half&half


knight ...08

half&half

他者が相容れぬならそれもいいだろう。

孤独に耐えうるというのなら、それもいい。



でも、

いや、

それならば、


half&half





「コードネーム アリアンロッド。姫千螺愛。入ります」
上質な純白の扉を開けると、待っていたかのように、理事長席に座っていた。

「確か…参宮君の外部任務課の件…でしたね?」
思い出すフリをしてみせているが、先ほど入室した愛は淡々と進める。

「ええ。書類をここに。ただ、推薦者が三人必要なのですが…」
一つの空欄を群青色の瞳が見つめる。

「…あと一人、ですか。分かりました。私が署名しますわ」
またも純白をした羽根ペンが、勝手に名前を記す。
後に、さっと目を通し、完成したことを確かめると、印が押される。流れ的には、正式なものだが、何かおかしい。

「どうかしましたか?」
表情に出ていたのか。パールが試すように光る。

「……いえ、ただ…理事長が何も異論がないことに驚いただけです」
「あら、校長で結構ですわ。…それに貴女が言ったのではないですか、」
「………」
「『能力検査と先刻の侵入者撃退時などから、潜在能力を認めるには十分。授業よりも実践で開花させる方が彼には有効的』…とね」
そうだ。正式な依頼文としての文書にはそう示した。だが、それは模範回答であり、後付けされたもの。それはこの目の前の彼女も承知の筈。

「早速、任命証を"脚"に運ばせます」
これ以上の問答は無用、と踵を返す。ドアノブに手をかけると、後ろから白いものが浮遊して来る。
手に取り、表裏を確かめると、どうやら手紙のようだ。しかも、それはただの"手紙"ではなかった。シーリングされている。
紅の蝋封。しかもこの紋様は…

「これは、大お婆様のっ…」
事務的に押されたものとは分かっているものの、紋様が持つ意味は、重い。
何故なら、自分の所属している、一番の権力者を表すものだから。

「大お婆様からお預かりした、彼の『二つ名』…ですわ」
見開いた眼を、彼女に向ける。
だが、彼女は回答しない。

「それも、脚に運ばせて下さい」
それどころか、背を向け、帽子の下から天を仰ぐ。

「"カプト・ドラコニス"…彼にピッタリだとは思いませんこと?」
恐らく、口角は上がっているだろうことが、容易に想像できた。返事はもちろん
せず、廊下を歩く足も止まる。

「……おかしい、」
何かが。何もかも、上手く行き過ぎる。
愛は、再び白色の扉を横目で見た。彼女の"動機"が気になった。






「どういうことだ!?!?」
ドアが反り返ったのは、内側からの圧力の変化のせいだった。


「いやだな。落ち着いてよ、こーちゃん」
「がっ…学校では"副会長"と呼べといつも言っているっ!」
再び広いデスクを両の手で叩く。

「聞けば"あの人間"を外部課に任命したというではないか!?!?正気か!?」
縁のない眼鏡のレンズの曇りが気になったのか、問い詰められているにも関わらず、呑気にベストの裾で拭っている。

「だから落ち着いてクダサイよ。正式に推薦したのは、他でもない、」
上半身を乗り出し、刃物でも向けるかのように、眼鏡で目の前の怒り狂う女子を指す。

「アナタのお気に入りの姫千螺サンですよ?副会長サン」
ぐ、と短く唸り、それでも食い下がる。


「し、しかしっ…推薦者の欄に署名したのは確かだ!!」
その反応に、さも面倒だ、と言いたげに、うねった髪ごと頭を掻いた。

「推薦理由に、矛盾な点はありませんデシタ。しかもそれは、ちゃーんと事実に基づいてマス。実力のあるものを任命するのも、ボクの仕事。そうデショ?」
今度は、威圧的に、瞳だけ向ける。

「そうだとしてもっ…問題行動を先日起こしたばかりの奴を…いや、それだけじゃない。私だって、侵入者撃退の件は見ている。奴の行動は結果的には賞賛されるものだが、一歩間違えれば、自分も危険になっていたのだぞ!?勇気と無謀は違う!それはお前も─」
「彼はそんなこと考えてすらないと思うけどなー」
小声でぼそり、と呟いたため聞き取れず、眉をひそめる。

「なに─」
「ボクらのお仕事は、さ、実力のある人をその実力に見合っただけの現場に派遣する。出来ることはそこまで」
キイ、と社長椅子を回し、背を向ける。

「そこから先は、当人たちの"戦場"なんだよ。理由はどうあれ、この聖ドルイドの門を叩いて、ましてや、"天万"のナイトとなったんだ」
再び現れた顔は、背に冷や汗を流させるものだった。


「"死んだ原因は執行部の人事"?馬鹿言っちゃいけない。"死ぬ覚悟がありませんでした"なんて、言わせないよ」
一通り台詞を吐いた後、いつもの張り付いたような笑顔になる。


「こーんなんでどーかな?姫千螺サン」
その名を聞き、慌てて振り返ると、本人が遠慮がちに佇んでいる。


「すみません…ノックはしたのですが…」
「こーちゃんのバカデカい声で聞こえなかったー♪」
「姫千螺っ…」
先ほどぶつけたような台詞を喉まで出掛かったが、押し留めた。それを察知したのか、事務的に理由を述べる。


「会長のものに付け足しをするなら、彼を執行部で監視するという目的もあります」
「監視…?」
「要はー『生徒の模範となる執行部が、喧嘩など言語道断!』とか言えるから便利ーってこと」
副会長と呼べ、と怒鳴る少女の真似をすると、しなを作ってみせる。


「………成る程」
「えー!?なんで姫千螺サンだと納得するのかなー?ちょっとショックー」
「貴様はいつも底が知れんからな」
ツン、と顔ごと背ける。それはない、とまた情けない声で返事をするかと思ったが、意外にも、違うものが返ってきた。


