意志なき歯車


セイクリッドセブン ...03

意志なき歯車

繰り返す
繰り返す
ぼくは、繰り返す

進む
進む
そうしなければ生きてはいけないんだ




敵と相対し、自身の能力だけでは力不足であると自覚していたからこそ、ユリアは彼、キリエの到着に心から安堵した。自分だけでは、時間稼ぎにしかならないからだ。
既に多くの犠牲者が出ている。目的遂行のために、無関係な者は巻き込んではならない。これはユリア達の携えた"目的"の優先順位の下位の条件であり、彼女自身の信条でもあった。だからこそ、瀬々良の救出を優先した。しかし、自身の信条も、目的のための条件もクリアしたはずのユリアには、一つの迷いが生じていた。

「ユリア君」
「…はい」
「セセラを安全な場所へ。けれども、僕から離れすぎてはいけないよ」

琥珀色の瞳を一度閉じ、目配せをされたユリアは、彼が言わんとすることを把握した。

ユリアの迷い、それは、瀬々良を、逃がすか否か、だ。自分の能力の開示、使用、さらにターゲットの男の"正体"のヒントまで口走ってしまった。余裕がなかったとは言え、これは自分の失態。この情報のみで、彼が正確な真実まで辿り着けるはずがないことも解りきっている。しかし、中途半端に関わらせてしまった結果、彼を軍まで連れて行く義務が生じてしまった。軍に彼を預け、専門の機関で事務処理と取り調べが行われるはずだ。と、言うのも、ユリアもこの専門機関でどのような行為が実施されているのか、知らされていない。故に、瀬々良という一般人を"巻き込んでしまった"という、自責の念に囚われることは、致し方のないことであった。性根の優しいユリアは、この青年をこの騒動に紛れて逃がせは出来ないか、という一つの考えが浮かんでいた。キリエ自身も彼を助けるように、と指示したところを見れば、彼にこれ以上関わらせない方が最善ではないか。

しかし、"離れるな"という言葉は、瀬々良を見張っていろ、という意味でもある。この場にいれば、自分の能力だけでなく、キリエの能力、男の正体まで知ってしまう。"見間違い"では済まない事態を目の当たりにすることになる。それを承知の上で、何故キリエは、彼を巻き込むのだろうか。男の仲間が潜んでいた場合を想定してのことか。考え出したらきりのない可能性が渦巻き、キリエに対しての疑惑がより一層濃くなった。


ユリアが瀬々良について思案しているちょうどその時、当の本人は、暗闇の向こうから、頭を撃ち抜かれたはずの男が、ゆっくりと姿を現している光景に、目を見開いていた。
何故。たまたま急所を外れたのだろうか。いや、額の傷すら見当たらない。当たっていなかったのか。しかし、先ほどの赤毛の女の言葉を思い出す。『あれくらいでは死なない』。あれは、身体の頑強さではなく、言葉通りを意味していたのではないだろうか。

「あの男は…一体…」
答えを求めるべく、女に問いただすが、返事はなかった。代わりに自分を一瞥し、小声でポツリと返答が来る。

「申し訳ないですが…私の口からはこれ以上は…」
「だって…だって貴女はさっきあの男を撃った!なのに何故無傷なんですか!」
「機密事項です…」
「さっき言いましたよね?『あれくらいでは死なない』って…それって」
「これ以上は!これ以上は貴方を不利にさせるだけです!」

女の初めて見る鬼気迫る表情に、声を荒らげていたはずの瀬々良は、一歩退いた。

「どういう…意味ですか…?」
「…貴方は…軍の専門機関で取り調べを受ける義務が生じました」
この女、やはり軍人であった。無傷の男についての機密事項。ニューエイジ。瀬々良は平静を取り戻しつつも、自分の置かれている状況の悪さに、汗がにじみ出る。
退いた足は、静かに、一歩、二歩と後方へ進む。それに気付いた女は、焦りにより声を荒らげた。

「ま、待って!落ち着いてください!我々は貴方を保護して―」
「頼んでなんかいません…。軍が、…国が何をしていようと…僕には関係のない話…」
「他に!…他にも奴の仲間がいるかもしれないんです!危険ですからここから離れないで!」
必死で引きとめようとする女に対し、乾いた笑いがこみ上げる。

