すべては必然のもとに


セイクリッドセブン ...01

すべては必然のもとに


運がない、と思っていたが、これほどとは。自分で呆れる。自分が自分を見放されたならばどんなにいいか。タイミングが悪いとか、そんなレベルを言っているのではない。"不幸な星の下に生まれた"のだ。自分は。

17年生きただけの小僧が何をそんな知った風な口を聞くのか、と叱咤されそうだが、これから話すことを聞けば、全員、黙って自分の肩に優しく手を添えることしかできなくなるだろう。「お可哀そうに」と。






「よう。新人かい?」

光りはしないが、暗闇でも分かるスキンヘッド。その頭には、蜘蛛の刺青。強張る肩を必死に元のなで肩に戻す。

「は、はい。ユキ・セセラと申しますぅあ!?」

自己紹介が奇声へと変わった原因は、振り返ったら理解した。


「09410656番!!さっさと入らんか!」
「す、すいません…」

へらへらと、愛想笑いを付け足すと、それも気に食わないのか、もう一発蹴りが腰に入った。その衝撃で前へつんのめる。バランス感覚は自分でそこまで悪いとは思わないが、"今の状態"ならば誰でも転んでしまうだろう。そんな自分を見て笑うのは、清々しいほどの豪快な笑い。

「看守の奴ら、俺らを憂さ晴らしにしてんのさ、アンタみたいなお人好しは特に、な」
「お人好しはあんまりだよ。ガイさん。大丈夫?立てるかい?」


ガイと呼ばれた大柄な男と対照的な細身な少年が、手錠付きの手を差し伸べる。その手伝いに、すいません、と例の笑いを付け、同じ目線に座りなおす。

「お人好しは事実…ですから」
ハハ、と頭に手を添える。

「"犯罪者"には見えないな…もしかして、濡れ衣かい?」
また、癖になった笑いを浮かべる。





先ほどから、看守だの手錠だの犯罪者だのと、まるで"捕まった"風な状況のように聞こえるだろう。事実、僕は先日、ある事件を起こして捕まってしまったのだ。事件、と言っても、大したものではない。ただの強盗だ。昔、"ある特別な環境下"にいた自分は、取り柄、のようなものがあった。



「ユキ…お前は鍵を開けるだけでいいんだ」
ある酒の席、そう言われた。
鍵とは?と問うと、なぁに、お前にとっちゃあ難しいもんじゃないと両手の平を見せる。

前金だ、と渡された金に目を見開き、こんなには貰えない、と突き返せば、指定した場所に絶対に来いと言うだけ言い、去ってしまう。

仕方なく、ついて行くことにしたが、驚いた。

なんと都市最大級の大きさを誇るブリタニアバンクに行くというのだから。

大きさとは、ただの面積を示す謳い文句ではなく、鉄壁の意味も含んでいた。そんなところで鍵を開けるなど、お縄以上の覚悟をする以外にない。
当然断った。だが、そんな自分に向けられたのは、言葉ではなく、銃口だった。



「じゃあ、仕方なく?」

同室(この場合同牢と言った方が正しいのだろうか)の細身の少年は、名をライナスと言った。

「でも、鍵を開けたのは事実ですし…」
「E.W.では何の用で来たの?観光?」
まさか、と苦笑いで返す。

「僕、売られたんです。小さい頃、大倭から集団誘拐に遭って、売れらた先が、E.W. だったんです」
「…"そこ"でピッキングを覚えたの?」

覚えた、というよりは、覚えざるを得なかった。

他にはスリのような真似などもした。そうして得た"稼ぎ"に応じて、食糧にありつけるか、罰としての鞭を受けるかが決まった。

「そうなんだ…東洋人にしては、話し方がうまいと思ったよ」

瞳の色から判断したのか、ライナスは穏やかに笑った。

「ライナスくんは…なんでこんなところに…?」

聞いて良いものか、迷ったが、自分も話したのだ、それくらいはいいだろう。

「…うーん…濡れ衣…みたいなものかなあ…」

呑気そうに、他人事のように、そう返事をした。それはひどい、と顔で訴えると、諦めたように、諭した。

「仕方ないよ」
「軍が無能なんだ、嘆くのはそこだ」

ガイが文字通り首を突っ込む。

「声が大きいですよ、ガイさん」
「ほんとのことだろ?特にここいらじゃあ、子爵の言い成りさ」
「…子爵?」
「ブラントミュラー子爵だ。軍と繋がってんのさ。理不尽だと思わねぇか?金で奴のヤバい仕事を見ないふり。だのに俺らはお縄だ」

