By my side


knight ...09

By my side

共にいることを望み、
共に歩むことができ、

それでもまだ

「足りぬ」と言えば、

愛など、ただの言葉であると

By my side





「なるほど、ガヴィダの商品でしたか」
「道理で門衛のチェックも通る筈…ですね」

青と茶の瞳の4つが自分を見降ろす。なんという体たらくだろうか。よりによって、自分が平伏しているなどと、生まれてこのかた、想像もしなかった。

室内にある家具は一通り白く、観葉植物の青さがより映えて見える。この香りはなんだろうか。花など詳しくはなく、ただ良い香りを放つもの、としか認識していなかった。それに、そんな余裕もなかった。
両の手は後ろに拘束され、脚も何かが巻きついていて、まるで簀巻き状態である。屈辱的な状況と、脱出できない居心地の悪さが相成って、試しに喚き散らしてみる。すると、驚いた素振りは一切なく、四角い机の向こうから、いつもより低い声が返ってくる。

「ヒルザ先生…私、うるさい方って嫌いですわ」
「…はい」

後方からは、嫌そうに了解、と何か呟き、唯一自由であった口も塞がれてしまう。
カツン、とヒール音が響く。普段から長いスカートを穿いている彼女は、どんな靴を履いているの分からなかったが、妙に、その音が死刑執行人のような、冷徹さを含ませていた。

「良いですこと?ここでは貴方は声を出さなくてけっこうですわ。"理解"してくださればそれだけで良いのです。分かりましたね?火辰の勒風さん」






「清先生…あ、あの…わ、私が…私がついて来て欲しいって…そう言ったんですっ…だからっ」
ポロポロと零れた涙は、一つひとつが光を放ち、星屑のようだった。それは心愛の種族のせいかは定かではなかったし、そんなものに見惚れている場合でもなかった。

「心愛、落ち着いて…今校長達が話しあってるから、な?」

実際、"話し合い"などという穏便なものではないだろう。きっと"彼"は暴れるだろうし、その彼に対して、嫌そうに一方的に黙らせる彼女も目に浮かぶ。心愛をなだめるために使っていた片手で頭を乱暴に掻いた。どうしたものか、と。

この事件は、なんとも"タイミング悪く"起きた。心愛が、高等部に上がってから、お世辞にも可愛いとは言い難いぬいぐるみを持つようになった。外見からして、彼女がそういった類のものを持つことは、別に似合わないことはない。持っていても不思議ではない。声を発することも、魔界では常であった。ただ、問題は、そのテディベアに『羽根』が生えることであった。もちろん、心愛がそういった魔法をかけたかもしれない。
そう言われれば納得もできる。ただ、見逃さぬ者がいた。

キルスティ=E=リンドロース、その人である。運悪く、彼女が『外』への用事に校内から出ようとした際、不細工なテディベアは、羽根を生やし、心愛の髪を引っ張っていたのだ。
「まあ、可愛らしいぬいぐるみさんね」と近寄る校長に、明らかに怯える心愛。お構いなしに「見せて下さる?」と更に近づき、ぬいぐるみが宙で固まる。来い、と人差し指のみ動かし、ぬいぐるみが彼女の前まで来る。指で何か文字のようなものを綴った途端、閃光が走り、"本来の姿"に戻ってしまったのだ。そして、今まさに、"彼"の処遇を決めているのだった。




「ショックですわ、ええ…本当に」

その割には、声に落胆さはなく、格好だけ頬に手を添えているだけであった。

「先日の刺客の件で、チェックは厳しくしていたつもりでしたが…本当に、心外ですわ」
何に対してだろうか。彼女がショックを受ける(口ではそう言っている)ことは極稀であり、どちらかと言えば"怒っている"ようであった。感情は表には出さないものの、仕事仲間として付き合っていれば、少しくらいの起伏は理解できる。

「んー!んんー!」

前に転がる大男は、開かぬ口を開けようと、必死に何かを訴える。男は全長2メートルは越えており、服の上からでも分かるくらいに筋骨隆々だった。髪は紫黒色と薄紫の2色からなり、見事に中心だけが濃い色になっている。薄紫色の髪のところは少し短くなっていて、頭部に彫られた刺青が見える。左側のその刺青から繋がるようにして顔の左側まで続いている。きつい目つきを強調するように。歯は下顎の犬歯が常人より長く、尖っている。獣染みた外見通りの低い声で唸るように何かを訴えて続けた。

「困りましたわ…保護者という立場である貴方が、まさか、"一緒に登校"なさってる、だなんて…」
チラリと帽子の鍔から覗いた瞳に負け、男は声を出すことを諦めた。

「しかも、これは立派な"侵入"ではありませんこと?ねえ、火辰の勒風さん」

せっかく人が苦労して口を閉じたというのに、軽々とそれを解いてしまう。やっと口から息が吸えるようになり、若干咳き込みながら、息をたんまり吸う。
ああ、だから言わんこっちゃない…
身構えるように即座に耳を塞ぐ。

テメェー…!?」

すると、出だし2文字くらいで爆音は遮られ、また先ほどと同じようにくぐもった声に戻ってしまう。

「良いですこと?一つ、そんなに大きな声をお出しにならなくても、聞こえていますわ。二つ、貴方にもう一度だけ、"弁解"のチャンスを与えます。個人的には、その機会を失わない方が、得策かと…ご理解いただけましたか?」

