぇか!!!!」
ねー?と呑気にニコニコする暁の方から、妙な単語が飛び出す。


「退けクソガキ共っ!!!!」
「暁ーそんな言葉どこで覚えたんだー?」
「すっかり不良になっちまって、…空月に毒されたか?」
女子からぬ"野郎"に釘付けの二人は、覗きながら適当に相槌を交わす。

暁だけは、珍入者を確認し、見たままを言葉にした。


「くまさんっ!!」
「そーだな森のくまさんは優しいよなー。あれ、あのヤンキーもうちのクラスじゃなかったっけか?」
「西校舎だと、男と間違えちまうなありゃ、」
「てめっ…オレ様を誰だと思ってやがるっ!!離せ!」
「暁…お前ほんとどこで覚えたんだそんな言葉…俺が姉貴に怒られ─…え、誰?」



クロの発言に、注目する方向が、斜め下に変わる。

「くまさんっ!!!!」
キラキラした目で持ち上げてみせたのは、お世辞にも可愛らしいとは言い難い顔をしているテディベアだった。本来愛らしい筈の瞳は、半月型で吊り上がっており、開いた口からは、下の歯が2本ほど尖って飛び出ている。
聖夜の自宅で、セリシアの動くぬいぐるみを見ていなければ、空月は驚いて叫んでいたところだろう。


「離せガキっ!!俺は心愛に用があんだよっ!!」
「…あんた誰?」
名前を言うところ、どうやら知り合いのようだ。面白くないクロは、怪訝な顔で再度尋ねる。

「ハッ…今じゃあこの態だが、聞いて驚くな!?かの有名な『火辰の勒風』とは俺様のことだっ!!」
どうだ驚いたか、と身をそらして高笑いをする。有名な、という謳い文句の始まりから察するに、魔界では名のある者のようだが、勿論、空月が知る筈もなく。

「……知ってっか?」
「俺が知るワケねぇだろ」
逆にクロがそんな空月に聞く始末。嫌がらせでもなく、本当に知らないらしい。

「なっ…知らねぇだと!?……チッ最近のガキゃあ…」
酷く心外らしく、ギザギザな歯を擦り合わせた。

「とにかく…俺は心愛に用があんだよ離せ!!」
「……ぬいぐるみなら俺が買ってやっから、とりあえず離せ、暁」
もう何でも良いらしく、蠅を追い払うように、手で促す。渋々力を緩めた小さな手から逃れると、フン、と鼻を鳴らし、乱暴に扉を開けた。

「ココアぁあああぁあああ!」
姿に似つかわしくない、低い音で威嚇でもするように、呼ぶ。それに呼ばれた本人は、肩を跳ねさせ、姿を探す。

「ロップちゃ─」
「あ…」
振り返り、ふわり、と栗色が広がる。そうか、思い出した。"あの子"だ。

侵入者が学内で暴れていた時、空月が間一髪の所で助けた少女であった。


「テメェ俺様を置いてくたぁどういう了見だ!!さっさと行くぞ!」
「あ、え…でも…」

板挟みを食らったように、テディベアと短髪なスケバンを交互に見る。見兼ねたのか、フェルト生地の飾り程度な羽根を生やし、飛んで促すように少女の制服を引っ張った。

「ま、待ってロップちゃん…あの、」
何をそんなにもこだわるのか分からないが、まだ視線は金髪に。そんな少女に、まるで念を押すように、威圧感たっぷりに一瞥をくれてやっていた。少女は残念そうに肩を落とし、とぼとぼと去る。

が、すれ違い様、空月に気付き、慌てて立ち止まる。

「あ、…あのこの前はっ─」
「ココアぁあああ!!何度も言わすな!さっさと行くぞ!!」
「痛っ…痛いよロップちゃん…」
ビーズ製の瞳をギラつかせ、空月を睨み、栗色の髪を引っ張る。相当独占欲が強いのか、他と交わることすら許さぬような鉄壁のそれだ。