そうだろ?とこちらに大きな顔を向ける。


「しかもライナスに関しては、濡れ衣。…俺の知る範囲じゃあ、珍しくもねぇがな。なんでそういう連中が多いか分かるか?軍のトップが捜査に使う金で女買ってやがんだ。だからまともな調査なんてしねぇ。お宅もそうされた口だろ?」

確かに、脅されて鍵を開けただけだ、と言ったところで取り合ってくれなかった。はあ、と曖昧な返事をした。
すると、ガイは大きなその口を横一杯に広げた。













ユキは考えていた。先ほどの"誘い"のことだ。

なんと、ガイは「一緒に脱獄をしないか」を誘ったのだ。

勿論いい気はしない。妙な事件に巻き込まれてこんな場所にいるのだから、同じ轍を踏むほど馬鹿ではない。

では何故すぐに断らずに、悩んでいるのか。
それはライナスの存在だった。濡れ衣で、しかも聞いた話では、30年の求刑を受けたというではないか。
自分とは違って、両親も健在だろうし、好青年なのだから、好き合っている少女の一人くらいはいるだろう。
無実の罪で、その青春を無駄にするなんて、胸が独りでに痛んだ。

自分のこの能力は、どうやっても悪用されるのは必至。
ならば、いっそのこと、人助けに使えば良い。
決心を固めかけたその時だった。

ガイのもう一つの言葉を思い出したのだ。

「いいか?もし、覚悟を決めたなら、目立つな、目を付けられるな」

特にやっこさんよ、と顎で遥か向こうを指す。


ラウラ看長、その人だった。

「黙ってりゃいい女だが奴は血も涙もねぇ、目を付けられたら最期だ」

ごくり、生唾を思わず飲む。

「あと一つ忠告だ。ラウラに目を付けられてる奴とも関わるな。いいな?」
「…目を付けられている…奴?」
「ああ、いいか?奴の名は…―」










食事を許された今、解放されるのは、薄暗い牢獄の圧力と、束縛感から。そのはずだが、心が重たいのは、例の誘いをどうするか、という問題から逃れられないからであった。

どうしたものか、落ちた肩を更に落とした。
瞬間、何かに足がもつれ、前にトレーをぶん投げてしまう。

当然、もつれたままの足で真っ直ぐ立てるはずもなく、そのまま全身を床にぶつけてしまう。一日に何回転べば済むのだろうか。

いや、そんなことは後回しだ。もし、もつれた原因が"人の足"なら、謝らなければならない。牢獄で気の長い連中が多いとは思えないから。


「す、すいません…大丈夫…―」

でしたか、と尋ねかけた。が、目の前の人物を凝視してしまう。


囚人にあるまじき長さの菫色の髪。くるり、と綺麗に上がった睫毛。シャンパンゴールドを思わせる瞳は大きい。整ったパーツは、整った並びをしていた。腰を曲げ、顔だけ上げてはいる自分よりも高いのだから、この人物の全長は長い。というか高い。いや、足が長い。しかも組んだ状態の足でこの長さなのだから、相当長い。自分の体型を改めて恥じてしまう。


「案ずることはない!」
「…………は?」

演説が、始まったかと思った。それほどに場違いな声のデカさだった。


「君が謝ることはない、そう言っているのだ!!」
「……え、あの…でも、足を―」
「そう!足だ!!」
「ハイ?」
「君は東側の生まれかい?」
「え、…まあ…あの―」
「そうかいそうかい!ならば納得だよ!」