にっこり、と。自分の運びやすい方へと誘導していく。そして、再び、彼の口を自由にしてみせる。自由になった口で、ギリギリと歯が軋むほどに我慢をしている。どうやら大声を出すのは、いつものことらしい。

「一つ言わせてもらうが…俺はココアの保護者じゃねぇ!これでも俺ァなぁ…アイツとそう年の差はねぇんだよ!」
分かったか!と胸を張るように顔を上げる(大して上がってないが)。

「貴方の弁解はそれで終了でよろしいのですか?」
悠々と、指を組みながらそこに顎を乗せる。その様子に、また塞がれては困る、と慌てて否定をする。

「違ェ!…いや、違う訳じゃねぇが…だ、第一!なんでココアがナイトクラスなんだよ!?」
「あら、ご存じなかったのですか?」
「残念ながら存じてねぇんだよこれが!」
「まあまあ、それは彼女がいけませんわね…」
「だろ!?俺に黙って…高等部でいきなりナイトクラスに変えるなんて…」

校長の白々しい共感の仕方でさえも理解できぬほどに、怒り狂っている。まるでその時を思い出したように。しかし、それも束の間、

「しかし、今の貴方を見ていますと、貴方に知らせない方が利口だと、私は思いますがね…」
「ああ!?」
俺のどこが、と今度は逆に男が心外だ、と声を荒げる。

「まあ、おおよそは経緯が分かりましたわ」
まだ話は終わっていないが、思ったよりも彼女がこの男に"飽きる"事の方が早かったらしく、自分でまとめに入り始めた。

「知らせていなかったことに激怒し、貴方もついて行くと主張。彼女はもちろん断りましたが、隠していたことへの罪悪感から断れず、今に至る、と」
付け足すことはないか、と最終確認をする。

「ちょっと待てゴルァ!俺が"無理やりついて来た"みてぇじゃねぇか!」

この男、火辰の勒風と異名を持つほどの者であり、"現役"の頃は風の噂だが、色々と聞いてはいた。功績を上げながらも、何故昇級しないのかと言えば、その素行にあった。気に入らないことがあれば上司だろうと殴りつける。命令違反など日常茶飯事。こんな男が自己主張もままならない心愛の言うことを聞くだろうか。いいや、聞かないだろう。誰がどう見ても、"無理やりついてきた"この答えになるのは必至であった。

「でもおかしいですわねぇ…中等部までは、こんなこと…確か、一度もありませんでしたわ」
低血圧のような、ふーと溜め息を吐いてみせ、チラ、と勒風を見る。

「あったりめぇだろ!魔女クラスとナイトクラスじゃあ、野郎どもの数が違―」
怒りとは、判断を鈍らせるものなのだな、と人事ながら、身に染みた。勒風は血管が切れそうなほどの勢いがなくなり、代わりに顔をみるみる紅潮させ、小刻みに揺れてさえいる。

「男女比が、何なのです?」
ああ、読めた。彼女、やはり相当怒っているようだ。『外』への用事もキャンセルし、じっくりと話す理由は、やり場のない怒りをこの男にぶつけるためだったのだ。そんなにも、自分の鉄壁を超えたことが"心外"だったようだ。

「あ……う……」
ぱくぱくと金魚のように口を開け閉めし、真っ赤な顔は燃え上がるようにさらに赤くなる。

「確かに、ナイトクラスは男子生徒が多いですわ…一体それと、心愛さんがそのクラスに通うことと、何か関係が?」

大ありだろう。彼の代わりに俺が答えよう。目に入れても痛くないくらい溺愛している心愛が、ナイトクラスで編成されている男子ばかりの西校舎に通おうものなら、体を張って止めに行く。何故か。そんなもの、ありきたりだが、"愛"故に、だ。勒風がもしも、その事情を声高らかに「愛しているからだ」と答えられるようなすけこましであれば、校長も別のルートで彼を陥れたかもしれない。だが、勒風は違った。あんなにも俺様風を吹かせておきながら、一度たりとも"愛"などとは公言はしない。いや、性格上できないのだ。それを知っていて、こうも恥さらしの状態を作りあげるとは、彼女を怒らせていいことがない、と痛感した。

「うっ…そ、その……これはっ…アイツの、…な、ナイトとしての…そのっ…」
耳を澄まさなければならないくらい、小さな声で言い訳をし始める始末。正直、もう見てられない。

「まあ、"初めてのナイトクラス"ですし、心愛も緊張するでしょう」
さすがにこんな大柄な男の真っ赤な顔でおろおろ狼狽する姿を長い時間見ることは耐えきれず、助け船を出すことに。

「そ、そう!それだ!おまえたまにはいいこと言うな!」
「そりゃどうも…」
うれしそうに顔だけこちらに向け、礼のようなものを言う。
怒りの矛先が自分に向かうかもしれない、と思ったが、以外にも彼女は引き下がった(もしかしたらもう十分楽しんだのかもしれない)。