「底が知れないなら、"女王様"も、だよねー」
窓から、空を仰ぐ。まるで、そこに、最後に署名した人物がいるかのように、睨んでいた。


「参宮クン、かー。興味が尽きないなぁ♪」
楽しそうに、写真付きの調査書を宙に浮かべる。
やれやれ、と付き合い切れない副会長は、後方にいる愛に、尋ねる。

「任命証は?」
「はい、"脚"に」
「………………"彼女"に、か?」
「"彼女"もれっきとした執行部、ですから」


確固たるものを言いたいが、如何せん、自信が持てない。
頭痛を抑えるように、手の平を形の良い額に当てる。


「いや、…分かってる。分かってる…が、」
「この間は、三日間は帰って来なかったよねー」
言葉を選んでいた副会長の努力も虚しく、あっさりと事実を述べる。

「だっ…だが…今回は校内なのだから、"道に迷う"などということは─」
「先月だっけ?泣きながらモンちゃんに校内案内してもらったの」
「〜〜〜〜〜〜っ……はあ、彼女も…"アレ"さえなければ、執行部一の"脚"なのだが…」
呑気に鼻歌を歌う会長以外、二人分の溜め息が自分のせいだとは、当然のこと、本人は知るはずもない。





「……初対面で大変恐縮なのですが…西校舎はいずこに?」

三人が、同時に同じことを考えるなど、かつてあっただろうか。楽観的な暁でさえ、今の状況に混乱している。
何がどうなって、そうなったのだ、と。

少し、補足をするならば、時は、昼休み。
三人は先日の乱闘(まで発展はしてないと自負しているが)騒ぎのこともあり、大人しく、教室で昼食をとっていた。

空月は弁当、クロは1・2個の小さなパン、暁は食パン一斤丸々、を机に広げていた。
さあ、食べようか、と各々が口を開けた瞬間、爆音と共に、少女が転がり込んで来たのだ。
あんぐりと、開いた口は塞がらず、一番近くにいた三人は、思考が停止している。
そして、少女の開口一番の言葉が、冒頭のものだった。


「…えーと、一応…ここだけど‥」
空月がおずおずと、答えると、一重の、真ん丸い瞳を目一杯開き、うるうるとさせる。

「もしやっ…もしやこの教室は……1-Eですか!?」
そんなもの、表に出れば、分かるというもの。ついでに、そうだ、と答えると、今度はわっ、と泣き出してしまう。


「良かったぁぁああぁあっ…まさか…まさか"たった3回"の移動で来れるなんてっ…は、初めてっ……」
「…おい、クロ。3回っつったか?こっちじゃ3回も爆発しなきゃ辿り着けないもんなのか?」
こそこそとクロに耳打ちをし、確かめる。もしかしたら魔界では普通のことかもしれないからである。

「普通に"歩く"という選択肢ももちろんあるだろうな…いやだがしかしっ!!」
「?」
「可愛いぞこの子!!!!」
「去勢しろ」
可愛いは正義だ、と胸を張る友人を尻目に、落ち着き始めた少女に名を問う。


「わっ…私としたことがっ…あまりの感動についっ…ぁあぁぁああぁあの私、稗乃りんねと申します!じじじ実は、─」
自己紹介が、中断された。先ほどの爆音までとはいかないが、それに近いくらい大きな腹の虫により。
方向的に、真っ赤な顔になってしまった目の前の少女のものと断定していいだろう。


「…えーと、」
「違うのです!!こっ…これはっ……朝寝坊をしてしまいっ…朝食を抜いてしまってあなた方のお昼ご飯を見ていたらなんて美味しそうなとか考えてっ…はれ?」
言いたいことと、思っていることがごちゃごちゃになっている。

「あー、俺今日弁当2個あるから、もし良かったら…いるか?」
「ふぇえ!?いやいやいやそんな見ず知らずの方に道を教えていただいた挙げ句そんな美味しそうなご飯までご馳走になるなんて─」
どうやら、腹の虫は、正直なようで、二度目の警告を鳴らす。

「いや、これお袋のなんだけど、あいつ持ってくの忘れたみたいでさ。間食用に持ってきただけだし、今から購買行っても、ろくなの残ってねえだろ?自分の分あるから、遠慮しなくていいぜ」
拒否を示す手の平の前に、ぐい、ともう一つの弁当を差し出す。困ったようにクロ達の方向を見ると、いいんじゃない?とニコニコしながらさらに勧める。むしろ、空月が作っていたことに驚いたらしく、既に開けてある方の弁当を眺めていた。


「親が作ったのかと思ったし。お前って意外に器用なのなー」
「お袋が作ったらお前、食べられるもんなんてねぇぞ?」
「どんな母親だよ…」
さも、当然のような流れに、またも感動したりんねは、目を潤ませ、大切そうに受け取る。


「あっ…あのっ」
「や、ほんと気にしないで─」
クロの相槌の合間にパッ、とりんねの方に顔を向けると、

「あ、ありがとござ─」
なんともタイミングよく、深々と下げた頭が空月の金髪にめり込むように衝突した。

「ほぎゃ!!」
「ごあっ!」
「りっ…りんねちゃん!?大丈夫!?」
すかさず覚えたばかりの名前(しかも馴れ馴れしく下の名前)を呼び、友よりも先
にそちらに駆け寄る。

「大丈夫?コイツ頑丈だから…」
ごめんね、と対女子用の笑顔を添える。が、りんねは真っ赤な顔で挙動不審になってしまう。


「ごごごごめんなさいぃいっ…わた…私石頭でっ…大丈夫でしたか!?!?」
「大丈夫だって。コイツのが石頭だし。りんねちゃんの方がほら、こんな赤くなって─」
「クロくーん。こっちも真っ赤なんですけどー」
灼熱地獄の背景が似合いそうな笑顔で、文字通り"真っ赤"になっている友の姿。