組んだ腕を解き、ずい、と顔を近づける。数センチ、という距離。


「君は何一つ謝ることはない!何故なら君が胴長短足の体型に生まれてしまって、この僕の長い足にひっかかってしまった。ただそれだけの事実なのだから!」
なんと、言ったらいいか…。えーと、そう、そうだ。初対面にも関わらず、ものすごく、ものすごく、失礼ではないだろうか。そう思う自分は被害妄想だろうか。だって、東側の生まれだから胴長短足って…


「いや、悲しむことはない!悲しむことはないぞ少年よ!」
まあ待て、と綺麗な線をした片手をこちらに向ける。

「ところで少年。名はなんというのかな?一体全体、僕は君という人間をなんという風に呼べば良いのかな?差支えなければ僕に教えてくれたまえよ!」
教えてほしい、という人間の態度ではないが、癖となった笑いをしながら、


「ユキです。瀬々良 桜紀」
思わず自国式に名乗ってしまう。

「うむ!良き名かな!セセラというのか!」
「あ、あの…それはセカンドネームでして―」
あわてて訂正をするが、また、待ての合図を出される。


「謙遜は東の民の悪い癖だ!!ファーストネームで呼び合うが友というものではないか!」
「いや、だから―」
「ところでセセラ!君はブロッコリーとやらは食せるかな?」
ずい、と出されたのは、顔ではなく、フォークに刺さったブロッコリーだった。




「…へ?」
「食せるのかい?食せないのかい?単純明快な二択さえも迷ってしまうとは、いやはや、東の民とは優柔不断だね全く!」
「す、すいません……えと、嫌い…なんですか?…ブロッコリー…」
「ふむ!如何せん、このブロッコリーという輩はどうにも歯応えが気に入らないのだよ!何故にこんなにも食しにくいものをピクニックの際には必ず入れるのだろうね?全く以って不愉快極まりないね!」
人は、それを"嫌い"と言うのだが。

「これを食さねば、東側で言う"ごちそうさま"が言えないのだよ。そう困り果てていたら、僕の長い足に、ひっかかってしまった親友がいるではないか!」
数分会話をしただけで、親友になるものだろうか。勿論、こちらはそうは思っていない。だが、なんだか、真剣にブロッコリー一粒と睨めっこをする目の前の人物を見ていると、悪い気はしなかった。

思わず、そう、思わず零れてしまった。作り笑いではない、笑みが。


「やや!?何をそんなに笑うのだセセラよ!この切実な悩みを理解し得ないとは、全く以って酷い人だね君は!」
「いえ…ハハ…すいません」
一体、何年振りだろう。こんなに自然と笑えたのは。












「 随分と、楽しそうだな? 」
美声、だが、温度の感じられない、それだった。


「ラ、…ラウラ看長っ」
自分の腰の抜けそうな声が対称的であった。
なのに、この人ときたら、

「おや、麗しきラウラ看長殿!何か用かな?」

用がなければ、話しかけるな、とでも続きそうな、口調。腕がもう少し長ければ、彼の口を塞いでいるところだ。だが、そこまで思考回路の巡回が、早い訳でもなく。言葉は虚しくも、ラウラに届いてしまう。

キン、金属音が、遅れて聞こえるような居合い抜きは、初めて見るものだった。
情けなくも、声なき声を出し、その場に腰を落としてしまった。


「ここでは、三つ以上の規則違反をした者は罰せられる。流石に馬鹿なお前でもそれくらいは理解出来よう…。一つ、」
サーベルが、滑らかな髪を撫でる。

「長髪。二つ、」
次に足元を。

「規定外のブーツ。三つ、」
そして、最後はテーブルに刺さる。


「貴様の食事の時間は、当の昔に終了している。よって、一週間懲罰房にブチ込んでやる」

懲罰房。その言葉が聞こえただけで、叫び出す囚人が数名居た。噂に聞いたことがある。入れられたら最期。出てきた時に、元の人格を保っていれば、そいつは間違いなく化け物だ、と。だが、今、この状況では庇いようがない。この監獄一の権力者に、言われたのだ。覆る筈がない。たとえ部下であろうと、冷酷に切り捨てるのは当たり前。だから、誰も逆らえない。今更ながら自分のいる居場所が、只ならぬ物である、と実感する。が、数分前に話したこの男の方が、"ただ者ではない"と実感することになるのであった。