空月は清の言葉を思い出していた。空月に何かを言おうとした辺り、どうやら自分を怖がっていた訳ではないらしいことに安堵した。





「てめ…空月!!!!」
「あ"?」
呆けている空月を現実に引き戻すように胸倉を掴むクロ。

「おま…心愛ちゃんと知り合いなのか!?!?」
ああ、そうだコイツを忘れていた。

「…知り合いっつーか…変な化け物に襲われそうなとこ助けたっつーか…」
その表現は些か大袈裟かもしれない、と言葉を選び直そうとした。が、クロはさらに顔を近づけた。

「なんだそれ!?ヒーロー!?ジェントルメン!?…くそ…お前ばっかっ」
「や、待てだからそんな大層な─」
「頼む俺を紹介してくれぇ!!」

なんとも情けない懇願。


「お前プライドねぇのかよ…」

「おい、」

「あ"あ"!?」
今、大切な交渉中だ、とクロには珍しく好戦的に返事をする。しかし、その相手は、クロ曰わく"ヤンキー"。


「テメェ等もまだなんか用かよ?」
「いやっ…あの用と言いますかあのですねそのっ」
膨らんだ闘争心は、情けなく一気に空気が抜ける。

「用っつーか、俺らここでメシ食いに来ただけ─」
仕方なく、空月が代弁しようとすると、必死にその口を塞ぐ。


「何す─」
「だぁほっ!!あんな野郎がいたらうまいメシもうまくねぇだろっつーかつまりそれってど─」
「退けってか?」
小声で伝えようとしたことを、今度は短髪が代弁を。
まるで、これでは、こちらが喧嘩を売っているような…

「や、そうは言ってねぇよ。メシ食いに来ただけだから、アンタに用はないって話。あ、それともアンタも一緒に食う?」
何を言い出すのだ、とムンクの叫びよろしく絶望するクロ。状況が分からない暁は、友達が増えそうな雰囲気と勘違いし、期待に胸を膨らませている。

眉間に寄った皺が、ピクリ、と反応する。すると、と堪えた笑いを爆発させた。


「ハハハッ!!笑わせてくれるぜ!さっきの女と言い、"見習いガヴン"はどうにも"馴れ合い"がしてぇらしいなぁ!!」
さっきの女、とは心愛のことだろうか。なるほど、彼女は昼飯を誘っていたのか。それにしても、この女、どうにも引っかかる言い方をする。"見習いガヴン"がそもそも何を指すのか分からないが、"自分は見習いガヴンではない"ような…

「おい、空月行こうぜっ!」
構う必要はない、と力ずくで空月を引っ張る。

「ハッ…とっとと失せな。デカい図体して情けねぇ」
ピクリ、巨大が反応する。マズい、とより力を込めるが、クロの細腕で適う筈もなく。




「テメェ…今なんつった?」

ゆらり、と振り向く顔は、般若か鬼か。

短髪少女は、挑発に乗ったことが面白いらしく、にやりと口角を端だけ上げる。


「情けねぇ腰抜けだっつったんだよ!」
更に罵倒を付け加え、空月を誘う。

「どうしたよ?腰抜けってのが頭に来たか?だったらさっさとかかって─」
しかし、相手は空月。


「違ぇ…」
「あ"?」
「"情けねぇ"の前だ!!なんつったかって聞いてんだ!」


「…ハ?」

頭に来る、ポイントが常人と、異なる。



「……………デカい図体…?」

自信なく、答えるや否や、大きく一歩踏み出す。

「誰が超高層ビルだこるぁあああ!!」







理解が、追いつかない。目の前の自分と同じ髪色をしている大木は、何を言っているのか。
普通、"腰抜け"だとか"情けない"とかいった言葉に怒る筈。

もしかして、この男…


「…気にしてんのか?」
ボソリ、独り言のつもりで言ったが、地獄耳らしく、

「キニシテル!?全然まったくしてねぇよ!この間の身体検査でまた記録更新しただとかも全っっっ然キニシテませんから!!」

気にしてる。

というより重度のコンプレックスのようだ。
困惑したが、そうと分かれば、しめたものだ。

「ハッ…あんまりデケェんで巨人族かと思ったぜ─」
一瞬だった。罵倒を考えるために、無意識に視線を外したその隙に、空月は間合いに入り込み、自分のすぐ横のフェンスが曲がるほどのパンチを繰り出していた。