「そうですね…それは貴方としても不安でしょう…分かりましたわ」

しかし、俺は侮っていた。

「このまま、一緒に登校することについて、許可したいと思います」

彼女の、打算的な性格を。そして何より、

「ただし、条件があります」

恐ろしさを。







「万歳してみ?そうそう…ああ、ピッタリだな。よかったよかった」

着付け師のように、身を屈め、服のサイズをチェックするクロノス。前回の測定時にはブカブカだった暁のジャージは、発注し直し、今日やっと届いたと言う。

「間に合って良かったなほんと」
そう、今日この日はいつもと違った。まるで、体育祭でもあるかのように、全員ジャージに着替え、なんとなくはしゃいでいる連中が多い。

「天気いいのはいいけど…飯の後とかだりぃなぁー…」
なあ?と振り返ると、嬉しさが顔からはみ出し、言われてもいない伸脚を自ら始めている空月がいた。

「え?ああ、天気いいよな!ほんと良かったよな!うん!」
"天気"という単語しか耳に入らぬほど、嬉しいのだろう、ということが手に取るように分かる。というか単純すぎる。だが、またそこを指摘すると、顔を真っ赤にしながら大声で否定し、周囲を黙らせる、という状況に落ちかねないので、そっとしておくことにしといた。暁はクスクスと笑っている。これではどちらが年下か分からない。

「"実技"の何がそんなに楽しみなんだか…」

溜め息の後、もう一度周囲を見回す。空月ほどではないが、ほぼ全員浮かれている。小説で言えば、プロローグを終え、やっと本章へと突入、と言ったところか。"ガヴンの花形"として植え付けられたナイトのイメージが今まさに彼らの脳内で素晴らしく動いているのだろう。勿論、魔法を駆使して戦う、ということも見栄えとしては良い。だが、男児として生まれ、本能的な攻撃性を活かしたい、と思うのか、ガヴンの男児は何故かナイトを目指す(女性もいるにはいるが少ない)。しかし、彼らの脳内の"花形"は、相当な試練を超え、実戦で生き残っているナイト達であることを忘れている。すなわち、そこへ向かうための授業なのだから、生半可なものではないと予想もできる。だから、先ほどから自分だけ浮かれていないのだ。

「早く終わんねぇかなー」
ぼやくばかりである。

「お前らぁああああ!」
脱力したばかりの肩が跳ねる。この声は…

「もうチャイム鳴ってんだから並んでろ!ガキかテメェらは!!!!」

全員が固まる。何故、"お前"にそんなことを言われなければならないのか、と。
声の主は、ヨゼフィーネだった。こんな乱暴な物言いと、大きな声、それでいて女性的な声は、彼女しかいない。しかし、全員の目が点になっている理由は、彼女の言動だった。"チャイム"、"並べ"…共学でよく見られるシーンに何か似ている。

『男子ちゃんとやってよー』というアレだ。

まるで女の子じゃないか!(嫌味とかそういうものではなく、これは素直な感想だ)と思った矢先に、ベンチにのんびり座っているルカに立てとパンチをくれている(当然のように避けていたが)様子を見て、どうやら熱はないと確信する。


「元気が良いのはいいことだが、授業を始めても?」

いつの間に、いたのだろうか。全員に気付かれずに、既に居たらしい。クロは噂通りの"角"をチラリと見た。真っ白な長髪に所々赤毛が覗いている。二つ在ったであろう角は、左側だけ欠けている。垂れ目ではあるが、瞳はドキっとするほど色っぽい。

聖ドルイド学園は、ガヴン内でも名門校などと言われているが、それは昔の話。最近では、「どうかしてる」と言われるようになった。生徒が、ではない。"教員に黒双鬼"を採用していることだ。

ナイトにすることさえ、その凶暴性により困難とされているはずが、何故この学園で大人しく教員などというものに収まっているかは定かではない。皆、噂にしか聞かない"鬼"を目の前にし、どうして良いのか分からず、固まっている。それはそうだ。それほどまでに"鬼"と住む世界が違いすぎるのだから。しかし、なんと先ほどから様子のおかしい"彼女"が更におかしくなってしまった。


「修羅先生!」

ヨゼフィーネは顔を真っ赤にしながら、まるで恋人を呼ぶように照れながらも、無邪気な子供のように駆け寄るではないか。勿論、クラスメイトはその様子をただ呆然と目で追いかけるだけ。

「フィーネ…ああ、そうか。このクラスだったか」
こちらも、子を迎える親のように、頭を撫で始めた。

「そ、そうです…すいません!コイツらすぐに並ばせます!」
自ら飛びこんでおきながら、近くに来たら、恥ずかしくて目も合わせられないようだ。なんというか…まるで女の子じゃないか!

「あー…そういうことかー」
呑気に背後から、準備体操をし終わったらしい空月が呟く。何がだ、と尋ねると、説明を始める。

「いやさ、この前会長さんにヨゼの尊敬する人がこの学園にいるって聞いたんだけど、あの先生っぽいなー」
「尊敬…てか、恋してるように見えるけどな」
「調子いいんだよこの短髪野郎!」

混乱をさらにかき回した大声は、見覚えのある不細工なぬいぐるみからであった。

「ああ?」

よくも至福のひと時を邪魔してくれたな、と怨みたっぷりに睨むヨゼ。怒りが収まらないのか、ひょい、と持ち上げヤクザも顔負けの凄みを見せる。


「なんだテメェ?」
耳を指でつまみ、そのまま持ち上げたため、情けない悲鳴が響く。

「イデデデデデデデデデ!は、放せぇえええ!!」
「割いて綿出してやる…」
「…あ、あの…」
「あ"?」

今度はなんだ、と引き千切る一歩手前で動作を止め、振り返ると、心愛が潤んだ瞳で見上げている。

「ご、ごめんなさい…勒風ちゃんが邪魔して…あの…」
モゴモゴと小さな声で必死に何かを訴えているようだが、ヨゼは何か面倒になったらしく、舌打ちをし、勒風を乱暴に投げてよこす。