「成る程…ラウラ看長殿は、つまりはこの僕に、懲罰房に入って欲しい、と。そう言いたい訳だね?」
「そう聞こえないのであれば、医者を手配してやるが?」

尋ねる必要は、何処にもなく、いや、むしろ絶望が増すばかり。なのに、この男は何を考えているのだろうか。まさか、自分の聞き間違いかと思っているのか。
いや、もしかしたらそう思いたいだけなのかもしれない。そう、脳内で解決しかけたその時だった。
立ち上がった、のだ。死よりも重い宣告を受けた男は。

そして、



「ならば仕方がない!」

死ぬほどポジティブとも取れる台詞を吐いた。かと思えば、




「何故、この僕が三つの規則違反をしたか、説明してしんぜよう!」
声高々に、テーブルに片足を乗り上げ、誰よりも高い目線から、食堂全員に聞かせるように、言った。

自分は勿論、顔の筋肉が凍っていると噂されるラウラ看長まで、目が点となる。


「一つ、このシルクのように滑らかで艶やかな髪だが、何故切らないのか…そこに疑問を抱いた訳だね?実は、この高貴なる僕には、この長さが似合っているからだよ!!…いやはや、君たちのような凡夫には理解できない新地だろうね!それでいい…それでこそこの僕が輝けるのだよ!!そして二つ目のこのブーツだが、如何せん、僕は裸足というものが嫌いでね!特にこのような薄汚れた場所など、靴下という画期的な物のみで出歩くことさえも、不可能なのだよ!いや、…君たちの足の裏が汚いなどと言っているのではない!それだけは断言しておこう!そう聞こえたのであれば、被害妄想というものに近い!!そして最後に、食事の時間についてだが、僕はこのブロッコリーという少々厄介な物を食すことが出来なくてね!なんと言っても、この歯応え!栄養満点だという割りには、噛みにくいことこの上ない!顎を鍛える為と思わない限り、一週間かかっても食べれないことは、流石の君たちでも想像に難くないだろう?」


その細い体の何処に、そんなにもパワーがあるのか。息を一度も吸うこともなく、だが大根役者のそれとは違う。台詞に命をかけているような、役者よりも役者臭く演じているような。

それに、中身も何時考えたのだろうか。いや、きっと脳内が常に自分の辞書を忙しなく捲っているに違いない。でなければ、こんな台詞が突然出てくる訳がない。

呆気に、取られたのは、ラウラ看長を除いて全員だった。世界を元に戻させたのは、彼女の、冷静さを欠いた(この期を逃したら一生聞けないような)声だった。


「ふざ……けるっ…なぁあぁぁああああ!」
彼女も負けぬくらい声を張る。



「何時誰が何故貴様のくだらんルールを聞きたがった!?」
「む、そんなもの、何時だって誰もが聞きたがるというものだよ。何故なら皆が僕を知りたがるからね!」
「だっかっらっ……貴様という奴はいつもそうだな!いい加減その"俺様"態度を改めろ!」
「俺様ではない!キリエ様だ!」


耳を疑った。

(き…、え…え…?)


運がない運がない、と常々嘆いていたが、先日ガイから聞かされた要注意人物の脚に自ら引っかかるとは。
いや、ラウラとのやり取りを見ていれば気付けたこと。

どちらにしろ時既に遅しだが。


 だから、次に思考が働くのは、

「………いいだろう。そこまで言うなら貴様は、この場を以て、処刑してやる」

"これ以上、彼に関わってはならない"ということだった。

「…僕には…関係、ないっ」

自分に言い聞かせるように人混みに紛れながら呟いた。














「私は卑怯者が大嫌いでな、処刑と言えど、ルールは作る。一、執行人である私は武器を許可する。二、囚人である貴様は特別製の手錠で手だけ拘束する」
整った顔を歪ませるほどの笑みは、恐ろしくて直視できない。