「僕は…僕は最初から何も見ていない…それでいいじゃないですか…」
「あ、貴方の刑罰も軽くできるかもしれないんです!だから…」
利益になりそうな話を持ち掛けてくる女に、場にそぐわぬ笑みが顔いっぱいに広がった。その表情に、女の体は固まり、息を呑む。

「助けていただいたことには感謝します。それと、"これ"を貸していただいたことも」
「えっ?」
見開いた目の先には、自身が携帯していたはずの銃が映る。

「僕は予定通り、脱獄します。危険があれば、この銃でなんとかします。僕は今日、『脱獄チームに何かあったが、それを機に一人で逃走した』。そういうことにします。…キリエさんに、さようならと伝えてください」
「ま…待ちなさい!!」
ユリアは精一杯声を張り上げるが、止まるはずもなく、虚しく走り去る足音だけが響く。

この時、ユリアは能力を使用することも考えた。先ほど治した彼の耳の傷を、"また元に戻す"ということも可能であったが、しなかった。いや、正確にはできなかったのだ。元来、ユリアの立ち位置は上官であるキリエのサポートであり、こと戦闘に関しては、彼に頼りきっていた。そのため、例え敵であっても、直接能力等で攻撃を加えたことがなく、先刻の銃撃が、初めての攻撃であった。そのため、保護の対象であり、かつ、一般人である瀬々良を攻撃することなど、到底不可能であった。



「お前の部下が騒がしいな…いいのか?奴は俺が"蘇る"ところを見ている」
「これから死にゆく貴様には関係のないことだ。"模造石"」
キリエの表情は、常に浮かべている柔らかい笑顔ではなく、まるでそこに何もいないかのように、男を見据えていた。

「イミテーションか…いかにもお前らが言いそうなことだな…まるで自分達が"本物"であるかのような口振りだ」
「ただの呼び名だ。"本物"かどうかなど、気にしているのは貴様らくらいだろう。生憎、僕には興味がない。僕の興味はただ"一つ"だけだ。そういう意味では、貴様にも興味がない」
男は歯を食いしばり、ブツブツと何か言葉を零し、ついに叫んだ。

「興味?興味だと!?我らの崇高な行為を理解せず!政府は"力"を独占せしめんとしている!この高尚な力は我らこそ手に入れるに相応しいのだ!それを奪う権利などお前にはない!この力の真なる意味を理解していないゴミ共は総じて我らに消されるべき存在だ!」
男の勢いは、そのまま攻撃を仕掛けて来そうなほどに凄まじいものであり、相対しているキリエとしては、いつ攻撃されてもいいようにするべき所であった。しかし、当の本人は、室内であるにも関わらず、天井の上にあるであろう夜空が見えているかのように、仰ぎ見、誰に言うでもなく、一言だけ放った。

「ああ…つまらないな」





どれだけ走ったであろうか。後ろを振り返れば、長く暗い廊下が続いている。瀬々良は、ユリアから奪った拳銃の弾倉を確認する。弾は充分にある。当初の計画の脱走ルートとは別の道を進んでいるが、不思議なほどに警備が手薄だった。恐らく、キリエ達のせいだろう。息を整えるために立ち止まったが、いつの間にか強張っていた全身が虚脱する。

ぼくは、繰り返している。

全身を壁に預け、息が整った頃には、頬に涙が伝っていた。

「なんで…」
繰り返している。
生きるために、他人を利用し、彼らを裏切り続けている。いつもそうだ。"あの時"も…。しかし、そうでなければ、とっくの昔に、死んでいただろう。人ひとりが生き続けていることを批判できる人間はいないだろう。

だが、自分は果たして、"人間"なのだろうか。

思考が混沌にかき乱されながらも、さらに、脚は進んだ。まるで、舞台に上がったマリオネットが動きだすように。頬の涙は乾き、淡々と逃亡へと動き出す。流していた涙も、毒突いた言葉も、嘘であったかのように。警備の看守が角を曲がり、こちらへ近付いて来る。瀬々良は、警告もなしに事務的に彼の脚を撃った。景色の端で彼が崩れ落ちたことを確認し、歩は進む。機械的に進む瀬々良の後ろで、動けないはずの者が立ち上がる。