すましていたクロも、さすがにその光景に我を忘れ悲鳴を上げる。



「みぎゃぁあぁぁああぁあ!?!?なんっ…流血!?!?!?」
どくどく、と額から鮮血が流れ、金色の前髪は、濁ったように紅く染まっている。
「ひぎゃぁぁああぁあ!!!!」
その様子に、原因であるはずのりんねさえも叫ぶ始末。


「ごめんなさいごめんなさいぃいっ!!私ほんと石頭でしてっ…この前も仕事してましたら校内の壁に激突して穴開けてっ…ってああぁぁああぁあのこれハンカチっ…」
「ん?あー、見た目ほど重傷じゃないから大丈夫大丈夫」
薄ピンク色のレースのついた可愛らしいハンカチを差し出されるが、そんな上質なもので止血するのは気が引け、断ると同時に乱暴に学ランで拭う。

「でっ…でも血がたくさん─」
「や、これ中学ん時に鉄パイプで殴られてさ、額のとこ切れやすくなってんだよ。古傷みたいなもんだから、」
妙な単語の並びに、困惑したりんね。間髪入れずにクロがツッコミを。

「待て。待て待て待て。流さない。俺は流さないぞ!!鉄パイプ!?何をどうしたらそんな状況になるんだ!?!?」
「…ハ?普通に、喧嘩で?」
「普通の喧嘩は鉄パイプ使わないんだよ空月クン!!」
「えっウソ!?…う、うそだろ!?普通だろ!?え、まさか鎖とかナイフとか…使う…よな?」
「使わねえよどこの荒れ地で育ったんだお前!?」

怖い怖い、と冗談抜きに半歩距離をとる。そして忘れることなく、りんねの側に近寄り、肩に手を置く。

「りんねちゃん気をつけてねコイツまじ野蛮人だから」
「へっ?えっ?」
「だぁあ!!おま、さり気に触るな!!離れろケダモノ!!」
「この間なんかさー、屋上で殴り合い始めるし」
「いやっ…あれは殴り合いじゃ…な…くはない…か?」

二人の会話にやっと追いついたらしく、丸い目をさらにクリッ、とさせる。若干阿呆のような顔で。

「あの…もしや、さんのみやそらつきさんです…か?」
問うた人物の背後からブッ、と吹かれた笑いは、苛つくが、どうしても読みにくい名前をしているので、仕方がない。だが、こうも綺麗に全部間違えるとは…


「だよなー!!やっぱ読みにくいよなーコイツの名前!!あ、俺ちなみにクロノス。クロって呼んで♪」
すると、食パンを食べきったらしく、口の周りを汚しながら、続いて暁が自己紹介する。

「さんのみやじゃなくて、さんぐう。んでもって下の名前は"らつ"って読むんだよ。読みにくいよな…」
「あわっ…ごっごめんなさい私っ…読み書きが苦手でしてっ……ってぁあ読み仮名書いてありました失礼しましたっっ!!!!」
女子の鞄にしては大きなメッセンジャーバッグのような形のものから、何枚かの紙を取り出す。そのバッグには、見たことのあるマーク。

(あれって……)

「えっ…?りんねちゃんって…執行部…?」
「はっ…はい実は…僭越ながら……今日は、そのっ…仕事で来ましてっ…」
慌ただしく書類以外の物も、鞄から飛び出す。


「仕事…?」
空月が、鞄のシンボルを思い出すのと同時に、クロと暁、いや、教室内の全員が注目した。

「『参宮空月殿。この度は、執行部外部任務課の着任おめでとうございます。この宣言をもちまして、聖ドルイド学園執行部を名乗ることを許可いたします。つきましては─』」




『ガヴンの学徒部隊に所属している』

ああ、そうだ思い出した。一番最初に聖夜と出会った夜に、彼女が警察手帳のように出した、あのマークだ。思い出せたことに満足し、"卒園式の卒業証書授与"のようなものの内容を聞いていなかった。それに、分からぬ単語を並べられても、解せる訳がない。尋ねようと、クロを見ると、さっき以上にあんぐりと開いた口。

「らっ…空月が執行部ぅうう!?!?」
気付けば、クラスメート全員、いや、廊下にいた生徒までもが、自分を見ている。


「どういうことだ?」
「執行部の奴が直々に推薦ってことか?」
「魔法も使えないのに?」
「誰が…?」
「ってゆーか外部任務課って言わなかったか?」
「アレって中等部で好成績残さなきゃなれないんじゃなかったっけ?」


疑問符が、全て本人である空月にぶつかる。脳内の混沌状態に輪を掛けるように、周囲の小声が怒号で掻き消される。


「女ぁぁああぁあ!!!!」

いや、怒号だけではない。椅子が、影も追えぬほどの速さで目の前を掠り、大破した。
声の主を見れば、たまたま(空月にとってはタイミング悪く)この騒ぎと同時に教室に到着したらしい、先日の"ヤンキー"が。


「コイツが外部課だとッ!?…どういうことだ!?!?」
暁のソニックライズに負けぬほどの圧力に、ひ、と短い悲鳴でもって怯えるりんね。

「ぁあぁあのっ…わっ…私はっ…"脚"としての仕事をっ……ですね─」
「ンなこたぁ聞いてねェんだよ!!俺が聞きてェのは、"なんでこんな実績もないヒヨっ子が外部課なのか"ってことだ!!!!」
退くよりも早く、ヨゼが詰め寄り、りんねよりも上から睨みつける。