「さて、では本題に入ろうか」
二重人格ではないか、と疑いたくなるくらい、ヨゼだけが元気よく返事をした。





「ルールは簡単。私に一度でも攻撃できたら、今日の授業は終わりだ」



半径1メートルくらいの黒い陣が地面に出来る。その陣の中で、体術の教師である修羅に攻撃が出来れば良いらしい。

「なんだ、思ったより簡単っぽいなー」
阿呆のように空月が言うと、ヨゼに聞こえていたらしく、キッと睨まれる。


「さて、誰から―」
「ハイ!」

言い終わらぬ内に、元気よく手を挙げる。数秒遅れて、空月が挙げようとするが、修羅から指名されたヨゼは勝ち誇ったように空月を見る。完全に対抗意識を燃やしているようだ。

「手合わせとは、違うぞ…本気で来い」
「言われなくてもそうしますよ…」

お互いが位置に着き、構えをする。見ているこちらでさえ生唾を飲む。肌で感じるピリピリとした戦慄。和やかに会話していたのが嘘のようであり、改めて、修羅が鬼であり、ヨゼフィーネがヴァルキリーであることが分かる。温室育ちの見習いガヴンが束になっても敵わない訳だ。

先攻は、ヨゼだった。その場を蹴り、高く空中に舞い、振りかぶったままに拳を下ろす。無駄なく修羅が交わし、地面にはヒビが入るが、すぐに元に戻る。
なるほど、フィールドは常に良好の状態になるようだ。

着地した隙に懐に入り込み、素早く服を掴もうとするが、今度はヨゼが綺麗に避ける。修羅も軽くではあるが反撃するというルールらしい。ということは、反撃も避けつつ、攻撃を当てなければならないことになる。思ったよりも難しそうである。何よりも、生徒のほとんどは感嘆に声を漏らすばかりであった。決まる、と思ったが避わし、次にはもう攻撃が始まっている。両者が本気で殺し合っているのでは、と思うくらいに、急所を狙い続けているが、ヨゼはスポーツをしているみたいに少し笑っている。そう、楽しいのだ。

『ヴァルキリーにとって、戦いは神聖なものであり、カーニバルであり、自己表現でもある』

納得がいく。そうか、こういうことだったのか、と。そうこうしている内に、いつの間にか修羅が円の端に追いやられてしまった。そして、「もらったぁああ!」と嬉しそうに声をあげる。誰もが決まると確信した。ヨゼは右足を思いっきり引いたその時、


「ああ、言い忘れてたが、―」

蹴りが、決まったと全員思った。しかし、追いつかぬほどのスピードでヨゼが円の外に弾き飛ばされている。

「え?」

思わず声を出してしまったのは、空月だけではない。この光景、そう、ルカがヨゼフィーネを蹴り飛ばした衝撃に似ている。あの時はフェンスが曲がっていただけだったが、校舎の壁に激突し、教室1つ分の穴が開いてしまっている。そこは幸いにも倉庫のようなものだったらしく、被害はヨゼ一人。誰もが、修羅の仕業だと思った。それ以外考えられず、容赦のなさに少し反感さえ覚えてしまう。

「言い忘れていたが、"体内に魔玩具などを仕込んでる"奴は、使用するな。この陣の中ではすべて自分に返ってくることになるぞ」
「………………へ?」

体内?仕込む?混乱している空月に、クロが付け加える。

「つまり、暁のソニックライズみたいのは使えないってことだな。使うと、」
ああなる、と顎でヨゼの(土埃でまだ見えないが)方向を指す。
つまりだ。理不尽とも思える攻撃は、"ヨゼの方だった"のだ。いくら授業の一環で、仲が良い相手と言っても、酷いな、と今度は矛先を変えるが、ふと、思いとどまる。

「なあ…」
「ん?」
「つまり、ヨゼは足になんか仕込んでるってことになるよな?」
「そうだな」
「つまりさ、その…この前の、あの屋上での喧嘩でアイツ、俺に蹴りかまそうとした…よな?」
「………そうだな」
「はああああああああああ!?なんだよそれえええええ!?!?なんなの!?アイツそんなに俺のこと嫌いなの!?あんなの食らったら死ぬじゃん!殺す気だったの!?」

ぶつけようのない悲しみと怒りとを、叫びながらクロノスの肩を揺らす。クロとしては、「お前なら死なないよ」と言いたかったが、黙っておくことにした(触らぬ神になんとやらだ)。



「先生、」
空月以外、レベルの高い戦いを見せつけられ、硬直している中、一人静かに手を挙げる者がいた。

「これ終わったらもう帰っていいってことですよね。この後の授業ないし」
「ああ、そういうことになるな。次はお前か?ルカ」
「全員分待つのはくたびれそうだし、先にやらせてもらおうかと。魔玩具以外の使用はいいんですか?」

特に準備運動をする様子もなく、会話をしながら陣内に入ってしまう。

「魔法も使えんよ」
「つまり、魔法と、魔玩具以外、いいってことですね」

修羅は既に構え、臨戦態勢に入っているにも関わらず、首だけ動かし、空月をその瞳に捕えた。


『天万の犬と居たら、メシが不味くなる』

そうだ。思い出した。ルカは確かに冷たい視線を送りながら、そう言った。忌み嫌っているのならば、何故"ヨゼフィーネの蹴りをそのまま空月に受けさせなかった"のか。まるで庇うように、遮った。アレがなければ、空月もただでは済まされなった。その後言ってた誰だったかに怒られるのが面倒だったのだろうか。本当に、それだけだろうか。