「俺だってなぁ…好きでこんな身体になった訳じゃねぇんだよ!!」
「ちっ、」
ふざけた台詞を抜かしてはいるが、動きが違う。少しばかり見くびっていた。

「おもしれぇ…」

がら空きになった横面に、思い切り拳を打ち込む。食らった身体は、よろめき、終いのように思われた。

が、白目をむくどころか、ギロリ、と力強く睨む。

「何が成長期だ…クソ食らえぇ!!」
「っ!?!?」







「うわっ…フェンス曲がって……馬鹿力にも程があ─…ぅをっ!?…痛そぉ…」
その頃、クロは傍観に徹していた。危険な状況に身を置きたくないらしく、身体を極限まで隠している。だから、気配もなしに背後から声がすれば、

「へぇ…ヨゼのパンチが効かないのか…」
「ひゃぁああぁあ!?!?」

奇声は自ずと出る。


すかさず後退りをし、攻撃退避の姿勢に。

「あ、…れ…お前…ルカ…?」
「…パン買いに目離せばすぐこれだ…」
片手に下げた袋を恨めしそうに見つめ、ため息を漏らす。

クロは顔見知りらしかったが、暁はなんとなく、身を潜めた。深く被った黒い帽子。癖のある前髪でもって隠れている筈なのに、あの、薄青の瞳が、やけに冷たい。

「ルカ…おま、アイツ知り合いかよ!?」
"敵"でないならば、と安心したように近付く。

「…ただの寮生だ」
ボソリ、と嫌そうに答える。


外野が騒がしくなると、空月の意識はだんだんと覚醒していた。

(あれ…何これ…俺何し─)

何故、自分は女子と、殴り合いをしているのか。自分のしていることに焦りを感じ、正確な思考が出来なくなっていた。

一方、その殴り合いの相手も、何故自分のパンチでもってもこの男は倒れないのか。いや、倒れないにしても、何故効いてもいないのか。パニック状態に陥りかけ、半歩下がり、右足を思い切り打ち込もうとした。
が、その足は、奇しくも、スピードが出る前に空月の大きな手によって抑えられてしまう。


「なっ!?」
まさか"脚"までも抑えられられるとは、予想外だったらしく、目を丸くする。しかし、止めた本人は、見当違いなことを。


「おま、おま……バカか!?!?」
「……あ"?」

今、そんな台詞は、要らない筈。


「おまっ…スカート切れてんじゃねか!!!」

右腰をスタートに、くるぶしまであるスカートは縦に切れ、抑えた方の右足は、素肌がさらけ出されている。ちょうど、片方だけだが、チャイナ服のスリットのように。


「……切れてんじゃねぇ。切ったんだよひらひらして邪魔くせぇから。それより離─」
「バカか!?!?おまっ…そんなっ…ろ、露出すんだろ!!!」
何なのだろうこの男。突然キレたかと思えば、赤面しながら、晒け出た脚を見ないようにして、注意を始める。