「しょっ……詳細は…私は知らなくて…その、」
負けじと、見上げるりんねに、周囲は生唾を飲むばかりであった。すると、それが気に入らないのか、ピクリ、と隠れた左眉が動き、次の瞬間、無音後に、傍らの壁に左拳でひびを刻んでいた。

「運ぶしか脳がねェ癖にごちゃごちゃうるせェ!!知らねェならさっさとテメェんとこのボス呼んで来い!!」
誰もが、乱闘になるのでは、と退避を考えていた中、当人は、別のことを思っていた。
す、と静かに間に入る。

「さ、…んぐう…君……」
震えながらも、毅然としていた少女が、"ある言葉"によって緩んだ涙腺を見逃さなかったから。


「文句があるのは俺だろ?…あと、謝れよ」
「……あ"?」
「稗乃に謝れって言ったんだよ」
空月には、"脚"が何を指すのか分からない。だが、ヨゼがそのことを侮辱したことは分かった。空月にとっては、それだけ分かっていれば、例えさっき会ったばかりだろうが、庇う理由に成り得た。何より、彼女の悲しそうな顔に居てもたってもいられなかったのだ。


「お前がどれだけスゴいかとか、稗乃のこととか、全然知らねぇけど、お前だって、同じようなこと言われたら傷つくだろ」
正論で潰された憤りは行き場を失い、拳に込める力が増すばかりであった。緊迫感が更に増し、その場の全員が空月という存在に興味を示した瞬間でもあった。
時間にすれば、数秒だっただろうが、問題児同士の衝突の危機にあったため、何時間、と感じられた。だが、それにもやっと終止符が訪れる。


「そこまでだ!」




ヨゼにも負けぬ大声。緊張の糸が無理矢理切れたため、当人たちでさえ肩が跳ねた。
げ、とその主を見るなり、跳ねた肩をそのまますくめる。

「副かい…ちょうっ」
恐る恐る、空月の背中から覗くように様子見をすると、そこには世話になっている執行部の副リーダーたる存在が。自分のせい、と自責の念にかられ、赤面するが、りんねにしか分からぬように、一瞬微笑む。そして、つり上がった糸目を、問題児二人に、きっ、と向ける。瞳は、二人、大破した椅子、ひびの入った壁に視線が移る。

「これは、どういうことだ?」
再び二人を同時に見るが、両者とも答えない。というのも、ヨゼは最初から答える気はなく、空月はやっと我に返り、焦って言い訳を並べてみるが、どれも説得力に欠けるものであったからだった。


「実は侵入者がさっき入って来たんですよ。副会長」
空月を隠す(正確には空月の表情を)ように、前に出たのは、クロだった。なるほど、その手があったか、と感心しかけた。しかし、

「貴様には聞いておらん!!」
と、登場時のような声で、叱咤されてしまう。情けなくも、小動物のように怯えるクロ。

「や、あの…ですね─」
「仮に、侵入者がいたとしても、何故この二人が睨み合っている?」
説明してみろ、と言わんばかりに顎が上がる。すると、竦んだままかと予想したが、にい、と顔が緩み、急に饒舌になり始めた。


「まずですね窓から入ってきた侵入者を、ヨゼフィーネちゃんが椅子をブン投げまして、その椅子があわやりんねちゃんに激突寸前!!『危ねぇじゃねぇか!!』と空月がりんねちゃんを庇うように間に入りまして、どちらがりんねちゃんを守るかを見つめ合いながら競っていた、という訳なのですよ副会長」
ずいずいと前に前進するので、上がった顎は下がり、避けるように後退してしまう。

「で、では…あの壁はどう言い訳する気─」
「よくぞ聞いてくれました!実は二人が見つめ合いながら、りんねちゃんの騎士となる戦いを繰り広げていた最中、侵入者の残党がまだいまして、それを撃退した名誉あるヒビなのですよこれは!ねー?りんねちゃん」
同意を求め、後方を振り返ると、弾かれたように、返事をする。

「は…はい!!そ、そうなのです!ほ、本当に間一髪でしてっ…その…」
りんねが同意したことで、たった今並べ立てたような言い訳も、反論できなくなってしまい、言葉に窮する。すると、機嫌をとるような、猫撫で声を止め、彼女にしか聞こえないくらいのトーンまで落とす。

「執行部の一人が証言しているのに、状況証拠だけで二人を責めるのは、ちょーっとばかし、横暴じゃありませんかい?」
副会長、と笑顔を添える。もちろん"対女子用"の。あまりの変わりように、目を見開く。

「…な─」
「こんなくだらないことで、しかもみんな見てる中で、執行部の名に泥を塗りいんですか?」

(…こいつッ)

りんねに同意を求めたのも、彼女の性格からして、争いになるくらいなら嘘の証言もするという性格を把握していたからこそ。大勢の前で、わざと雄々しく庇ったのは、執行部の面子を天秤にかけるため。
してやられた、と知った頃には遅く、苦虫を噛みしめるばかりであった。


「参宮空月!」
「ぅえっ!?!?は、はい!!」
「会長が呼んでいる。さっさと執行会室へ行け」

ただ、食えないのは、先ほどの駆け引きも声を大にして言えば良かったのではないか、ということ。あんな付け焼き刃のような言い訳を認めることで、『執行部の寛容さ』の方が目立つ。"悪役"になる気だったが、とんだ拍子抜けだ。どちらにしろ、自分が一杯食わされたことは、いただけない話だが。