「慈悲深いだろう?"拘束していない足で逃げ回れる"のだから」
一縷の望みを垣間見せ、刑を執行することほど、残酷なものはない。弱りながら、逃げ惑い、そして、殺されるのだ。

「おい、見ろよあのラウラの顔…」
「ああ…みんな噂してるぜ?"処刑モード"のラウラは闘牛並みだってよ。まあアイツにとっちゃ、"お楽しみタイム"だろうがな」
「加えて、奴は植主<ニューエイジ>だもんな…」
「あ、あのっ……それっ、本当ですか!?」
「あ"?誰だテメェ?…ああ、さっきキリエと話してた奴か。なんだ、知らなかったのか?」
「"能力"まで奴らしいんだぜ?ほら、」

顎で指された先には、薄水色だった筈のラウラの髪色が、真紅に染まった。口角が、顔一杯に上がる。ゆっくり、と抜かれる剣。


「………け、剣がっ」
見間違い、ではなかった。
腹の底から、目の前の罪人が滑稽であるかのように、笑いを爆発させる。


「あははははははははは!キリエぇ…お前ほどの者でも、"燃える剣"を味わったことはあるまい…楽しみだなぁ…」
刀身から炎が、一層燃え上がる。



「お前の身体を焼ける日が来るなんてなぁ!」
「あれが、奴の能力・ライズだ」







植主<ニューエイジ>とは、特別な能力を持った、所謂サイキッカーのことであり、一般人ではまずお目にかかれない。

というのも、多くは軍人として採用される。つまりは、それほどの"力"があるというになる。

(適う筈…ないっ)

この距離でさえ、恐怖で足の裏が張り付く。助けられるならば、助けたい。
だが、止めてくれと声を上げることも出来ない臆病さに、正直だった。目を瞑ってしまいたくなる卑怯者。それが自分だった。

「……どうした?キリエ…まさか臆して失神でもしそうなのか?そんなベタな落ちは、"ギャラリー"が許さないぞ」
その言葉に、やっと周囲の状況に気付く。関わらぬようにしていた囚人たちが、いつの間にか集まり、殺せ、という罵声が飛び交っていた。恐怖の、裏返しか。

「…成る程、」
琥珀色の瞳が、辺りをゆっくり見回す。


「…まるでここは闘技場って所だね、ラウラ看長殿。『味方はいない』とより絶望を刻ませるが為の"ギャラリー"という訳かい?」
「…余裕だな。敵から目を離すなど!」
斬りかかるラウラを見ず、まだ周りを見渡している。


「危な─」
剣が、振り下ろされた。斬られた、と。直感したが、違った。何故なら、

「いやはや、そう急かされても、困るというものだよ。全く、君は物凄く寂しがり屋さんのようだね?ラウラ看長殿」
斬られたと錯覚した人物はラウラの背後で髪を指で弄んでいたからだ。

ち、と憎らしそうな舌打ちが響く。


「狸野郎が…いつまでも避けきれると思うなよ!!」
また斬りかかるが、先程よりもだんだんと早くなる。

「手加減をして下さっていた訳ですか看長殿。お優しい、」
ふわりふわり、と交わしてはいるが、それも時間が経てば経つほど不利になってくる。

「フ…口惜しいかキリエ!!そうだろう?何せ、"その手錠のせいで力が使えない"のだからな!?」
『囚人である貴様は特別製の手錠で手だけ拘束する』

(……力?)