上がった息を整えるために脚についた両手は酷く熱かった。呼吸は整いつつあったが、保護対象の青年を見失い、ユリアには焦りばかりが大きくなる。てっきり元々の脱獄ルートを使うとばかり思っていたが、溢れる犠牲者の血による足跡が出口に向かっていない。"協力者"のお陰で警備が薄くなっている他のルートを使ったのかもしれない。そうか、ここの脱獄ルートは鍵の開錠者が二名必要であった。駄目だ。頭が回っていない。キリエは標的との戦闘中だ。青年の保護くらい一人でこなさなければならない。落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせる。

転がる死体の血液が充満した廊下は、呼吸を整えるには、些か気色の悪いものであった。あの青年が別のルートから逃亡しているのなら、ここから追いかけて間に合うだろうか。いっそのこと、標的との交戦中のキリエの下へ戻るべきか。様々な考えが錯綜し、なんとはなしに見た死体の数が、“少ない”と感じたと同時に肩を掴まれる。反射的に、その得体の知れない者の手を取り上げる。振り返れば、真っ青な顔色をした大男が立っている。

「貴方は...」
呼吸が止まる。目の前の大男は、今回の脱獄計画の首謀者であり、イドムの構成員である、ガイという白人であった。男は、虚ろな視線で、氷のように冷たく、脈が異様に速かった。この特徴、間違いない。彼は標的に“生き返させられた”のだ。

「…ガイ…さん?」
今度はきちんとした、人間の気配。別ルートから脱走している筈の青年が、青白い顔色で立ち竦んでいた。手には、本来自身の所持品である、銃。

「撃って!」
意外にも、彼はあっさりと同室の仲間を撃ち抜く。崩れ落ちる男を確認したと同時に、彼の手を掴み、走り出そうとする。

「ま、待ってください!」
「今は説明の時間はありません!早くここから離れないと…あと“何匹”いるのか分からない!」
「違います...離れられないんです…」
前方に銃口を向ける彼は、息が上がっていた。その先には、ガイと同じ表情の看守が居た。

「アレから逃げていたら、こちら側に戻ってしまって…」
成程、看守の制服にいくつも撃たれた痕が見受けられる。恐らく、瀬々良という青年は、この看守に対して何度か銃で試したが、傷が治ることから、ガイが起き上がり、動いている事への驚きもそこまでなかったのだろう。それにしても、この看守…

「治りが早い…」
「…え?」
「ガイさんはまだ治ってません。対して、この看守は撃って数十秒後には完治している。何か差があるんですか?」
驚いた。看守の受けた銃の数、廊下の長さを考えても、この個体はかなり"適応"してきていることは、ユリアの長い経験と知識により、解りかけていた所だった。実際に対峙していたとは言え、彼が即座にその点に気付くとは予想外であった。
そして何より驚いたことは、彼のこの状況への順応さだ。

迫り来る看守に、瀬々良は躊躇なく、眉間を撃ち抜いた。

「今ので弾が切れました。予備の弾倉をいただけますか?」
「…私から、もう離れないと約束出来ますか?」
一歩、彼から離れる。

「…嫌だと言ったらどうするんです?」
「…こ、この状況を二人で打破出来るかもしれないんですよ」
「……」
「だから私の方へ来たのではないんですか?」
「いいえ。予備の弾倉が目当てです。僕は男で、君は女性です。力づくで奪うこともできますが、それが嫌なら、渡してもらえますか?」
「…私には、能力があります。先ほど治した貴方の傷を元に戻すこともできます」
これで、引き下がって。この状況を抜けつつ、彼とキリエの元へ戻るにはこの方法しかなかった。彼の声は、嫌に落ち着いていた。

「もし、弾があと一つだけ残ってると言ったらどうします?」
「………え?」
「これで貴女を撃って、弾倉を奪って逃げることもできます。貴女が僕を攻撃する前に」
「そん…な…」
「嘘だと思いますか?怪しい軍人に残りの弾数を言うと思いますか?」
「それは…」
「ほら、看守がもう立ち上がってますよ。どうします?」
残りの弾倉を取り出し、目の前に掲げる。

「これが、残りの弾倉です!でも、約束をしてくれないのなら、私の能力で貴方に見つからない場所に隠します」
これでは、彼のペースになってしまう。キリエの命令を守るためにも、彼と離れてはいけない。

「僕が口約束だけで、約束を守る男に見えますか?」
「信じます」
即答するユリアに、瀬々良は一瞬の間を置き、大きなため息を漏らす。

「…僕の身の安全については?」
「は?」
「だから、貴女が言うには専門機関での取り調べを行うんですよね。その詳細を」
「ちょ、ちょっと待ってください!それは後で―」
看守が一歩、一歩と近づきつつある。サーベルを引き抜く音。