「バカはテメェだ。んなもん関係ねぇだ─」
「関係あるわぁあああ!!パッ…パン…パンツ見えたらどうすんだよ!!」

緊迫した状況が一変。何がどうして、こうなったのか。しかし、短髪少女は、恥じらうでもなく、


「んな、生っちょろいもん、履くかよ」

と言った。




「ノーパンですかぁあああぁあああぁあああ!?!?」
耐えきれず、叫んだのはクロ。

「いや、アイツの場合スパッツ」
それに対し、平然と答える自称ただの寮生仲間。

クロはその返事で我に返り、自分で蔑んだ"ヤンキー"に興奮してしまったことに激しく自己嫌悪した。その間に、帽子ごと頭を軽く掻く。



「…マズいな」

微塵も焦らずに。







「チッ…さっきから聞いてりゃぁ…うだうだうるせぇんだよ!!そんなに死にてぇならブッ殺してやる!」
抑えられた脚をそのまま空中に預け、残った方で地面を蹴り反動をつける。反射的に離してしまった空月は、何故か呆然と立っていた。

アドレナリンの過剰分泌が生み出す、時が止まる世界。
たがが、女子の回し蹴りに、何故こんなにも、身体は反応しないのか。いや、出来ないのか。

時間が動き出したのは、少女が咳き込んだ辺りからだった。

見ると、フェンスにめり込むほどの衝撃を受けたらしく、横腹を抑えている。

自分ではない。自分は動いていないのだから。ならば、誰が…


「ヨゼ…テンパって"脚"使うのはお前の悪い癖だ。アリスに怒られるのは俺なんだ。迷惑かけんなよ」
草木よりも鮮やかな緑ではなく、エメラルドグリーンというには薄すぎる。

こんなにも、例えるのが難しい色があるものか。既製品のそれではなく、綺麗な髪色だった。それに合わせたような、群青の瞳。それらは深く被った黒いワッチキャップで隠すようにしていた。

勿体ない、と。


「テメェっ……ルカっ…」
咳はまだ続いているものの、悪態が挟まっているような所を見ると、身体は丈夫なようだ。

「…行くぞ」
手を差し伸べるでもなく、踵を返す。群青色に、自分が映った。


「天万の犬と居たら、メシが不味くなる」
「お…おいっ!!まだっ…」
勝負はついていない、と腹を抑えながら立ち上がる。

そんな彼女に、ただ、黙って、一睨みする。食い下がると思われたが、苦々しそうに視線を先に逸らした。ただ、すれ違う時ですら、空月に対する闘争心を剥き出しにはしていたが。



「だ、大丈夫かよ…空月」
二人が階段を降り始めると、ようやく二人が駆け寄る。

「……あー」
「多分…だけどよ、ありゃ戦乙女<ヴァルキリー>だ」
「ヴァルキリー…?」
「"元祖ナイト魔女"…つっても分かんねぇか…つまり、あの女はガヴンじゃねぇんだ。女だけの戦闘民族…闘うために育てられたような奴らなんだよ…」
「…………へー」
ああ、だから彼女、"見習いガヴン"だとかを馬鹿にしたように言ったのか。でもならば何故この学園に居るのか。

今の空月には、そこまでしか思考が追いつかず、正直、彼女がガヴンであろうがなかろうが、大した問題ではなかった。

「へーって…お前なぁ!」
事の重大さが分かっていない、と声を張り上げる。が、

「み"ゃぁあああ!?!?」
突如、大きな身体が倒れ込んでくる。


「…何これ…超顔痛い…」
「ちょ、はぁあ!?今さら効いてんのかよ!?おい!空月!気を確かに―」
寄りかかった細い身体からは、男らしからぬ、麝香の匂いがした。睡眠不足でもないのに、眠気を誘う。声が遠ざかる。





あれ、今度は匂いが変わった。苺…か?なんかフルーツっぽい…

クロのヤツ…そんなんだから女っぽいんだよ…髪だって、ほら、そんな伸ばし―


「ん?」
「お早う、と言いたい所だが、貴様いつまで眠りこけているつもりだ…」
「………はれ?せい…や…?ここ―」
「医務室だ。先刻まで貴様の友人とやらがいたが、仕事だとかで、帰ってしまったぞ」
身支度を整えろ、と鞄を投げつける。