話題の人物が、うまくいったことに、人知れず胸を撫で下ろしていたのは、勿論視界にも入らない。


図ったかのように、チャイムが鳴り、各々が教室に戻り始めた。クロが、後片付けを人差し指のみで済ませていると、納得行かない一人が、食ってかかる。


「テメェ…どういうつもりだ!!」
大して驚きもせず、掴まれた襟をそのままに。

「どういうって?さっきの?」
「それ以外に何があんだよ!」
苛つく声は、また教室に響く。


「何?庇ってほしくなかった?ヨゼフィーネちゃん」
むしろ、脅すように胸倉を掴んだ手にそっと自分のそれを重ね、さらに顔を近づける。

「き、気色悪ィ呼び方すんなっ!!」
意外にも、乙女のように真っ赤になりながら、その手を振り払う。それに、ほくそ笑み、つれないな、と手を左右に広げる。

「じゃ、なんて呼んだらいいのかな?」
「気安くっ…、呼ぶな!!」
「そう?じゃあ俺ずーっとヨゼフィーネちゃんって呼ぶよ?いいの?」
う、と低く唸り、唇を噛みながら睨み上げる。


「…っそうじゃなくてさっきの─」
話を戻そうとすると、遮るようにため息を被せる。


「何が気に入らないのかなー?"俺なんか"に庇われたこと?それとも、"ガヴン"に庇われたこと?」
「っ………」
驚いたように、薄水色の瞳が丸くなる。


「キミさー、空月と似てるよね」
「なに─」
「そんなに敵つくってどーすんの?」
楽しくやろうよ、と終いには肩に手を置くことを許してしまった。どれか(恐らく全部だろう)が気に入らないのか、荒々しくドアを閉め、退出してしまった。

ちょうど入れ違いになるように、ルカが入室する(もしかしたらわざとそのタイミングにしたのかもしれないが)。

「アイツに何言っても無駄だと思うけど?」
後方をすれ違うついでに、一言かける。


「どーかな?なんだかんだ、似た者同士じゃんアイツら」
にこ、と笑ったが、視線を投げるだけで、言葉は返って来なかった。

「それに、近くで見たら、可愛かったし♪」


舌を出し、言ってみたが、見境がないと空月に言われそうだったので、独り言にしておいた。







「…さ、参宮くん!!」
呼び止められ、振り返ると、薄い色素の髪を整えることもなく駆けてきた。

「あのっ…さっきは…」
「え?…あ、弁当?返すのはいつでもいいから─」
気にしないで、と制するように言うと、首を横に振られる。


「そうじゃなくて…あの、」
すると、思い出したようで、急に赤面し始め、口を塞がんばかりに慌てる。

「あ、いや…あれ…は…な、なし!さっきのなし!!むしろなんか巻き込んでごめんつーか」
よく考え直せば、何故あんな恥ずかしいことをしてしまったのか。空月は頻繁にこの類の"後悔"というものをしてしまう。"すれば良かった"という後悔よりも圧倒的に。
羞恥心により様子がおかしくなった空月に、りんねは思わず笑う。


「えと、…じゃあ"ありがとうございます"。…とっても嬉しかったから…」
お礼を言いたくて、と無邪気な笑顔を見せた。種類的には、暁に似ている。ああ、やっぱり、この子は"こういう顔"が一番似合う、と再認識した。

「空月…でいいよ。俺もりんねちゃんでいい?」
「え?あ、はい!!…じゃなくて、うん!」
和やかな雰囲気に、一つの咳払いが投下される。またも妙なタイミングでの登場だったので、反射的に身を固めてしまった。


「あ、あのっ…副会長っ…」
会話の内容から、先ほどの"嘘"がバレてしまったかと、おろおろとする。("アレ"で突き通ってると思っている辺り、りんねの純粋さが伺える)

「…りんね」
「…は、はい」
「参宮に渡すものは、アレで全部だったか?」
「……え?」

急いで後ろにぶら下げた鞄を漁る。指摘通りであることと、その"もの"の重要性から、目に水膜を張りながら謝り倒す。

「ごっ…ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!こ、こんな重要なものをっ…ぁぁああぁあ私いつもこうでっ…本当にすいませんんん!!」
「いや、あの…いいよそんな謝んないで…」

また、咳払い。どうやら癖らしい。


「りんね…次は、移動教室だと言ってなかったか?」
「えっ……………ぁぁああぁあちち遅刻っ」

失礼します、と挨拶だけは忘れず、爆発を起こして去ってしまった。残ったのは、オレンジ色の煙が辺りを濁しているだけ。どうやらこの方法で、1-Bの教室を移動したらしい。他に方法がないのだろうか、とりんねの身を心配していると、ふと気付く。

「あ"あ"!!つーか俺も授業じゃん!!」
「貴様の許可なら既にとってある」

ついて来い、と先導する。口調的に、聖夜を思い出すが、目つきの問題もあり、それよりもややキツい印象を受ける。
ああ、それよりも、この居心地の悪さと言ったら…。原因は分かっている。だが、このもやもやした気持ちを解決すると同時に、数人に多大なる迷惑をかける。

「あ、あのっ!!」
「なんだ」

文句でもあるのか、と一層目をつり上げる。


「スイマセン!!さっきの嘘なんス!ごめんなさい!!」
てっきり、もっと別のものであるかと予想したため、睨む筈の瞳を丸くする。


「…ハ?」
「…あ、いや‥だから…さっきの…侵入者とかじゃなくて、その、俺が喧嘩売ったんス…ホントすいません!!」

何を、言い始めるのかこの男。せっかく彼の友人が、誰も被害を被ることのないように鮮やかに避わしたというのに。いや、それよりも、りんね同様、先程のやりとりで"通った"と思っていたのか。
今ならば理解が出来る。この男の無謀さ。自分が納得する形でなければならないのだ。いや、そう行動してしまう、と言ってもいい。そこに自分以外の者を巻き込まないような配慮はあるが、それは彼なりの優しさだろう。

「……以後、気をつけろ」

本来ならば、執行部として自覚を持たせるくらいの意気込みで叱るところだが、何か拍子抜けしてしまった。呆れたのだろうか。未知な種類の性格は、混乱を呼んだ。
今度は、ありがとうございます、と顔を綻ばせ、また一礼する。