「今でなければ駄目です」
「でも敵が!」
「言えないのなら、弾倉は受け取れない。弾なんてもうないですから、僕ら刺されて死にますよ」
「はあ!?だってさっき!」
「ほら、もうすぐそこまで来てますよ」
「あ〜も〜!専門機関って言っても別部門ですし私は詳細知らないんですよ!事務的なことしかしてないって聞いてますけど!でも絶対拷問とかしてそうな厳つい人も見かけます!」
早く彼の納得するような説明をしなければならないと思うあまり、余計なことまで喋っていることに気付かない程に、ユリアは焦っていた。敵がサーベルを構え、今まさに飛びかからんとしているのだから。

「正直すっごい怪しい機関ですけど、キリエさんならこの機関への引渡し自体なかったことにできる権限が―きゃあ!!」
サーベルが振り下ろされようとした瞬間、一発の銃声が鳴り響いた。反射的に目を閉じてしまったユリアは、ゆっくりと、視界を広げると、目の前でこめかみを撃たれた男が倒れこむ。

「やっぱり、キリエさんと直接会わないといけないのか」
手には、自身の物とは全く別の銃。

「な、な…な…!」
「ああ、これですか?この看守から盗みました。ただ、弾倉まで盗めなくて…あーやっぱり持ってないなこの人。お酒の匂いもするし、酔っ払って忘れたのかな…よっと、」
倒れた看守の衣服を漁り、目当てのものがないとなると、まるで作業のようにサーベルで彼を串刺しにする。

「ほら、早く立ってください。それとも、囮にでもなってくれるんですか?」
「あの、さっきから思ってたこと言っていいですか?」
「どうぞ」
「なんか初めて会った時と別人みたいなんですが…」
「…非常時ですから。僕も言っていいですか?」
「…どうぞ」
「貴女、この仕事向いてないと思いますよ」
「…それは常々思ってます」




「なあ、いい加減教えてはくれないか?君の主人を」
地に這い、睨みつける男の視線の先には、どこから持ち込んだのか分からぬ椅子に腰を下ろしたキリエだった。退屈そうに、髪いじりを始めていた。

「誰が貴様なんぞに…ぐぁあ、」
ミシミシと軋む体。男が這いつくばっていたのは、それ以外の体勢が取れずにいるからであった。

「ユリアくんが、セセラを捕まえるまで、と思っていたけど、なんだか飽きてきたなぁ。やはり僕の性に合わない。こんな拷問まがいな行為など。なあ、君はあと何回、"潰れ"たら、教えてくれるのかな?意外と難しいものなのだよ、君を"完全に"殺さないようにするのは」
「まるで羽虫を踏み潰すような口ぶり…だな…」
「羽虫は羽虫でも、『人形シッド』の成れの果てだ」
その言葉を聞いた途端、男はピクリと動いた。

「人形シッドだと…成れの果てだと…よくも…よくも…あのような!あのような神堕ちという大罪を犯した『ミラス』などと!おのれ―があああああっ」
勢いよく上げた頭は、メリメリと血肉が崩れる音をたてながら、再び地面に落ちる。

「少しは期待して来てみれば、なんのことはない。ただ再生力があって、"持ち主"の能力を少し拝借できるだけの木偶の坊。期待はしていなかったとは言え、これではあまりに酷い。埋め合わせをして欲しいくらいだ」
埋め合わせ。その言葉を繰り返した男は、窮地にも関わらず、唐突に笑い始めた。

「いいだろう!埋め合わせをしてやる!」
男が叫んだと同時に、キリエの背後から数人の男が現れ、体を掴む。

「なるほど。モートか」
男は、当初の目測では、キリエと五分五分の勝負まで持っていけると踏んでいた。しかし、それは誤りであった。それ故、一方的な攻撃を受けていたのだが、せめて一矢報いようと、打っておいた奥の手が今まさに成功しようとしていた。このような逆転劇になれば、男は笑い、キリエは焦る状況のはず。しかし、逆であった。

「まさか、これだけか?そんなはずはないのだろう?」
先程までの羽虫を見下す冷たい表情ではなく、ニッコリと口の端は上がり、まるでゲームの次の手札を覗く少年の眼をしていた。その異様さに、男は勝利の感激が喉でつかえてしまった。