その話が本当であれば、キリエはもしや、ニューエイジなのだろうか。しかし、あんな風貌の軍人など聞いたことがない。それに、何故このようなところにいるのだろうか。いや、そんなことは、後回しだ。なんとか、"あの手錠"さえ外せれば、勝機があるのではないか。

震えは、いつの間にか止まっていた。


「…どうにも困ったね、」
「避けてばかりの防御戦…私の求めているものは、そんなものではない!」
キリエに向かっているように見えた剣の太刀筋は、やけに長い。


そこからだった。

急に上手く避けていた筈のキリエが、手錠で剣の小手先を器用に防いぐようになったのだ。避けるのにも、限界が来たのか。全員そう思った。

「なぁ…なんか、おかしくないか?」
一人、二人、と罵声が静まってゆく。そう、その原因は、一目では分からないものだった。よく見なければ、ラウラが攻撃しているのではなく、"キリエが何かを庇っている"とは分からなかった。


「あいつっ…ラウラの野郎…"俺たち"を狙ってやがる!」
気付いた者たちは、罵声の方向を、処刑人へと変える。


「正々堂々とやりやがれ!!」
「テメェなんざ卑怯な女狐だ!!」
「軍の犬がっ!!」
一人、二人、と罵声の方向が変わる。八割がラウラに対して怒っていると、ピタリ、と動きが止まる。


「っよせ!!」
キリエの叫び声と、同時だった。

最前線にいた囚人が、火柱をあげたのだ。声にならない悲鳴が木霊し、周囲の者は、逃げ惑う。広間は一瞬にして混乱状態となった。

響くのは、ラウラのヒール音のみ。それも、向かう先は処刑者ではなかった。

「 今、一言でも私に向けて何か言った奴は、炭にしてやる 」
歪んだ口角が、これでもか、というくらいまで上がる。
ゆっくり、ねっとりと、周囲を見渡す。


「どうした?声援を続けろ。その瞬間に貴様ら全員殺してやる!!」
声を、出すものか、と手で口を抑える者や、唇を千切れんばかりに噛みしめる者までいた。


「ラウラ看長ともあろうお方が、…相手はこの僕ではなかったのですかな?」
言葉を発したのは、処刑者のキリエであった。
ゆらり、振り返り、真っ赤な髪を揺らす。



琥珀と紅眼が、直線上で交わる。

「キリエ……何故庇う?」
「何故?愚問だねラウラ看長殿…僕がそうしたいからだ。それ以外の理由など、存在するとしても、とるに足らないことさ」


涼しい表情の際には見えない、ギザギザの八重歯が、苦虫を噛む。

「解せんな…罪なき者を、殺すな、とでも?」
囚人に対し、その言葉は不適切であるようにも思えたが、大半は、軍の怠慢による、無実の者ばかり。それでも、ラウラは、何故肉を喰らう為に、家畜を殺してはならないのか、とでも言いたげだ。頭に叩き込まれた規則の羅列に寒気がした。

価値観の違いとか、そんな柔なものでは、ない。


「別に、『弱きを助け、強きを挫く』なんて人道仁義を通したい訳じゃないさ。言葉の通りだラウラ看長殿。"僕がそうしたいからだ"」
「御託だな。貴様はただ、目の前で何かがなくなるのが怖いのだ。それを救うことで、ヒロイズムに酔っているだけの、」

少し、姿勢を低くしたかと、視認した時には既に、駆けていた。

「偽善者だ!!」
剣先を、寸での所で交わすが、ラウラは交わされた反動を利用して、横腹に蹴りを入れる。反応も出来ずに、諸に食らった為、細い長身が飛ぶ。勿論、混乱状態は続いていた室内では、受け止める者はおらず、むしろ腫れ物に触るように避けた。

身を粉にして助けた結果が、この仕打ちとは。酷い、と思う人間がいるのかも怪しい。

それ見たことか、とラウラは笑う。だが、笑い声は止まる。ラウラの言う、偽善者が、一人だけ居たからだ。



「…っセセラ…」
目を丸くし、立てぬ身体に鞭を打つように、膝に力を込める。だが、すぐには立てない。

そんなキリエに、視線を合わせるように、横に座る。
細い、綺麗な形をした指だった。だが、原型は保ってはいるものの、火傷で皮膚は剥がれ、皮一枚下の肉が痛々しい鮮血で塗れている。