空月の巡る考えなど露知らず、ルカは両腕を前に出し、やっと構える。ただ、それは左腕で右腕を隠すようにしていることに気付いたのは、対峙している修羅にしか分からなかった。
そして、そのことに気付いたと同時に、目の前にきらり、と光を反射する"線"が数本舞った。"いつ始まるのだろう"と思っている周囲にとっては残念なことだが、もう"終わっていた"のだ。

「すいません…"髪切る"つもりはなかったんですけど…」
「いや、お見事だ。合格」

にっこり、と答える。ヨゼが吹き飛んだ衝撃よりも大きく、全員があんぐりと口を開けている。




「ルカ、何故"隠す"?」
先ほどの構えについて、ルカだけに聞こえるように言葉を投げかける。

「……騒がれるのも、同情されるのも嫌いなんで、」
「いつまでそうしているつまりだ?」
「いつまででも。出来るならずっと」
迷う様子もなく、決定事項のように、答える。それほどの意志だとでも言いたいように。

「お前には"誇り"がないのか?」
あまりに、年齢に似合わぬほど冷静に答えるものだから、つい意地悪な質問をしてしまう。だが、それに対してさえも、

「ないです。昔も、今も。そしてこれからも」
"決まったことだ"とでも言いたげに。



「空月?お前やんねぇの?」
「……んー、」

生返事を返すばかりの空月は、"何故"という単語でいっぱいだった。もう姿が見えなくなったのに、群青色の瞳を思い出しながら。




状況は、よりシビアになった。ルカ以降、"誰も合格できない"のだ。何人かは挑んでみたが、カウンターを食らったり、焦って魔玩具を使った者など、医務室に運ばれてしまった。

「お前たち、"そんな"ことでは、ナイトへの道はまだまだ遠いぞ?」

皮肉のように聞こえるかもしれないが、修羅は体たらくなこの現状を言っているのではなかった。ヨゼとルカの二人の戦いを見ることで、"無理かもしれない"とみんなが心のどこかで思っているからだ。何故なら、ルカは"髪数本切った"だけで合格をした。しかも、一瞬で。逆に、ヨゼはあんなにも良い線をいっていたのにも関わらず、"髪にすら触れてない"ということになる。つまり、単純計算ではあるが、ヨゼ以上の体術を要求されているようなもの。中等部で基礎は学んでいるものの、いきなりこんな芸当が出来る筈がない。ほとんどの生徒が半ば"諦めている"のだ。

「せ、先生…あの…もう一度…お、お願いします…」

声は小さいが、意志の強さが伝わってくる。ルカが合格して以来、一番多く挑戦しているのは、意外にも心愛だった。丁寧にお願いします、と礼をし、拙いながらも攻撃をしかけ始める。

小さな体ではあるが、身のこなしはナイトを志願するだけあり、人間界では達人クラスまで行くくらいだ。健気な姿に、応援さえしたくなる。しかし、下から嫌味たっぷりに欠伸が聞こえる。

「無駄なんだから、とっとと諦めりゃいいのによ…」
フン、と鼻を鳴らす。ついムッ、としてしまい、声を荒げてしまう。

「お前も応援しろよ!えーと…どろっぷ!」
「ロ ッ プ だ !」
「何っぷでもいいけどさ、結局アンタ心愛ちゃんのなんなの?」
2度挑戦したクロは頬にできた傷をそっと撫で、不機嫌な態度丸出しで尋ねる。

「なんだっていいだろ!」
「まさか…そんな形で"恋人"ですとか言わねぇよな?」
茶化すように指をさしてからかうが、勒風は無様にうろたえてしまった。

「まっ…そ、そんな…そういう…その…アレじゃねぇよ!」
悲劇だ、と額に手を当て、

「早く別れるように説得しようぜ、空月」
わざとらしく空月の肩に手を置く。

「クッ…テメェ餓鬼の分際でッ…このッ!」

ピョンピョンと飛ぶが、届かず、背の低い子が苦労しているパン食い競争状態になっている。その姿があまりに微笑ましかったので、三人で笑っていると、忌々しそうに腕につけている金属製の腕輪を睨む。

「チッ…こいつさえなけりゃ、テメェらなんざ一瞬で食い千切ってやんのによ…」
「なんだそれ?」
「あれ、それって修羅先生もつけてたよな?確か4つくらい…」
「ああ!?!?4つ!?この俺サマが1つでこんな"苦労"してるってのに、あの女4つだと!?」

何が気に食わないのか、今度はその話題に食いつく。

「それなんなんだ?」
再び尋ねると、口を尖らせ、ボソリ、と呟く。

「言いたくねぇ…」
「修羅先生が4つで、コイツが1つってことはなんか実力差みたいなもんってことか?」
「これがなかったら、食い千切るとか言ってたよな?これがなかったら出来るってことは…」
「こ、こら!何勝手に俺サマ差し置いて分析してんだよ!」
慌てて、両手をぶんぶんと見えない雲でもかき消すように振る。