「…あ、あの…つーか、なんで俺…その執行部?に選ばれたんスか…?」
疑問符を付ける辺り、事の重大さが分かっていない様子だった。それはそうか。
転校生且つ、人間であれば、"ガヴン"の組織図も解らないのも納得できる。


「その説明は、会長から聞け」
ピタリ、止まったかと思うと、校長室とは正反対な色をした扉の前であった。上を見上げると、『執行会室』と。


「コードネーム ヴォルザンディ。鉄 虎白」
「ハイハイどぉーぞぉ」
間の抜けた声が返ってくる。それに若干の苛立ちを感じたのか、舌打ちを。遅れないように、慌ててついて行き、順序がバラバラになったが挨拶をする。

「あ、し、失礼します!!」
「えー、失礼しないでよー」
「ハ?」
パ、と面を上げると、声の主は、立派な机に頬杖をつき、自分を見つめている。

自前の金髪は窓からの光を規則正しく反射させていた。その髪も、クルクルしてはいるが、本人にとてもよく似合っている。顔は、女顔で、髪を伸ばしたら、きっと間違えてしまうだろう。人形のように長い睫毛が、音をさせるくらい瞬きを2・3回し、にこっ、と微笑む。

「冗談だよー。何つっ立ってんの?入って入ってー!!お菓子とかあるよー。紅茶飲む?それともコーヒー?煎茶?なんでもあるよー」
「…えっ…えと、…じゃあ紅─」
「ん"ん"!!」
例の咳払いで急いで紅茶という単語を引っ込める。

「こちらが、アルベルト会長だ。会長、彼が参宮空月だ」
軍人のように背をピンと張り、紹介され、どうも、と曖昧に礼をする。


「うん。見れば分かるよ。だって彼目立つしー」
ボリボリと、上品の欠片もなくクッキーを頬張る。片手にはいつの間にか、クッキー缶が。
彼女の前で、そんなふざけたことが出来るなど、余程度胸があり、権限もあるのか。

虎白が開いた手を伏せ、バッ、と前に出し、奪うような仕草を空中ですると、クッキー缶は戸棚に戻ってしまった。


「威厳がない!!」

ひ、と思わず肩が跳ねる。自分に言われてないのは分かっていても、声の大きさ、ドスの効き方が、並みではない。細身な体のどこからそんな声を出しているのか。


「そんなことだから馬鹿にされるのだ!一体いつになったら執行部の長としての自覚が─」
「長?なんか長老みたいだねー」
ケタケタと笑い始め、こちらからは血管の切れる音が、聞こえた。
ついてしまった防衛反応に従い、(本当は耳を塞いでいたかったが)先に肩を強ばらせた。


「ッアル─」
「ねぇ、こーちゃん」
椅子に深々と座っていた筈の人間が、既に彼女の声を遮れるほどの至近距離にいた。
驚いた虎白は、逃げ場のない壁に仰け反るように距離をとる。しかし、そんな彼女にさらに近付き、右手は、腰に。左手は顎に。

「お願いしてた企画書のヤツ…先にヒルザ先生に通しておいてくれない?」
手の甲にキスでもしそうな雰囲気に、こちらが紅潮してしまう。あの男気溢れる虎白でさえ、お姫様に見えてしまうのだから、彼の眉目秀麗さを実感してしまう。

「…、しかしアレはまだ─」
「心配ならこーちゃんが目通して、直してくれて構わないから、ね?」
突然の行動には驚いたが、本意を理解すると、表情をひきつらせる。


「『だから、今すぐ出ていけ』と…?」
「ヤだな、妬いてるの?彼に」
今度は、踊るようにクルクル回転したかと思ったら、空月の胸板に顔を埋めている。近くに来てやっと理解したが、やはり女子のような体型をしていた。


「そうだよね、帰ってきて"楽しいパーティー"でもやってたら、こーちゃん気まずいもんねー」
「っっか、勝手にやってろ!!」
「安心してよ。そしたらこーちゃんも混ぜてあげ─……あー行っちゃったー」
怪しげな会話を展開しかけたが、付き合ってられない、と移動してしまった。


「…さて、と」
ピタリとくっつけた身体をそのままに、空月を見上げる。まるで、甘えるように、誘うように。

「…始める?」
綺麗に上がる口角に、一瞬性別を忘れてしまい、かあ、と音をたてて赤面した。


「ちょ、あ、あぁああの俺そのっ」

不格好にその大きな図体をよろめかせながら後退する。すると、腹を抱えて、ゲラゲラと笑われてしまった(先程からこの男、顔の割に仕草に品がない)。

「ダッハハハハハハ!!君ってさいこー!!」

一通り小馬鹿にしたように笑うのを終えると、広く、真っ黒なソファーに思いっ切りダイブした。呆けていると、座れと促される。自分が上品だとは思わないが、少なくとも落ち着きはあると自負している。しかし、この男、なんというか、年齢相応の立ち居振る舞いをしない。整った顔とのギャップに違和感を覚えながら、勧められるままな、菓子をつまんだ。

(黙ってりゃ女みたいなのに…)

勿体ない、とまた勧められるままに紅茶を啜った。



「ってゆーかさ、君ヨゼフィーネのパンチ効かないってほんとー?どんな身体してんの?ほんとに人間?」
ペラペラと実母に負けぬようなマシンガントークから、一つの単語が眉間を貫いた。


「─…あ、あのっ」
自分で声を張ったつもりはないものの、意志に反して、遮った音は室内を反響した。
頬にクッキーの欠片をくっつけたまま固まるアルベルト。

「…なになに?ヨゼフィーネ?気になるの?あ、分かった!!恋しちゃったかんじー?」
調子は変えず、茶化すように指を差した。しかし、そんな彼に付き合える程、余裕もなく。