「……俺、なんで…」
「ヴァルキリーのヨゼフィーネ。奴の一撃を食らって立っていられたとは…聞いて呆れる」
ヴァルキリー…確かクロが説明していた気がしたが、どうにも思い出せない。

「つーか、なんで聖夜が知ってんだよ?」
「貴様の…友人の黒髪の方から聞いた。ヨゼフィーネは、この学園の寮生で、よく問題を起こす。喧嘩などの騒ぎは、大抵彼女が中心人物だからな、この学園で知らぬ者はいない」
まさか、そんな人物と同じクラスなどとは、教師陣は何を考えているのか。

学ランを羽織ったまま、興味を示そうともしない空月に、異変を感じる。


「…空月?」
「そいつと……そいつと一緒にいる―」
『天万の犬と居たら、メシが不味くなる』
「…どうした?」

自然と、笑みが零れた。

「……や、なんでもねぇ」

自分を笑うため、だ。






彼女よりも、歩が遅いのは、心境的なものであった。
上質な布のように波打つ髪が、夕焼けに映える。


「…今日、貴様の友人に、会えて安心した」
「……は?」
「…私の…"天万家"のせいで……何か、言われてはないか…と、…」

『 不 味 く な る 』

「……良い…友人を持ったな、空月」
「……―ねぇよ」


その時の俺ときたら、餓鬼以上に、餓鬼だった。

「関係…ねぇだろ、天万とかっ…そんなんっ」
『天万の犬と居たら、メシが不味くなる』

何故、言われねば、ならぬのか。そんなこと。

あんなにも冷たい瞳をもってして。

遠ざけられることなど、慣れてはいるが、それはただの畏怖だとか恐怖そのものであって、"アレ"は、そう―







聖夜には、空月が何を言いたいのかは、分からなかった。だが、一つ、思い当たるものがあるとすれば…

「あー…あと、もしかしたら、だけど…」
遠慮がちに、琥珀色の瞳を伏せた。

「ルカ…って奴がよ、ちょっと、な」
その名に、ハッとする。

「…彼に、会ったのか?」
ああ、そうか。彼も寮生なのだから、ヨゼフィーネと一緒にいても、なんら不思議はない。

「知ってる…よな。そりゃ、天万の人間なら誰でも…」
ハハ、と笑ってみせたが、自虐的にしか見えなかった。

「アイツさ、バイト先で知り合って、話したくらいなんだけど…普段あんなんじゃん?だから、…さっきのは、ちょっとビビった」








「…何か、言われたか?」
思案の泥沼から、我に返ったのか、焦りの色が。

「…あ」
「…もし、何かを言われて、お前が傷ついてしまったのなら、"お前は何も悪くない"よ。空月…悪いのは、わた―」
「違っ…違ぇんだッ……そんなこと…言いたいんじゃねぇっ…だから、その」
苦痛に歪む顔を、下に向けてしまう。痛々しく。


"こういう問題"は、誰のせいに出来るものでもない。
そして、だからこそ向けようのない怒りを、憤りを、誰かに向けられるのなら、楽になるのでは、と。
そんな安易な考えに、"自分が原因だ"と言ってしまえば、よいのでは、と。

『それに、"巻き込まれた"なんて、思ってねぇと思うけど?』

なんて、不自由な性格なのだろうか。いっそのこと全部、自分のせいにしてくれれば、「どうしてくれる」と罵倒してくれれば…


沈黙が、破れたのは溜め息ひとつ。


「…悪い。今のは俺が悪かった」
「いや、私も、少しばかり説明が足りなかった…すまん」
「…俺が悪いって言ってんだろ謝るなよ」
「…いや、でも私とて非はある訳で―」
「うるせぇなぁもう!!お前は関係ねぇのに愚痴った俺が100パーセント悪い!もうこれでいいじゃねぇか!」
「関係なくはないだろうっ…それに全部貴様のせいなど―」
「だぁあああ分かった!」