「異常者め…呪うなら貴様のその好奇心と"石"を呪うがいい!」




「モートって…あの神話の『死肉のモート』ですか?」
「ええ、そこから取った言葉です」
瀬々良は、追っ手から逃げながら、その追っ手についてユリアに尋ねていた。

死肉のモートとは、悪魔信仰である『ルク教』の弟子のうちの一人であり、教祖ルクから預かっていたあるものに手を出し、自らも悪魔へと変身を遂げようとした。しかし、その預かり物は、偽物であり、悪魔どころか、死肉になってしまった、という神話に登場する人物の名前である。

「死人に"あること"をすると、モート、つまり、死人が動くことが出来るんです」
「じゃあ、ガイさんと看守は…」
「恐らく、ターゲットの男にモートにされた、と思われます」
「モートの中にも個体差があるんですね」
「お察しのとおりです。体に"適応"していれば、先ほどの看守のように、再生力が高いモートになります」
「そのターゲットの男も、適応力の高いモートなんですか?」
「いいえ…厳密には…でも、はい。今はそう思っていただいて問題ないです」
「完全に殺すことは出来ないんですか?貴女の能力で」
「キリエさんならともかく、私には無理ですね…」
「と言うと?」
「私の能力、クロノグラフは、制限があって、20分以内、25立法センチメートルの領域のみ有効なんです。つまり、25立法センチメートルの物質を20分前の状態に戻すことしか…あー!」
「どうしました?」
「そうやって私の能力を聞き出して…今度は何を企んでるんですか!?」

もうこれ以上の譲歩はない、とばかりに両の手のひらを見せ、距離を取るユリアに、瀬々良はため息を返す。

「死体が動き回ってるような状況でこれ以上、何もしませんよ…それに、貴女の能力に制限があるなら、それも知っておいた方が、今後の役に立つ」
「私の能力にあまり期待しないでくださいよ…」
「いえ、期待はしてないです」
「はああ!?」

期待をするな、と言ったものの、即座にそんな返事が来れば、さすがに腹も立つというもの。

「弾の数と同じです」
「意味が分からないんですけど」
「"何が出来て、何が出来ないか"。それを知ることは、重要です。僕たちは、"あと何発撃てるのか"」

ユリアは、横目に瀬々良という青年を改めて確認した。齢は、15歳か、それ以上か。東側の人種にしても、平均以下の体格。
彼と数十分しか行動を共にしていないが、それでも垣間見える瀬々良という人物像。理知的で、能動的。その行動すべてに、生への執念が感じられる。

しかし、どこか不揃いさが残る。説明がつかない行動が多々見受けられた。

何故彼は、自分のところまで戻って来たのか。何故、自分と共に行動することを決めたのか。
彼ならあのまま一人で逃げることが出来たのではないか。

そもそも、何故彼は、受刑者としてこのヒルトン刑務所に収容されているのか。彼を捕まえられるほど、憲兵が優秀とも、誠実とも思えない。
そんな彼がどうして、逮捕されるような失態を演じたのか。

違和感の正体をあてどもなく探し求めるも、答えを得ないまま、事態は急変してしまった。





「これは…」
ひと目で理解するには、あまりにも異様な光景であった。キリエ達の居た場所の原型を留めておらず、天井も壁もなく、爆発でも起きたような惨状であった。しかし、火薬の匂いも、焼き跡も見当たらない。周囲には、浮遊する瓦礫、次々に割れる床。
ユリアは理解した。だが、理解はしたものの、それは状況を理解したに過ぎず、その原因にまでは至らなかった。

「セセラさん!もっと離れて!」
悲鳴を上げながら、腕を引く彼女の手は震えている。

「これは何なんですか?」
今尚破壊され続ける建物の騒音に負けぬように、声を張る。

「わ…分かりません…分からない…キリエさんの"能力"であることには間違いないですが…これは…どう…どうして…だって…こんな…こんなこと…」
「落ち着いて!聞こえてますか!?」
目も合わせず、ポロポロと涙を零し、震える手で耳を塞いでしまったユリアを、力強く揺さぶる。
やっと、瀬々良と目を合わせ、何度も頷く。しかし、とても落ち着いたようには見えなかった。彼女が予期せぬ事態に即座に対応できないような性格であることは、なんとなしに予想していたが、この態度はそれだけでは説明がつかない"恐怖"を感じた。