「いやっ…そうじゃなくて、その…なんで…」
なんで、あんなにも目の敵にされたのだろうか。屋上で会った時は、"誰でも良かった"といったかんじだった。
けれど、先刻のは、明らかに自分に敵意が向けられていた。

『俺が聞きてェのは、"なんでこんな実績もないヒヨっ子が外部課なのか"ってことだ!!!!』

『知っているのと、知らずにいるのは、違うからな』



出来ることなら、知りたい。理由も分からず、"あんな瞳"で見られるのは、もう嫌だった。



「んーまずね、彼女はガヴンじゃない」
口の端についたクッキーをペロリと舐め、白くて細い人差し指を一本立てた。

「ヴァルキリーってゆって、ガヴンと相対する組織の出身なんだ、彼女」
元々は、一つの組織だったが、と小声で付け加える。

「まあ、昔話は置いといて。とにかく今は、ガヴンとヴァルキリーは最も近くて遠い、敵よりも敵らしい味方なんだ」


背反する単語の羅列に、空月が困惑したので、指でそのままくるくると円を描いた。

「簡単にゆったら、僕らの属するガヴンとヴァルキリーは、思想が違うんだ。"分かり合えない"んだよ。何百年経った今でもね」
水と油、といったところだろうか。空月なりに納得しようと思考をフル回転させる。


「そんな彼女が、何故このガヴン育成機関にいるか。それはね、憧れてる人がいるんだ。この学園に」
見当もつかなかったが、そんな理由だったとは。彼女をまだよく知らないが、なんとなく"彼女らしい"とさえ思ってしまう。


「まあ、それは誰かってのは、追い追い分かるよ…フフッ」
悪戯っ子のように微笑み、先を急ぐ。


「と、ゆっても、モチロン、ヴァルキリーは黙っちゃいない!!なんてったって、大嫌いで大きらいで大キライな、ガヴンに行くってゆーんだからねっ!」
国境を越えられないような時代に生まれてない空月からしたら、それは想像も出来ないもの。やはり魔界とは"異世界"であった。


「そんな時!!周囲の反対を押し切ってまでガヴンに来たのは、何が彼女を支えていたと思う?」
ズイ、と指を押し出し、鼻の頭近くまで突き出す。

「…そ、その憧れてた…人のせい…ッスか?」
弱々しく答えると、不正解、と三角の形をした光を空月に直撃させた(大して痛くはなかったが)。

「半分正解で半分間違い!確かにその人が原因でもあるし、もう一人の憧れの人も、ヴァルキリーでありながらこの学園にいたってことも、彼女からしたら原因なのかもしれないねぇ〜」
だが残念ながら違う、と首を振る。楽しそうに上がった口角から、またも"彼女らしい"答えが飛び出した。


「彼女自身の誇りさ」
「…誇り?」
「もっちろん、それは生まれのヴァルキリーに起因するものであるかもしれない!でもね、僕はこう思うんだ。彼女は"自分という存在に誇りを持っている"んじゃないかってねー」
もし、彼の言うとおりであるならば、なんて気高いのか。一匹狼を貫き通せるだけのことはある。

(すげぇ…)

素直に、そう思った。

「がしかし!!そんな彼女が、自分がしょっちゅう取り上げられてる『外部任務証』を、ヒヨッ子ちゃんに簡っ単に許可されてみなよ?そりゃームカつくよー♪」
「外部…任務証…?」
無かった筈の手の平に、それを出してみせる。


「天万サンが持ってたっしょ?」
「これって…な─」
「よーするにぃー、『お外でお仕事していーですよー』って証し!!ヨゼフィーネちゃんは、乱闘騒ぎでよく剥奪されちゃうんだよねー」
困った困った、とため息を漏らす。


『ヨゼフィーネは、この学園の寮生で、よく問題を起こす。喧嘩などの騒ぎは、大抵彼女が中心人物だからな』

ああ、そんなことも言っていた。



「ヴァルキリーにとって、戦いは神聖なものであり、カーニバルであり、自己表現でもある。その戦いの機会が減るのは、フラストレーションの元だよね〜。そうやってまた喧嘩するんだから、剥奪なんかしなきゃいいと思わなーい?」
虎白に言ってやってくれ、とローテーブルに身を乗り出すが、空月はそれ所ではなかった。顔色が青くさえなっている。


「ねぇ〜空月クン聞いてるー?」
「ぁぁあぁあああ俺っ…なんも知らねーで……ぅわぁぁぁあぁあああヤバい恥ずかしいしダセェし…もう死にたいっ…」
「………どったの?」
あまりに様子がおかしかったので隣に移動する。そして、やっと自分が会室にいて、会長が心配そうに覗いていることに気付く。


「うわっ!?!?…えっ…いや、その…」
「なんかやらかしたみたいにゆってたけど………」

『お前だって、同じようなこと言われたら傷つくだろ』

「……‥─のにしちまって、」
「はい?」
バッ、と立ち上がり、長い上半身を振り下ろすように勢いよく礼をした。

「スイマセン会長っ…あ、あのっ……ちょっと俺、謝ってきます!!!!」
「へ?…え、ちょっと、今?それ困るよー。こーちゃんに怒られ─…足早いなーもー」
止める気がないのか、動く気もないのか、手すらのばさず、座ったまま呆れる。