「慌ててるな」
「おう、今めっちゃ慌てたな」
見つめる二人。観念したように、ボソボソと答え始める。

「これは…あのクソ校長につけろって言われたんだよ…心愛に同伴する代わりに、って…」
「へー…それつけると力使えないとか?」
「…あーそうだよ。力どころか、"元の姿"にすら戻れねぇ…忌々しいぜまったく…」

一つの単語に反応する。

「元の姿…?」
まるで、元々こんな姿ではない、とでも言いたげである。

「あったりめぇだろ!俺サマがこんな姿な訳ねぇだろ!!ブチ殺すぞ!!!!」

何がおかしいのか、クロノスと暁が腹を抱えて笑っている。

「え?二人は気付いてたのか?」
素直に疑問をぶつけると、ああそうか、と納得し、涙目で理由を教えてくれる。

「お前にゃ見分けつかないよなー。こっちじゃ、ぬいぐるみも動くけど、"誰かが姿変えてる"時もこうなったりすんだよ」

まー、そのうち違いも分かるだろ、と気にするなと言いたげにポンポンと2回ほど叩く。

「俺ァ、ミックスだから、こうなんだよ…フン」
「みっくす?」
「血が混ざってるってこと。純粋な種族同士の血なら、こうはならない」
「へー…」

血か。そんな考え、今までしたことがなかった。様々な種族がいるとは聞いていたが、色々と事情があるようだ。しかし、今の空月には、そんな種族の特性などよりも、気になっていることがあった。

「お前さ、ココアちゃん止めないのか?」
「はぁ?止める?なんでだよ…」

意味が分からない、と眉間に皺が寄っている。

「だってよ…けっこう怪我してるぜ?お前の言うことなら聞くんじゃねぇの?」

女の子が、しかもあんなにも可愛らしい子に傷が残ったらどうするんだろう。治せるかもしれないが、そういう問題でもない。聖夜の時も感じたが、ああいう子には、戦いなど似合わないように感じた。

「あいつもアレでけっこう頑固だし、聞かねぇだろ。それに、あいつが決めたことだ。俺は口は出さねぇ」
「でも―」

それではあまりに冷たくはないか、と反論しかけた時、周囲の声がわあ、と盛り上がる。パッと視線を心愛に戻すと、短い悲鳴を上げ、宙に浮いている。いや、こちらに飛んで来ている。方向を確かめると、壁に向かっていっている。
クロノスと勒風が同時に声を上げた時には既に走り出し、飛ばされた心愛と壁を遮るように空月が入り、衝撃はエアバックのようにすべて空月に集中した。

「痛た…あ、ご、ごめんなさい!!」
「…いや、平気平気ー。なんかアレだね。前もこんなことあったなーと思ってさ」
「え、…あ、あの時はっ…その…ありがとうございました…」

前回は勒風が邪魔をしてろくに話せなかったが、なるほど。クロが騒ぐ理由も、勒風が目くじらを立ててまで邪魔をする理由も分かる。確かに、可愛い。
激しく動いていたとは思えないほど、髪が綺麗に光を反射し、栗色が映えている。目はくりっとしており、人形のようにまつ毛が長い。恥ずかしそうに下を俯くことが多いが、よくよく見れば、パーツはすべて整っている。ただ、中学生程度にしか見えぬ外見だが(このまま成長したら、恐らく美人に育つことだろう)。

「あ、あのさ…えーとココアちゃん?」
「え?あ、はいっ」

馴れ馴れしく名前を(しかもちゃん付けで)呼ぶなど、まるでどこかの黒髪スケコマシではないか、と自責の念に駆られたが、会話を続ける。

「あのさ…怪我もしてるし…もう…、って…あ、ごめん俺、参宮空月っての!空月でいいよ」

よろしく、と場違いにも出した手をふわっとした笑顔で答えてくれる。

「あ、はい…えと、私…心愛っていいます…よ、よろしくです…」

"その後、二人は恋に落ちた"と字幕が入りそうなくらい良い雰囲気をブチ壊したのは、例の目の上のたんこぶであった。


「テメェらいつまでストロベリってんだああああああああ」
「へ、変なこと言わないでよ勒風ちゃん…」

顔を紅潮させ、慌てて弁解のようなものをする。少し残念だが、やはりこの二人は恋仲のようだ。

「そうそう、心愛ちゃんには、そんな野獣みたいな奴は似合わないよねー」
またも空月に出し抜かれたクロは、顔を引きつらせながら参戦する。

「あ、俺、クロノス。クロでいいよ。よろしくねココアちゃん」
にこやかに、爽やかに起こすために手を差し伸べる。遠慮がちにその手を掴み、立ち上がると、ペコッと一礼し、また修羅の元へ向かう。
先ほど言いかけたことを伝えようと、あ、と声を出すが、意外な人物に被せられる。


「もう止めたらどうだ?」

あんなにも傍観者を気取っていた勒風だった。少し、ショックを受けたような顔をして振りかえる。

「もう分かっただろ。お前にゃ無理だ」
「そ、そんなこと…やってみなきゃ…」
「何度やっても同じだ。お前に"ナイト"の真似ごとなんざ、できやしねぇんだよ」
「……で、でもっ…」

うるうるとした瞳から、何粒か滴が零れる。小さな嗚咽の合間に、必死に続けさせて欲しいと懇願が聞こえる。だが、もう一度、勒風は強く、「無理だ」とだけ言う。とうとう零れる滴は止まらないほどまでに溢れてしまった。クロノスも、暁さえも、心愛に諦めさせる方法を考えていた。もう、こんな辛い思いをさせるくらいなら、いっそのこと…と。しかし、いつもの如く、一人だけ、違うことを考えている奴がいた。