バッ、と出された五本指。



「半分!!お互い半分悪い!これでもう謝んのも、何もなし!いいな!?」
呆れたように、笑い出せば、それも不服らしく、いつもの機嫌の悪いような顔へ。

「い…いいだろこれで!」
帰ろうと、歩を進めたのは、空月だけだった。振り返り、聖夜を確認すると、真剣な表情を。



「空月。詳しい話は…今は出来ぬ…だが、これだけは、言っておく。聞かずにおくのと、聞いているのでは、大きな差があるからな…彼は―」

不思議な、翆色が、

「天万家の勝手によって、人生を狂わされたのだ」

揺れた。










痛さに、慣れてはいるものの、これは身体的苦痛から成るものではなかった。


「ヨゼ」
コバルトブルーに、刺さるように見つめられる。

「お前が、どこぞの屑どもを半殺しにしようが、俺には関係ねぇ…」
この目で、見られると、どうにも、力が抜けてしまう。

「言ったよな?"犬"も嫌いだってよ」
「ハッ…ざけんなよ、ルカ。随分とテメェが可愛いらしいな?」
ピクリ、眉が動く。


「それこそお前に関係ねぇだろ。それとも、あの野郎ブチのめすのは、"俺だ"って言いてぇのかよ?」
すると、一層キツく、喉元を首の襟で締め上げられる。

「俺は、"関わるな"って言いたいんだよ。この単細胞」
「なん―」
「何?喧嘩?」
澄んではいるものの、どこか冷たい声が、談話室に広がる。

ち、と舌打ちと、ローテーブルに蹴りをくれてやり、ヨゼだけが去る。

疲れた、とソファーに身を沈めるルカに、散らばったものをテキパキと片づけながら、話しかける。


「珍しいわね。あんた達がそんな喧嘩するなんて、」
それだけ、その一言だけに留めよう、と立ち上がる。が、

「ラストチャイルドの…犬にさ、喧嘩売ってたんだよ、あの馬鹿…」
「……ああ、"彼"、転入したんだっけ?」
ジト、と目だけ向ける。何、とその行為に対し、問う。


「知ってる癖に…」
「知ってたわ。でも、興味がないの。私には、もう何も関係ないことだから」
この女、鉄壁の如く、外界を処分できるのだ。
そんな排他的にできたならば、どんなに楽なことか。


「正直さ、俺はあんたを信用してるよ」
「あら、意外ね」
皮肉るが、それには何も答えない。

「ヨゼも、…ただの馬鹿だし、…嫌いじゃない」
深い溜め息をつき、合わせた手に、額を乗せる。



「もううんざりだ…天万家も、そいつらに従う犬も…」
「"関わりたくない"?」
声が、やけに近いと思ったら、目の前に、しゃがんでいた。駄々をこねる子供を、あやす様に。


「でも、ヨゼはそうさせてくんねぇよ。クラスだって今さら変えられない」
「…私ね、初めてあなたに会った時、うれしかった…」
「…?」
「"可哀想なのは、私だけじゃない"ってね、酷いでしょう?」
クスリ、と笑う顔は、造形的に美しくとも、酷くおぞましい。だが、それが彼女の美点だった。


「そりゃヒドいな。ただの仲間意識だったって訳か」
何故、こんな時にこんなカミングアウトをしたのか、理由は定かではない。

す、と立ち上がり、明りのない廊下に、溶け込んで行く。


「彼を、執行部外部任務課に所属させるわ」
「……職権乱用だな」


「あわよくば、"任務で死んでもらう"というだけの話よ」

闇に、溶けるように。



鋭い

鋭い

刃は、

意思を持って

向かってくる


sharp knife


 僕らを切り裂く


なんだか喧嘩っ早い人やら訳ありな人やら物騒な人がいますねこわい

相関図