「おアツい人だなー空月クンはー」
クッキーを歯で砕く。

「おアツい人は、キライじゃないけど、損するよー?」

黒い言葉と一緒に飲み込んだ。







先日の乱闘で、形を変えた筈のフェンスが、元に戻っている。門衛が直したのかもしれないが、今のヨゼフィーネには、どうでもよかった。


『謝れよ』

真っ直ぐな瞳。

『それとも、"ガヴン"に庇われたこと?』

鏡みたいなヤツ。


軋む音が、口内でした。


「─んどくせェ…」
ルカの口癖が移ったことにも気付いていなかった。

「うざってェ!!」
フェンスが曲がる。

「めんどくせェ!!」
曲がる。
 
「ざけんな!」
曲がる。


どんなにフェンスを曲げようと、蔑む聴衆もいなければ、怒る存在もいない。
ヨゼフィーネ本人は、分かっていた。誰よりも。

幼稚な破壊衝動のままに、物に当たり散らしている醜悪さも、それを止められない自分も、それに気付いた頃に味わう喪失感も。
拳を振り上げ、遠慮なしに振り下ろせば、さらにフェンスが曲がるのも、分かっている。子供でも分かることだ。
それをせずにはいられない。そんな自分が嫌だった。

いや違う。ここの連中が、"そうさせている"のだ。野蛮だと、罵る奴らが悪い。
弱い癖に、群れている奴らが悪い。


いつもならそう処理出来るものの、今回ばかりは違った。いや、処理出来ないからこそ、らしくもない問答を繰り広げているのだ。出口の見えないものは、嫌いだった。息がつまるから。

喉に手をかけようとした。


「あっ…いた!!」

ぼやける視界が少しずつクリアになり、自分と同じ金髪が、睨み合っていたのを忘れたかのような笑顔で、こちらに駆けてくる。

「お前ほんっと屋上好きだなー!」
今更、何を話すことがあるのか。嫌な予感が的中する前に、立ち去りたかった。


「あ、おいっ」
息苦しい。

つまる。息が、出 来 な い。


「おいってば!」


  苦しい。  苦しい。  苦しい。


肩を掴まれ、静止せざるを得ない状態になる。


「シカトすんなって!!ちょっと話─」
「るせェ!!」


まだ、足りないとでも言うのか。

「『さっきのは俺が悪かった』って言えば満足かよ!?!?」

罵倒し足りないなんて。


「テメェらの仲良しごっこは気色悪ィんだよ!!」

なんてイヤナヤツなんだ。






「……わかったら、早く失せ…ろ、」
自分を鏡のように真っ直ぐ映していた瞳に、水膜が張り、一気に溢れ出す。


「……ハ?な、に─」
「…ょくわるっ……てゆーな、よぉぉおぉおお!!!!

終いには、涙をボロボロこぼしながら怒鳴る。


「つーかっ…さっきのは俺がっ…悪かったしっ……アンタだけっ…なんかわるものみてぇにっ…しちまっだがら゛っ……謝りたかったっ……だけな゛の゛に゛っ……気色悪いとかっ…なんでっ…ゆ゛っ…」

怒っているのか、泣いているのか、ハッキリしてほしいものだ。しゃっくりまで始めてしまった。


「お…お前男だろ!?!?泣くなよバカか!?!?」
「だっでよ゛ぉ…う゛っ…」
収拾がつかない。いや、その前にどう扱ったらいいのか。


「おまえは…悪くねぇだろ…アレは─‥」

『運ぶしか脳がねぇくせに─』

己が、考えなしに吐いた台詞のせい。同じようなことを言われれば、それこそ半殺しにしただろうに。



「俺が─」
「い゛やっ!!俺がわるいっ!」
ガシリ、と両肩とも掴まれてしっかり固定される。

「俺がなんかあんなことゆわなきゃ良かったんだぁあ!!俺が悪いんだよそういうことにしてくれ!」
「……ふっ、」
「ふ?」
「ざけんなぁぁぁあぁあああ!!」

接近してきた顔に、額を思いっ切りぶつけてやる。


「さっきから聞いてりゃあ、一人で勝手なことぬかしやがって!!そういうことにしろだぁあ!?!?俺が─」
どんな気持ちで、と続けそうになるのに気付き、言葉を飲み込む。バレてしまったか、と盗み見ると、涙の跡を残したまま、へらっ、と笑っている。


「じゃあ、お互い半分でいいか!?」
「は、んぶん?」
「おう!最近考えたんだけどよ!!半分にすればちょうどよくね!?俺頭いいだろー!!!!」
そんな、ケーキを分け合っているのではないというのに。


「ふざけんなよ。そしたらお前1割だけだ」
「ハ!?!?せめて4割くらい─」
「だからっ……あーもういい」
諦めたように、脱力する。面倒というより、不可解な男だ。


肩にかけた手の力が緩んだので、足早に立ち去ろうとする。

また引き止められるかと思ったが、追いかけてきたのは空月ではなかった。



「…………?」
パシッと、キャッチしたものを見る。


「牛乳!!カルシウムとるとイライラしなくなるんだってよ!」
振り返り、表情を見ると、無邪気に笑っている。

「なんだかんだで、ヨゼって優しいーよな!!」
初めて呼ばれた名前と、後半の自分を形容したものに、恥ずかしくなり、頬を紅潮させてしまった。隠すように、ジュースを投げつけようとする。


「ちょ、ま、待った!!牛乳はいらん!しょ、諸事情により飲めんからっ!」
ピーマンを嫌う子供みたいに拒否する。泣いたり、怒鳴ったり、忙しい奴だ。


「………ばーか」

もう表情は見なかったが、多分、屈託なく、笑っていたと思う。


「変なやつ…」


文句を垂れるために、吸った空気は、素直に肺に収まった。




他者が相容れぬならそれもいいだろう。

孤独に耐えうるというのなら、それもいい。



でも、


では、

私と


はんぶんこしませんか?

half&half

一人よりは幾分か楽でしょう?



よくわからない生徒会のようなものに入れられてしまいましたね。
そして少しだけヨゼフィーネと仲良くなったようなそうでもないような。

相関図