その手を、そっと握った。情けないことに、自分の手は不格好に震えていた。

「…た、立って下さい…キリエさん」
しん、とした広間に、響いた。全員、目を丸くする。
まさか、と。
ラウラは、愉快だ、と身を反らして高らかに再び笑う。

「キリエぇ!!貴様がそんな屑共を助けた所でコレだ!コイツ等は自分のことしか考えてないのだ!!そんなにも怪我をしたお前に、よりによって"戦え"など…滑稽だなぁ?」
剣が一層燃え上がる。能力は、感情によって比例するらしい。ラウラは今、楽しくて仕方がないのだ。論破した快感、弱者をいたぶる快感。それらが相乗して、炎は大きく揺れる。

「さあ、言われた通り立て!!最早貴様は虫の息─‥…ッ!?!?」
確かに、自分は、"戦え"という意味で、立てと言った。だが、"ただ言った"のではない。


「ありがとう…セセラ」
「貴様ッ…どうやって"手錠を外した"!?」
自分に出来ることは、戦うことでも、止めろと叫ぶことでもない。









先ほどまで、もたついていた足取りが嘘のように、ひょいと中央に戻る。凝った手首をほぐす姿など、まるで準備体操のようだ。

「ん?おやおやこれはビックリ驚きだね全く!いつの間にか手錠が外れているではないか」
芝居のつもりなのか、挑発のつもりなのか知らないが、効果は後者のものに。

「白々しい嘘をほざくな!!何時からだ!?」
「さぁねぇー…僕は君に夢中だったから、全く以て記憶がないのだよ」
「黙れぇ!!」


おっと、と蝶のように優雅に交わす。


「案外、君の剣で既に壊れていたのかもしれないよ?結構な数の攻撃を受け止めたからね!!おっと、失礼。君の"愛"だったね!
手錠が外れた途端、元のようにベラベラ喋るキリエに、ラウラは勿論面白くなく、怒りばかりが募る。

「さっきの奴だな!?畜生殺して─」
炎のように赤い髪が広がる。が、一瞬キリエから目を離したその時だった。

「やれやれ。この僕から目を離すなんて少しばかり愛が足りないのではないのかな?ラウラ看長殿」

ラウラの隙をついたとしても、早すぎた。
思わず、スゴい、と呟いてしまう。ラウラが怒りで観衆に目を移した瞬間に、キリエは柄を握る手に、"もう触れていた"のだ。



「くそっ!!!!」
てっきり、触るなと喚きながら剣を振るかと思った。だが彼女の手は、震えていた。

「もうそれは"持てない"よラウラ看長殿。僕の愛は君には、"重すぎた"かな?」
そう、鉄アレイの如く、落ちた剣は、まるで本当に"重くなった"かのように、コンクリートにめり込んだ。


「さて、」
剣をなくしたラウラは、拷問に遭ったような苦痛に満ちた顔だった。右手を左胸に添え、その表情を覗き込む。

「今日は僕も少々おふざけが過ぎた。反省しているよ。どうか許してはくれないかな?」
この僕に免じて、と続きそうだったが、彼は高慢なものではなく、妹でもあやすような、優しい笑顔をしていた。


「…黙れぇ!!」
左腰に装備していた拳銃が、抜かれると同時に発砲される。


「キリエさん!!」

金属音が、二つ、"落ちた"。





「無駄だよ。サーベルの方がまだ僕に通用する」

音の主は、薬莢と弾丸だった。


(……そん、な)

薬莢は本来の役目を果たしていたが、弾丸は届くことはなく、力尽きたかのように、床に身を投げた。

(一体、何者なんだ…?)


何処からだろう。

彼と出会った所からか。

いや、彼とは出会うべくして、出会ったのかもしれない。


それが、運命だったのかもしれない。

僕の、歯車は、やっと錆び付いた音をたてながら、動き出したのだ。




まるで、

"何か"の意思によって、

出会った二人の、

  ―そんなお話―



すべては必然のもとに集う


セイクリッドセブン第一話でした。キリエは何者なんでしょうか、とてもうるさい人ですね。
これからは区切りの良い段階で他の6人の話に行ったり来たりします。