「手がッ、滑ったあああああああああ!」



白々しい台詞と共に、掴んだ勒風の頭を野球のピッチャーよろしく、その強肩で屋上まで放りこんでしまったではないか。


「……え?」
「ハ?」

呆然とするクロと心愛。あまりにおかしな行動に、暁はケラケラと笑い始めてしまった。


「な、ななななな何してんだよ空月!!!!」

気でも狂ったか、と説明を求める。勿論、心愛も同じ気持ちのようだ。

「よし、これでちょっと時間稼げるな…」
うん、と記録更新した円盤投げ選手のように腕を組む。

「ココアちゃん!」
「は、はいっ」
「俺さ、ナイトってもんがよく分かってねぇし、分かんないままなっちまってさ、今この授業でもまったく歯が立たなくて、すげぇ悔しいんだ」
「……?は、はい…」
「ナイトクラスって男子ばっかだし、ココアちゃん元々魔女クラスだったんだよね?」
「……はい…」

脈絡のない質問をされ、さらに困惑する。


「なんでナイトクラスに入ったの?」
「そ、それは……」

短い付き合いではあるが、なんとなく、クロノスと暁も、空月の意向を理解したようで、黙って心愛の返事を待つ。


「わ、私…愚図で…その…勒風ちゃんに…迷惑かけたく…なくて…ちょっとでも…強くなりたいから…」
「そっか!じゃあ一緒に頑張ろうぜ!」

あっさりと、理解したことに、きょと、としてしまう。ネガティブな考えの持ち主である心愛は、"そんな覚悟なら邪魔だ"と言われてしまうと考えていたのだが、空月が理解をしてくれ、なおかつ一緒に頑張ろうとさえ言ってくれる。


「せんせー!あのさ、質問なんだけど」

混乱したまま、空月をクロ・暁を両方を交互に見る。

「あ、もちろん、"一緒に"ってのは俺も入るから!」
「がんばるー!」

そういう意味ではないのだが、誰かこの状況を説明してくれないだろうか、と困り果て、クロを見つめる。


「あの…空月くんは…」
「あー、アイツ?正直、俺らも何考えてるか分かんねーわー」
「え?」
「たぶんね、どんだけアイツとつるんでても分かんないと思うよ」

よく分からない?友人なのではないのだろうか。日が浅いことを言いたい訳ではないようだ。空月という存在そのものを理解するのは不可能という意味に聞こえる。彼が人間だからだろうか。
混乱したまま、空月が笑顔で戻ってくる。

「あのさ、聞いたら、一緒に戦っていいってさ!」
「ハ?」

やはり、クロでさえ予想外だったらしい。本当に何も予想していない、いや、できないようだ。

「でもさ、その増えた人数だけ陣がデカくなるんだってよー」
「いやいやいやいや、お前…あんだけ啖呵切っといて、そのままの意味だったのかよ!?ダッサ!」
「はぁあ!?なんでダサいんだよ!」
「だってなんでそういうことになるんだよ意味わかんねぇよ!」
「いや、だってさ、別に"一人で戦え"なんて言われてねぇじゃん?」
「いや…そうだけど…」


実力差から勒風に申し訳ないと思っていて、それでも何も出来ない自分が嫌で、何か変えたくてナイトクラスに転向した。自分に向いているとは思っていない。むしろ足を引っ張ってしまう存在かもしれないとも思った。それでも、勒風の力になりたかった。反対されるだろう、ということは分かっていたから黙っていた。勿論、黙っていたことを怒られたが、きちんと理解してくれて、心配だから、とついて来てくれたりもした。しかし、先ほどの「無理だ」という言葉は、自分は一生変われないと言われたようだった。

『すげぇ悔しいんだ』

そうか…

「空月くんも…変わりたいんだ…」
ボソリ、と心の声が漏れる。

「で、そこの連中は、やるのか?やらないのか?」
その間にも生徒を2・3人片付けた修羅が再度確認をする。空月は、黙って心愛を見つめ、少し、ほんの少しだけだが、いつもより顔を上げ、聞こえるくらいまでに声を大きくして答えた。

「…やります」







「よーし、んじゃあ、俺と暁が端に寄せるから、空月と心愛ちゃんは、その時狙ってくれ」
「なんだよ、急に仕切るなよクロ」
「ちょっとは友達に華を持たせようとか思わないのかよ冷たいなぁー」

冗談をかますクロノスは、心愛の緊張を解そうとしているらしい。恐らく、連携することにより、また迷惑をかけてしまうのでは、と不安がることが予想されたからだ。

「あ、あの…私…が、がんばります」
「別に、ココアちゃんのために、って訳じゃないぜ?」
「え?」
「どっちが先か、競争な?」

ニッと、かけっこする前の子供のようにはにかむ。つられて心愛も表情が緩む。

「う、うん!」


「初の授業が、合格者一人ってのは味気ないからな。楽しみにしてるぞ?」

修羅がプレッシャーをかけるが、4人は、確固たる自信があった。ヨゼフィーネ以上の体術が出来るという訳でもなく、ルカのように一瞬で終わらせる才能もない。根拠はないが、不思議と、"楽しい"と初めて思えるようになっていた。