「これはキリエさんが?」
こくこく、と頷く。

「前にもこんなことが?」
今度は横に首を振る。

「これ…これは…キリエさんの能力のせい…だと…思うんです…。でも…こんな…こんな"滅茶苦茶な使い方"…今まで一度も…」
震える声を必死に言葉に繋げようとする。

「こんな…使い方をしたら…キリエさん自身も…あ、危ない…のに…」
「『彼の意志ではない』?」
弾けたように何かを思い出し、周囲を見回す瀬々良。
探し物が見つかり、急いで走り寄るが、形を留めていないその体に気付き、歩みはそこで止まる。

「この男…"再生"していない…」
探し物とは、キリエと戦っていたはずの男であった。ガイや看守のようなモートよりも優れた再生力はなく、腰から下が千切れている。

「素晴らしい…!これだ…これこそが我らルク教に相応しい真の力だ!素晴らしい素晴らしい!是非ともあの御方にお伝えしなければ…!『石狩り』を復活させなければ!」
男は残りの身体が空中で砕け散るその最期の瞬間まで、笑うことを止めなかった。

「セセラさん!離れて!!もっと離れてください!」
男の異常な喜びように当てられ、呆然としていると、ユリアが腕を引く。直後、真横に浮いていた石が砕けた。

「とにかく…は…離れないと…!もうそこまで"テリトリー"が…!」
「テリトリー…?もしかして…貴女には見えているんですか?」
「見えているわけではないんです…そうではなく…その…とにかく分かるんです!」
ユリアの導く安全地帯まで走り、彼女の能力での解決を提案する。しかし、彼女はその提案を聞き終わる前に、答える。

「無理…無理です…今この場で…"干渉できる人"なんていないんです!」
「貴女の能力で、キリエさんの身体の時間を戻すことはできないんですか?」
「出来ません…出来ないんです…体積に対して能力の領域が足りないし…それに…"核"だけを戻すことも…全部含めて、あの場はキリエさんの"テリトリー"になっている…わ…私の能力が及ぶ場所がないんです!だから…だからもう…」
ついには座り込み、声を上げて泣き始めた。

ユリアの性格から、突破口の見落としがあるかもしれない、と見込んでの問答だった。何かあるはずだ、と。しかし、その問答にも意味がなかったと悟り、瀬々良は、自分たちに出来ることが何も残されていないことを思い知った。

いくつもの案は、すべて思考するまでもなく、結論は出た。

"彼はもうすぐ死ぬ"

このままでは、自分も巻き添えになる。逃げねばならない。こんな状態ならば、簡単にこの女軍人から逃げおおせるだろう。それに、早くしなければ、残りの看守がこちらに集まってしまう。

突如、違和感が襲う。

いつもならば、既に動きながら考えているはずのことが、頭の中でぐるぐると回っている。そして、足が一歩も動こうとしないのだ。

何を待っている?
分からない。

「ぼくは…」

繰り返すはずだ。そうやって生きてきたのではないのか。

息を呑む。渦中の男と目が合った。

この距離で、こんな状況で、彼と目が合うはずがない。騒々しい音も、ユリアの泣き声も、自分の心音さえも消え、笑っている彼の顔が見える。

「そうか。ここか…」

足が動く。今までで、一番軽やかに。遠く、引き止めるユリアの叫び声は、聞こえない。
何も音がない。手を伸ばす。その手は、救うためではない。

彼が、その手を取る。












「………うそ」
耳は正常に機能し始める。浮いていた破片が一斉に落ちた後、ユリアの信じられない、というような声がポツリ、と聞こえた。
その声の理由、それは、唐突に訪れた事態の収拾であった。

壊れ続けた周囲の壁や床が平常通りの静けさになり、瀕死であったはずの男は、何事もなかったかのような様子である。
ユリアと同じく、状況の把握ができずにいる瀬々良に、キリエは取った手に軽くキスをした。

「"また"君に助けてもらったようだね…ありがとう。ユキ」

まだ足は、動かなかった。




繰り返す
繰り返す
ぼくは、繰り返す

進む
進む
そうしなければ生きてはいけないんだ

だから、止まったその時が、
ぼくの最期なんだ




意志なき歯車

意志なんてそこには存在しない



急展開ですね。まさかここで切るなんて私も思わなかったです(他人事)。

次回も瀬々良サイドの話の予定です。