「うっ…まだ痛ぇ…」

ズキズキする頭を抑え、般若のような形相(と言ってもぬいぐるみなのでまだ可愛らしさは僅かながらに残っている)で急いで階段を降りる勒風。心愛を泣かせてしまい、内心やってしまった、と後悔している隙を狙われてしまったことが余程悔しいようで、時々壁に八つ当たりをする。あの人間、例の侵入者の時から怪しいと思っていた。そして今回の行動でハッキリ分かった。アイツ…ココアに気があるんだ!邪魔な俺を追い出して、可愛くて馬鹿なココアを言いくるめているに違いない。
そうはさせるか、と自ずと走る形になる。やっとの思いで(ぬいぐるみの歩幅ではすごく遠いのだ)校庭に出ると、心愛は、戦っていた。

「…あ?」

あの男、心愛に戦うことを止めさせようとしていたではないか。これはどういうことなんだろうか。自分が思っているよりも心愛が馬鹿ではなく、言いくるめられなかったのか。

いや、そうではない。よくよく見れば、人数が増えている。周囲の未だ合格できない生徒たちは、まるで"自分たちの分まで頑張ってくれ"とでも言わんばかりに、盛大なる応援をしている。

元来、心愛は戦うこと自体に慣れておらず、攻撃をしても、カウンターをついでにもらってしまうほど(俺から言わせれば)下手だった。そうしたことを続けている内に、カウンターを怖がり、攻撃さえも消極的になっていた。本人は無意識だろうが。

なんと、その怯えが消えているではないか。確かに、下手なままではあるが、怯えが消えたことにより、攻撃の切れが増している。そして、カバーが必ず入ることでどんどんその切れも増しつつある。


こんな心愛を、見たことがなかった。
戦いを、嫌っていた心愛が、あんなに楽しそうに、できるなんて、知らなかった。
アイツらと一緒に戦っているからだろうか。自分ではなく、アイツらだから…

そんな堂々巡りに入り始めた矢先、キィン、と金属音が響いた。急いで駆け寄ると、5人全員が静止している。
よく見ると、修羅の右手首についている同じ腕輪にヒビが入っている。


「…お見事。合格だ」

歓声が、世界大会で優勝でもしたかのように沸いた。攻撃を入れた心愛は、驚いてしまって、その場に座り込んでしまった。残りの三人は、バカみたいに辺りを跳ねている。

「ロップちゃ…ん…」

視界に捕えたようで、頼りない足取りで駆け寄ってくる。

「…み、見てた?」
「…ああ、」
「…わ、わたし…」
「…フン。下手くそは直らねぇけど、まあまあ良かったんじゃねぇの―おわっ!?」

珍しく褒めているというのに、聞いたのか聞いてないのか、ただ黙って抱きしめてきた。何も言わずに、泣いているばかりだった。
ああ、忌々しい腕輪を外して、今すぐ元の姿で抱きしめてやりたい、と浸りかけていると、空気の読めない男が現れる。


「やったなココアちゃん!」
「クッ…テメェわざとだろ…」
「え?何?いやーでも、先越されるのは悔しいなー」
「…あ?先?」
「あ、あのね…私たち、競争してたの…」

涙をぬぐいながら、嬉しそうに補足を加える。

「次は負けねぇからな!」
「う、うん!」
「ま、今回は、ココアちゃんの"愛"の勝利、ってかんじだったな!」
「は?」
「え?」

空気の読めない男以外、目が点になる。

「え?…だって二人付き合ってるんだろ?…え?違うのか?」
「いや、それ以外見えないだろ」
恥ずかしさから、イエスと言えない二人の代わりにクロが答える。

「だったらさー、やっぱ"愛"の力的な?そんなかんじだよな?な?」
同意を求めるようにクロに詰め寄る。

「おま、…だからなんでそう小っ恥ずかしいこと言うんだよ…」
「え?え?どれが?だって…ココアちゃんって勒風のためにナイトクラス入ったんだろ?」
「そ、…そうなのか?」

別の意味で声を荒げる勒風。林檎のように赤くなった顔を見られないように、手を離し、背を向ける心愛。

「お、おい!テメェ…こっち見ろゴルァ!!」
方向を変えても変えても勒風が追いかけて来るので、自分より少し背の低い暁に隠れてしまった。

「おい!どーいうことだ説明しろぉお!!」
「ごめんココアちゃん…言っちゃいけなかったっぽいな…」

ううっ、と悲しそうな声が暁の背後から聞こえる。


どうやら、心愛は、気恥ずかしさから"勒風のため"とは言えず、理由を明らかにしないままにしていたらしい。そして、当然、そのことでまたいらぬ嫉妬心を燃やしていた勒風は、「ナイトクラスに好きな奴でもできたのでは」と疑い、ついて行くと言い始める。


「なぁんだ…なんかアレだな」
「ん?」

微笑ましい、と親馬鹿丸出しのような不抜けた顔で返事をする空月にさらに苛立ったクロノスが、重い溜め息を吐いた。

「あー…彼女欲しいなー…」

憎たらしいほど、空が青い。


共にいることを望み、
共に歩むことができ、

それでもまだ

「足りぬ」と言えば、

愛など、ただの言葉であると

By my side

だからこそ、言って欲しい。




初のちゃんとした授業イエーイ!
カップルがイチャイチャしてる話でした。
ブログにてあとがきっぽい何か→ブログ

相関図